進むこと、留まること
読んで頂き、ありがとうございます。
紗蘭立ち直り、後半です。
紗蘭の部屋の前に、180センチ前後の精霊と170センチ前後の霊体、160センチ前後の女性。
なかなか威圧感のある3人が立っている。
「さーらーちゃーん。皐月だよ〜」
いつもと変わらぬ、朗らかな声で襖をノックする皐月。だが、中から返事はない。襖も動く様子はない。
「ほらな。ずっとこうなんだぜ?」
呆れたように言う桔梗。左足を小刻みに動かしている。
「ああ、今回は引きこもりパターンかな?紗蘭ちゃん、たまにやるよねぇ」
「たまに……?」
いつの間にか瞳に光が戻っていた詩音が、怪訝そうな顔で皐月に尋ねる。
あるのか。たまに。こういうことが。
自分の場合、思うようにいかないことがあると、全部木人やらサンドバッグにぶつけてスッキリしていた人間なので、詩音にはあまり理解ができなかった。
「まあ、まだ16歳の女の子だからね。思春期も入ってるでしょ」
そう言って、皐月は肩をすくめた。
同じ思春期の終わりかけであろう18歳の詩音を目の前にしながら。
「紗蘭ちゃん、沈むときはとことんまで行くからねぇ」
「いや、沈むってレベルじゃねぇだろ、これ」
桔梗が襖を指さす。
障子の光の加減から、紗蘭が布団をかぶったままなのは分かった。
食事は摂っているものの、最近桔梗が見る限り一日中これだ。
左足が更に苛立たしげに床を叩く。
「精神後退、あるいは内向状態」
ふいに、詩音の声が機械的なものになる。
桔梗が彼女の顔を見ると、また光が消えていた。
(こいつ……)
嫌な気配がした。
「強いストレス環境下での自己保護行動。非効率」
「詩音ちゃん?」
皐月もようやく違和感に気づいたようで、詩音の顔をのぞき込む。
「なんか、いつもよりメカメカしくない?」
そんな皐月を、詩音は無視する。
「合理的ではある。だが戦力としては停滞する」
淡々と述べる詩音。かつて見せた紗蘭への優しさはどこへやら、そこに在るのは、非情の塊だった。
桔梗は歯をぎり、と軋ませると、詩音の胸ぐらを掴んだ。
「……おい」
その声は、いつになく低いものであった。
「お前、誰だ」
詩音は動じない。
「質問の意図が不明」
「詩音じゃねえだろ」
桔梗の手に力が籠る。
「曾根崎詩音」
「嘘だ」
「嘘はついていない」
「嘘だっ!!」
柱がビリビリする声量を上げる桔梗。
皐月もひゅう、と口笛を鳴らすが、驚いた表情は隠せていなかった。
「詩音はそんな言い方しねぇんだよ」
だが、やはり詩音は動じない。それどころか、桔梗の手を掴んで、離そうとしている。
「暴力による制止。非効率」
「だからなんだよ!その非効率とか無駄とか!!お前そんなヤツじゃなかっただろ!?」
共に過ごした時間はまだ短いものの、桔梗は明らかな違和感に不安を感じていた。
俺が見初めたコイツは、不器用ながらも味方を思いやれる奴だった筈だ。
なのに、今目の前にいるコイツは、まるで乗っ取られたように……。
乗っ取り?
「お前」
手を離した桔梗は、震える手で詩音を指さした。
「何かに乗っ取られたか?」
沈黙が流れる。
「定義が不明瞭」
少ししてから、詩音がそう零した。目線は冷ややかだった。
「私は私。だが、情報処理過程に外部干渉が混入している可能性は否定できない」
桔梗と皐月は顔を見合わせた。
明らかにおかしいことだけは分かる。原因が分からない。
確かなのは。
「ねえ、詩音ちゃん」
皐月の呼び声に、顔だけ向ける詩音。
「それ、『誰の言葉』?」
途端。
詩音の動きが止まる。まるでロボットがフリーズしたような動き。
そして、
「不明」
とだけ返した。
明らかに異様な間。
「お前さ、考えて喋ってるか?何かのプログラムに準じて喋ってるとか、そういう訳じゃないよな?」
眉間にシワを寄せた桔梗が、腕を組みながら問う。
だが、詩音は即座に返答した。
「思考している」
更に、襖を指差して言葉を続けた。
「最適解は……玉乃井紗蘭の排除」
「!!」
その言葉に、2人は身構える。
だがその瞬間、詩音の瞳に僅かな揺らぎが見えた。
「玉乃井の説得……編成の再編……?」
1人でぶつぶつと呟きだす詩音に、再び顔を見合わせる桔梗と皐月。
「排除……説得……私…………?」
どうやら、自分でも何を言っているのか分かっていない様子である。
武器を出そうとしたり、しまったり、構えようとしたり、やめたり。
明らかに支離滅裂だ。
「だ、大丈夫か?」
さすがに心配になった桔梗が手を伸ばそうとした時だった。
コンコン。
紗蘭の部屋の中から、襖をノックする音。
「わあ、最悪のタイミングだねぇ」
皐月が真顔になる。
『何か……あった?』
外の違和感を察知した様子の、紗蘭の声がする。
「玉乃井……」
詩音の視線が襖に向く。
「おいこれ……ヤバくないか?」
桔梗が顔を引きつらせる。
「…………排除」
刹那、詩音は武器を取り出す。
だが、それよりも早く皐月が取り押さえていた。
「紗蘭ちゃん!落ち込んでる所悪いけど、そこから浄化魔法とかかけられる?」
この支離滅裂の原因が分からない以上、なりふり構っていられなかった。
『わ……わかっ、た』
暫くすると、光が漏れ出す。
『……浄化の光よ!』
空間に光の歪みが展開される。魔法陣が詩音たちを捉え、術は確かに成功した。
だが。
「排除……再計算……違う……観測………継続……説得……」
詩音の口から言葉が止まることはなかった。
「効いてないのかよ……」
桔梗は頭を抱える。
「詩音ちゃん、もう一度聞くよ?それ、『誰の言葉』?」
再び詩音がフリーズする。
『ねえ』
襖の奥で、紗蘭の不安そうな声がする。
『私、誰を浄化してるの?これ、効いてるの?』
「紗蘭ちゃんは今気にしちゃダメだよ」
珍しく静かに諭す皐月。
「乗っ取りじゃない、浄化も効かない。あとは……」
そのまま、暫く考え込む。
様々な線を考えた。これは、『本人の思考に干渉している』?
「わかった」
「本当か!?」
桔梗が皐月に顔を近づける。
「精神汚染。誰かの思想に毒されている状態だ」
「だ、誰にだ……!?」
「近い近い。分かんないよ」
ずいずいと顔を近づけてくる桔梗を諭す。
「そうなると、かなり厄介だなぁ」
精神汚染のパターンは数あれど、この手の汚染に対する手段は2つしかない。専用の洗浄魔法を使うか、汚染元を断つこと。
生憎だが、紗蘭のいた世界に精神汚染は無かった。故に専用魔法は無い。2つ目の解決方法など、もっと現実的ではない。原因不明なのだから。
「うーーーん………」
もがく詩音をなんとか押さえつけながら、皐月は考え込む。
体がまだ痛むのを我慢しながら、思考に詰まりかけた時だった。
「お困りのようだね」
そこにやってきたのは、ミクマだった。
彼は現状を見るなり、目を丸くする。
「……修羅場?」
「違いますよ。助けてください、ミクマ様ぁ」
皐月はこれまでの経緯を簡潔にミクマに伝える。時折桔梗も主観での違和感を補足していったが、言葉にすればするほど、詩音の異常ぶりが伺えた。
「私も洗浄魔法は使えないなぁ。……そうだ」
話を聞いたミクマは暫く考え込むと、指先から水の球を出した。そしてそれを、詩音の胸元まで持ってくる。
「ちょーっとごめんね」
その間も相変わらずぶつぶつと何か言い続けていた詩音の胸に、先ほどの水球を押し付ける。
水球は潰れることなく、そのまま詩音の胸に入り込んでいった。
すると。
「……ぁ……ぁ…………」
急に独り言が止んだ。
しばらく停止する。
「…………………………わた、し?」
目に光が戻ったようで、辺りを見回している。
「なんで拘束されて……?」
どうやら、状況を理解できていないようだ。
とはいえ、危機は免れたようだった。
「彼女に何したんです?」
詩音の拘束を解いた皐月は、ミクマに尋ねる。
「一時的に症状を抑え込んだだけだよ。私にはこれくらいしかできない」
そう言うと、ミクマは残念そうに俯く。
「きっと原因が近づけば、再発するだろうから。2人とも、気をつけてあげてね」
「……はい。ありがとうございました」
一時的でも、今は良い。
皐月は頭を下げた。
一方の詩音は、瞬きを数回した後、何故解放されたかも分からぬまま、周りを見回していた。
「確か、玉乃井の部屋の前で……悪い、何をしていたんだっけ」
声も、表情も。いつもの詩音だ。
「覚えてないのか?」
桔梗が尋ねると、詩音は首を振る。
「頭が……うまく働かなくて……少ししか」
頭を押さえながら、詩音は続ける。
「合理性とか、そういうのを……選ばされていた、そういう感覚」
ぽつりぽつりと呟く詩音。まさに精神汚染の症状そのものだった。
これがいつ再発するか分からない。今はただ、それが2人には恐ろしかった。これ以上進行したら、どうなってしまうのか、と。
「で、紗蘭ちゃんはまだ籠もってるのかな?」
はっと、2人は我に返る。
そうだ、元々紗蘭を部屋から出す為にここに来たのではないか。
詩音の事で完全に気を取られていた。
紗蘭は、なんとなく外の様子を聞いていた。
詩音が何者かに汚染されていて、私はそれを浄化していたんだ。でも、神様にもどうにもできないことだった。私の力なんて――
布団に戻ろうとした時だった。
『おい、紗蘭』
桔梗だった。
『今の、聞いてただろ』
答えられなかった。
『詩音も皐月もまだ万全じゃねえ。今動けるのは俺とお前だけなんだよ』
だから何だ。
私は怖い。自分の力が。またあんなことになったら……!
『俺、怖えよ』
……は?
耳を疑った。
常に自信ありげに戦う、あの桔梗が?怖い?
『まだ数日だけどな。俺、すっかりお前らの事、気に入っちまったんだよ。こんなの、生前ぶりだ。そんなお前らが居なくなるのが、今の俺にはどうしようもなく怖い』
「……」
意外だった。
怖いものなしだと思ってた。
だから……だから、あんなに勇敢に立ち向かえるんだと思ってた。
『ねえ、紗蘭ちゃん』
今度は皐月の声。
『ボクはさ、いつだって紗蘭ちゃんが思うようにして欲しいと、そう思ってるよ』
優しいけど、今日の皐月の声はどこか真面目だ。
『帰ってもいいよって、最初の任務の時、言われたんでしょ?でも逃げなかった。そんな自分を裏切るの?』
そりゃあ、裏切りたくはない。あの時の自分を。
でも、恐怖で体がすくむのだ。
『玉乃井』
今度は、詩音だった。
『怖いと思うのなんて、当たり前のことだ。でもな』
詩音は一呼吸置いてから続ける。
『問題なのは、そのまま何も選ばないことだ』
「あ……」
そうか、私……。
怖さのあまり、選ぶことを諦めてたんだ。
『誰かに選んでもらった判断で、あんたは納得するのか?私は……納得したくない』
『さっきまで無理矢理選ばされてた人が言う?それ』
『うるさい、皐月』
空気を読め、と詩音がつけ足す。
「私…………」
3人は話を聞いてくれている。
「また間違うのが……怖いの……」
詩音が間髪入れずに返事をする。
『間違えていい』
「え……?」
『何もしない方が、よっぽど間違いだろ。私だって間違えてばかりだ』
『さっきとかね〜』
『皐月……』
『うひゃあ、ごめんごめん』
少しだけ面白くなって、思わず小さく笑ってしまう。
『ま、全員ぐだぐだって事だな』
と、まとめる桔梗。
そうだ。間違えていいんだ。
人殺しは決して許されないことだけど……。
今度は、そうならないように対策しよう。
そっと、部屋の襖が開いた。
そこには、腫れぼったい、真っ赤な目の紗蘭。
「私……」
3人は温かい目で紗蘭を迎える。
「もう少しだけ、逃げないで頑張る」
「その意気だよ、紗蘭ちゃん」
ガッツポーズをとる皐月。
「一歩、進めたじゃねぇか」
感心するように笑う桔梗。なんで彼はいつも偉そうなのか……。
思わずまた笑ってしまう紗蘭。
「なっ……何がおかしい!」
「別に?」
ああ。
この人たちが仲間で、本当に良かった。
紗蘭は心からそう思った。
詩音は、そんな3人の様子をただ眺めていた。
また、少し蠢いている。
自分の中の違和感を、確かめながら。
『……まだ抗うか』
どこかで、声が唸る。
『逃さないからな………』
心臓を掴まれているような、そんな感覚に襲われていた。
(……怖い)
その素振りを、誰にも見せないようにしながら。
詩音は小さく深呼吸した。
直後、また指先が勝手に震えたのも知らずに。




