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餓鬼

読んでくださりありがとうございます。

今回いつもよりちょっと長めです。

結局、廃屋の中をあらかた探し回ったが、魔を見つけられなかった為、もう一度紗蘭が魔の気配を追うことになった。

けっこうな時間はかかったが、それでも何とか発見する。

4人の足元。地下深くに、魔は潜んでいるようであった。


4人は地下への階段を探した。

隠し階段があるのだろう。仕掛けがありそうな場所を探索することになった。


本殿の中は、特に異臭が漂う場所だった。

破られた屏風、掛軸、荒らされた祭殿。あちこちに散らばる遺体、血、体の一部……。

紗蘭は気分が悪くなる。


「紗蘭ちゃん、無理しなくていいからね?ボクがエフェクトかけとく?」

「いい……私だって、慣れないと………うぇぇ」


吐きそうになっている背中をさする皐月。

その様子を見て、桔梗がハッと貶すように笑う。


「やっぱお前、足手まといだな」

「うる、さい……」


顔色を青くしながらも、悪態をつく紗蘭。


「桔梗」


やめろと言わんばかりに、詩音が睨みをきかせる。


「おお……こわ」


桔梗はそっぽを向いた。


そこに紗蘭が噛み付く。


「あなたって……そういう言い方しかできない訳?」


すると、桔梗がむっとしてまた振り向く。


「事実だろ」


紗蘭の胸が痛む。


「感情で状況は変わらない。お前が弱いのは事実だ」


ぴしゃりと切り捨てる。


「でも……!」


言い返しかけた時だった。


「紗蘭ちゃん」

「桔梗」


詩音と皐月が同時に制する。

紗蘭は、ぐっと言葉を飲み込んだ。が、桔梗は止まらない。


「なんだよ、仕掛けてきたのはそっちだぜ?」

「誰しも成長途中だろ。あんただって初めから強かった訳じゃない」


詩音の言葉に、桔梗は「まあ、確かにな」と頷く。


「だがそれはそれ、これはこれだろ」

「紗蘭には成長しようという意思がある。それを見守るのも重要だと思うが」


正論。

桔梗は言葉に詰まる。


「詩音先輩……」

「ひゅう。詩音ちゃんやるぅ」


感動する紗蘭、茶化す皐月を無視して、桔梗はため息をついた。


「はいはい。じゃあその伸び代とやらを見極めてやるよ」


上から目線の桔梗。だが、紗蘭にはまだ言い返す元気が無かった。

ひとまずの一段落。しかし、詩音は頭を抱えていた。


(こんな調子で大丈夫か?……私たち)


彼女の胸に不安がよぎっていった。





「ちょっと来い」


不意に、桔梗が本殿を探索中の皆を喚んだ。

全員の動きが止まり、一斉に桔梗の方を見る。


「何?」


先ほどより元気になってきた紗蘭が問う。


「ここ、見ろ」


そう言って、床の一点を指差す。


「ひっ……!」


紗蘭が小さく悲鳴をあげた。

よく見ると、そこだけ明らかに血の量が多い。

なのに、何もない。

遺体も、肉片も。


「……おかしい」


詩音が眉をひそめる。


「ここで魔が食事した、とか?」


皐月が推理するが、それにしてはあまりにも綺麗すぎる。

暗くてよく見えないが、なにやら血の跡にも不自然さが残る。


「紗蘭、光源をくれ」


詩音がそう言うが、紗蘭は困ったように首を振る。


「私、おっきな光しか出せなくて……眩しくなっちゃいますよ?」

「じゃあいい。皐月、火つけて」


皐月がぎょっとする。


「え、放火?」

「今の会話の流れでそんな訳あるか。灯りだ、灯り」


詩音の突っ込みになんだ、と安堵する皐月。

すぐに小さな火球を出して、血の跡を照らす。


すると。


「そこ、不自然に血の跡が切れてる」


詩音が指さした、畳の縁。確かに、急に綺麗な畳になっている。


「じゃ、持ち上げるか。手伝え皐月」


桔梗は有無を言わさず、皐月を指名して手伝わせる。


「えぇ〜。ボクぅ?」

「つべこべ言うな」


そうして二人がかりで辺りの畳を持ち上げた。木の床が出てくるが、一カ所だけ正方形の切れ目が見える。

詩音が薙刀の石突でコンコンと正方形の部分を叩くと、乾いた音が返ってきた。


「当たりのようだ」


そして、隙間に苦無を差し込むと、テコの原理で開いた。

階段だ。


「わっ」


唐突に紗蘭が声を上げる。


「急に魔の気配、すごく強くなった」

「へえ、その位は分かるんだな」

「そりゃね。私、気配には敏感なんだから」


紗蘭が胸を張って桔梗に言うと、彼はにやりと笑う。


「じゃ、先頭はお前な」

「……え?」

「気配に敏感なんだろ?じゃあ、お前が察知してくれよ」

「いや、それとこれとは……!」


紗蘭が後ずさる。


「そうだな、紗蘭が先頭はよくない」


詩音が助け舟を出す。


「先輩……!」


目を輝かせる紗蘭。


「敵が出た時、真っ先にやられる」

「先輩……」


落胆に変わる。


「前衛が先頭のがいいよね?刀使えそうな桔梗くん」


今のやりとりがツボにはまったのか、ぷるぷるしながら皐月が桔梗の肩を叩く。


「分かったよ。俺が行く。紗蘭が次、皐月、殿は詩音でいいな」


やれやれ、と言わんばかりに桔梗が勝手に決める。


「さんせーい。ボクも守ってね、桔梗くん」

「勝手にくたばれ」

「酷いね!?」


何だかんだ言って、ちゃっかり馴染みかけている桔梗。だが、詩音はまだ安心できていなかった。

だからこそ、殿を指名された時、桔梗が信用に値するかを見極めようと考えたのだった。




ぎし、ぎし。

古ぼけた木の階段が音を立てる。

地下へ続く階段は思ったより長く、誰も使っていなかったのか埃を被っている。

皐月の火球で明かりは確保できているが、いつ何処から敵が出てきてもおかしくない雰囲気を纏っていた。

腐臭と鉄の臭いが混ざり合い、喉の奥がざらつく。


「さっきより、臭いが強いですね……」


口元を押さえた紗蘭が、杖を構えながら辺りを見回す。


「紗蘭ちゃん、大丈夫?」


皐月が後ろから覗き込む。


「へいき」


少し余裕が無さそうだ。


詩音は先頭を進む桔梗を見つめていた。

今のところ、怪しげな動きはない。

少しでも何かあれば、直ぐに斬るつもりでいた。だが、そういった素振りもなく、この短時間で仲間としての位置を確立しているようにも感じられる。

だめだ、油断は禁物。

己の精神を張り詰めながら、詩音は周囲の警戒もする。


すると、急に皐月が足を止めた。


「待て」


全員が立ち止まる。

ちょうど、階段が終わったところだった。


「あっ……!」


紗蘭が声を上げた。


「魔の眷属の気配です、数は……1、2…………30くらい」

「多いな」


桔梗が刀を抜いた。青白い光が炎に反射する。

各々が武器を構え、先に待つ敵に備える。


かさかさ。かさかさ。

それは、蜘蛛だった。ただし、一体一体が人間の頭くらい大きい。口元が血で汚れている。

人食い蜘蛛だ。

壁面、天井、床……あらゆる所から這い出てきて、複眼をギョロギョロさせている。


「気持ち悪っ!」


紗蘭は杖をぎゅっと握りしめた。虫が得意な人でもこれは厳しいだろう。


「来るぞ」


桔梗が一歩前に出る。

次の瞬間、地を蹴った。


「――遅い」


低く呟き、刀が一閃。 最前列の蜘蛛がまとめて両断される。だが、それでも数は減らない。


「うじゃうじゃと……!」


皐月が舌打ちしながら銃を構える。 連続して火を噴く銃口。


「火は使うなよ!延焼する!」

「分かってる、よっと!」


桔梗と軽口を叩き合いながら、一体一体確実に脳天を打ち抜いていく。


「紗蘭ちゃん、後ろ頼んだ!」

「う、うんっ!」


反射的に応え、紗蘭は杖を構えた。 迫り来る一体に向けて、光を放つ。


「光の槍よ!」


一直線に貫かれた蜘蛛が、甲高い音を立てて崩れ落ちる。 だが、次の瞬間。


(多い……!)


左右、上、後ろ。 一斉に気配が迫る。


「っ……!」


杖を振るうが、間に合わない。

その時。


「遅い」


風のように割り込んだ影が、紗蘭の前に立つ。


「迷うな」


桔梗だった。

振り抜かれた刃が、紗蘭に飛びかかろうとしていた蜘蛛をまとめて切り裂く。 返り血が舞うが、彼の体にはほとんど付着しない。霊体だからか、それとも――。


「っ……ごめん!」

「謝ってる暇があったら見ろ」


ぴしゃりと言い放つ。


「どれを優先するか。全部相手にするな」


その言葉に、紗蘭は息を呑む。

全部倒そうとしてた。 全部、助けようとしてた。

でも、それじゃ……。


「皐月、上!」


後方から詩音の声。 振り向くと、天井から降ってきた蜘蛛たちが、皐月の死角を狙っている。


「っ!」


紗蘭は反射的に杖を向ける。 だが、撃つ直前に一瞬、迷いが走った。


(どれを優先するか……)


視界に入る敵は複数。 全部は無理。

だったら――。


「そこっ!!」


狙いを一点に絞る。 光が走り、皐月に最も近い蜘蛛を正確に撃ち抜いた。

その衝撃で、他の蜘蛛が飛び散っていく。


「えっ?あ、ありがとう紗蘭ちゃん!」


皐月が軽く手を振る。

紗蘭は、はっとした。


(今……選んだ)


その隙を縫うように、詩音が前へ出る。


「散れ」


低い声と共に、薙刀が円を描く。 一瞬で間合いに入った蜘蛛が、まとめて斬り伏せられる。


「数を減らす。固まるな」


蜘蛛の数に惑わされず、冷静な指示を出す。


「了解!」


皐月が左右に散り、射線を広げる。 桔梗は無言で前線を押し上げる。

紗蘭も、一歩踏み出した。


(全部じゃなくていい。今、守れるものを……!)


再び杖を構える。 呼吸を整え、狙いを定める。


「光よ!」


今度の一撃は、ぶれなかった。

次々と撃ち抜かれる蜘蛛。 先ほどまでの焦りは、確かに薄れている。

桔梗がちらりと後ろを見る。


「……へぇ」


小さく呟いた。


「やればできんじゃねえか」

「な、何それ……!」


余裕のない返し。 だが、さっきほど弱々しくはない。

戦況は徐々に傾いていく。

やがて。

最後の一体が、詩音の薙刀によって真っ二つにされた。

辺りに静寂が戻る。


「……終わりか」


桔梗が刀を収める。


「はぁ……はぁ……」


紗蘭はその場に膝をついた。 だが、その顔にはほんの少しだけ、確かな手応えがあった。


(全部じゃなくていい。選べば……守れる)


その小さな変化を、詩音は見逃さなかった。


「よくやったな」


そう言って、頭をぽん、と軽く叩いた。


「……はい!」


紗蘭は嬉しそうに笑う。

私にも、できるんだ。

その自信が、確かに身に付いたのだった。


「ねえ」


だが、皐月の声色がまだ終わりでないことを告げる。


「なんか、感じない?」


全員の視線が皐月に集まる。


「確かに……」


紗蘭が頷く。


「おい」


桔梗の目が細まる。

その瞬間。


ずるり。ずるり。


どこかで、重たい何かが引きずられる音がした。

全員の背筋に、冷たいものが走る。


「……来るぞ」


詩音が薙刀を構える。

闇の奥。

それは、ゆっくりと姿を現した。

巨大な影。大きな角。歪んだ体躯。赤々とした肌。


「……鬼?」


紗蘭の声が震える。

だが、完全な異形ではない。

どこか、人間だった名残がある。


「……あぁ?」


低く、濁った声が響く。


「まだ残ってたのかよ……今日は豊作だなぁ?」


その瞬間、紗蘭の顔色が変わる。


(この感じ……)


間違いない。


「……魔憑き、です」


はっきりと言った。空気が張り詰める。

桔梗が小さく舌打ちした。


「最悪だな」


鬼は、ぼり、と何かを噛み砕く。

よく見ると、その手には、人間の腕が握られていた。


「ひ……っ」


紗蘭が息を呑む。


「弱ぇ奴ばっかでよぉ。スキルも大したことねぇ」


ぼとり、と腕を捨てる。


「でもまぁ……」


ぎろり、と4人を見た。


「お前らはマシそうだな」


4人の背筋にぞわり、と悪寒が走る。


「喰えば、強くなれそうだ」


その言葉で、全員が理解した。

こいつは、ただの魔じゃない。


「……スキル、か」


詩音が低く呟く。


「奪うタイプだな」


桔梗が続ける。

鬼はにやりと笑った。


「ご名答」


舌なめずりをする。


餓鬼(グール)。喰った奴の力は、全部俺のもんだ」

紗蘭の心臓が跳ねる。


(そんな……)


つまり、ここで倒さなければ。

被害が広がるほど、強くなる。


「……下がってろ、玉乃井」


詩音が一歩前に出る。


「でも……!」

「あんたが今回、一番分が悪い」


詩音ははっきりと言い切る。

ぐっと言葉に詰まる紗蘭。

だが。


「代わりに、見てろ」


詩音は続ける。


「見極めるんだろ?」


はっとする。

さっき言われた言葉。

紗蘭は唇を噛み、頷いた。


「……はい」

「皐月、紗蘭を守れるか」

「お任せあれ。ボクの役目だしね」


ウインクして、皐月は紗蘭を鬼の目の届くギリギリまで下がらせた。

そのやり取りを見て、桔梗が小さく笑う。


「少しはマシになったな」


そして、刀を構えた。


「で、どうする」


詩音を見る。


「連携、できるのか?」


試すような言い方だった。

詩音は一瞬だけ考え、


「最低限なら」


とだけ答える。


「十分だ」


桔梗の姿が、ぶれる。


「行くぞ」


次の瞬間、二人同時に、踏み込んだ。

桔梗が正面から、詩音が背後から斬りかかる。

だが。


「遅えなぁ」


鬼はラリアットの体勢をとると、思い切り腕を振り回す。

溝尾に攻撃を食らった二人は、壁に思い切り叩きつけられた。


「がはっ……!」


桔梗が倒れ伏す。

体勢を立て直した詩音は舌打ちをする。


「身体能力は奴が上、か……」


鬼は弱い弱い、と笑う。


「さっき喰ったのに、すこーしだけ『いい餌』があってなぁ」

「クソが」


薙刀をしまい、苦無を取り出した詩音。

この苦無には、猛毒が塗ってある。それを思い切り投げた。

だが、その動きを予測していたかのように、鬼はあっさり躱す。


「未来予測、だったか?少しだけ未来が見えるんだ。いいスキルだなぁ」


ゲラゲラと笑う。

そこに、桔梗が猛スピードで切り込みにかかる。

しかし。


「ふんっ!」


鬼は腕の形をハンマーのように変えると、その槌で桔梗を叩き潰した。


「いやっ……!」


紗蘭のトラウマが刺激される。鳴を失った時の光景。

だが。


「お生憎様。こっちも力には自信があってね……!」


と、ギリギリでハンマーを押し返す桔梗の姿が、そこにあった。

紗蘭は大いに安堵する。


「じゃあ」


すると、鬼はハンマーを持ち上げる。

その腕が、鎌の形に変わった。


「斬るかぁ」


一瞬の間。

鎌を振り回す鬼に翻弄される桔梗。

時折身体に刺さるが、霊体だからか霞のように揺らめいて空振りするだけだ。


「おめえ、霊体か?そのスキル欲しいなぁ」


鬼はまだ余裕そうで、鎌をぶんぶん回している。

詩音は近づけないようで、相手の様子を伺っている。

だが。


「おめえも遊ぼうや」


ふいに、鬼のターゲットが桔梗から詩音に変わった。

大きな体躯から、一瞬溜めがあったかと思うと、桔梗と変わらぬ速さで詩音と距離を詰める。


「しまっ……!」


詩音は対処できない。

鬼の拳が詩音に直撃する。

再び壁に打ちつけられた詩音は、そのまま右手で首を絞められる。


「……ぅ……ぐ……っ!」


詩音の足が宙を掻く。 喉を締め上げられ、呼吸が潰される。


「かてえなぁ。身体強化か?欲しいなぁ」


鬼の腕により力が籠る。


(いや……嫌……!)


詩音が死んでしまう。

それだけは嫌。

紗蘭は反射的に杖を構える。


(助けなきゃ……今すぐ!)


だが、攻撃を撃とうとして、ふいに動きが止まる。


(……待って)


脳裏に、詩音の言葉が蘇る。


見極めろ。


心臓がうるさいほど鳴る。 目の前では、詩音が今にも死んでしまいそう。


(撃つ?でも……)


鬼の腕。詩音の位置。距離。角度。


(巻き込んじゃわないかな)

(でも撃たなきゃ先輩がしんじゃう)

(どうしよう……どうしよう)


ぐるぐると回る思考。 だが、次の瞬間。


「紗蘭!」


低い声。桔梗だった。


「撃つな」


短く、だがはっきりと。


「今は違う」


紗蘭の動きが止まる。


「……でも……!」

「よく見ろ」


桔梗の声は冷静だった。


「あいつなら大丈夫だ」


はっとする。

詩音の目は、まだ生きていた。 苦しみながらも、鬼を睨んでいる。


(……まだ、終わってない)





「チッ」


鬼が舌打ちする。


「しぶてぇな」


少しだけ目を逸らした、その瞬間。


「……今!」


かすれた声。詩音だった。

次の瞬間、彼女の足が大きく跳ね上がる。 鬼の顎を、下から蹴り上げた。


「がっ……!?」


一瞬、首の締め付けが緩む。

その隙を、逃さなかった。


「……っ!」


詩音は鬼の腕に刃を突き立て、そのまま強引に身体をひねって拘束から抜け出した。 地面に転がりながら距離を取る。


「はぁ……っ、はぁ……!」


呼吸を取り戻す詩音。だが、その息は荒い。


「ほぉ……」


鬼が首を鳴らす。


「やるじゃねえかぁ。やっぱおめぇのスキル、欲しいなぁ」


鬼にやり、と笑う。


「ずっと隙を窺ってたってのかぁ?」


詩音は答えない。 ただ、構え直す。

その横に、桔梗が並ぶ。


「生きてるな。よかったよかった」

「うるさい。少しは助けろ」


短い応酬。

だが、その間に確かな“呼吸”が生まれていた。

鬼が二人を見比べる。


「いいなぁ、おめぇら」


鬼は舌なめずりをする。


「両方喰えば、もっと強くなれる」


地面が抉れるほどの踏み込み。

今度は――本気だ。


「来る!」


詩音の声。

鬼が突っ込んでくる。 だが今度は、さっきと違う。


「右」


桔梗が呟く。

詩音が即座に動く。

鬼の拳が、空を切る。


「は?」


鬼の顔に、初めて困惑が浮かぶ。


「未来予測、だろ」


桔梗が言う。


「だったら、その『未来』ごと潰せばいい」


次の瞬間。

桔梗の姿が、ぶれた。

一つじゃない。二つ、三つ……まだ増える。


「なっ……!?」


鬼の視界に、複数の桔梗が映る。


桔梗の魔力。それは、氷の魔力だった。

鬼が詩音に気を取られている隙に、桔梗は氷を張り巡らせていたのだ。

氷に映る桔梗が、鬼を惑わせていた。


「こっちか!」


手当たり次第に鬼が殴る。だが、氷を砕いただけだ。

また殴る。氷。

殴る。氷。

なかなか当たらない。


「こんのぉ……!」


鬼に焦りが生じた刹那。


「――そこだ」


詩音が踏み込む。

薙刀が閃く。 鬼の脇腹に、深い一閃。


「ぐぉ……!?」


初めて、血が飛ぶ。


「効いたか」


詩音の横に並んだ桔梗が低く笑う。

鬼の顔が歪む。


「……なるほどなぁ」


ぎし、と歯を鳴らす。


「面白ぇ」


その目が、本気になる。


「殺す」


空気が変わる。

紗蘭は、それを肌で感じていた。


(今の……)


桔梗の動き。 詩音の判断。


(これが、『見極める』ってこと……)


ただ撃つんじゃない。 ただ助けるんじゃない。


最善を選ぶ。

それが……私に足りないもの。


「紗蘭ちゃん」


皐月が小さく声をかける。


「次、来るよ」


紗蘭は、頷いた。

震えは、まだある。 怖さも消えてない。

でも。


(……今度は、間違えない)


杖を構える。

視線を、戦場全体に広げる。


(どこを撃てば、二人が動きやすい?)

(どこなら、邪魔しない?)

(どこが――一番効く?)


鬼が、再び動いた。

その瞬間。


「……そこっ!!」


紗蘭の光が走った。

狙いは鬼ではない。

その足元。


「チッ……!」


鬼が舌打ちする。 足を上げて回避するが、その一瞬が狙い目だった。


「今だ」

「分かってる」


桔梗と詩音、二人が同時に踏み込む。

左右からの挟撃。

鬼は即座に腕を盾に変形させ、防御に回る。 だが、その動きはわずかに遅れた。


「なんだと!?」


鬼がバランスを崩すが、なんとか食いしばる。


「ペースを乱されてるな」


桔梗が冷静に言う。


「紗蘭の光、ただの攻撃じゃない。目潰しと認識阻害も兼ねてる」

「……なるほどな」


詩音が短く応じる。

紗蘭は息を呑んだ。


(私、そんなつもりじゃ……)


だが、結果としてそう機能している。


「なら、そのまま続けろ」


桔梗が振り返らずに言う。


「止めるな」

「……っ、はい!」


紗蘭は再び杖を構える。


(狙うのは……動き)


鬼の視線、足運び、重心。


「光よ!」


今度は連続で放つ。 直撃は狙わない。

牽制。 撹乱。


「うざってぇ!!」


鬼が吠える。 だが、確実に動きが鈍る。


「そこっ!」


詩音の薙刀が、深く踏み込む。

一閃。

今度は、肩口を切り裂いた。


「ぐあぁぁぁッ!!」


血が噴き出す。

鬼が大きく後退する。


「調子に……乗るなよォ!!」


怒号と共に、体が膨れ上がる。

筋肉が軋み、骨が鳴る。


「げ。まだあんのかよ」


桔梗が舌打ちする。

鬼の身体が、さらに異形へと変わる。 腕が増え、口が裂け、全身から禍々しい気配が溢れ出す。


「もういい。お前ら皆殺しだ」


低く唸る。次の瞬間。


「消えろ」


鬼の姿が、消えた。


「!?」


詩音が目を見開く。

気配が、消失している。


(どこ……!?)


紗蘭が焦る。


「詩音、上だ!!」


桔梗の声。

反射的に見上げる。

天井に張り付き、そこから猛スピードで落ちてきた。


「遅ぇ」

「っ!」


詩音が受ける。 だが、衝撃が重すぎる。

地面が砕ける。


「がっ……!」


骨がみし、と悲鳴を上げたのが分かった。


「詩音先輩!!」


紗蘭が叫ぶ。


「動くな!!」


桔梗が怒鳴る。

だが、鬼の腕が、詩音の胴を貫こうとする。


(間に合わない――)


紗蘭の思考が止まりかけた、その時。


「桔梗」


詩音の目は、やはり諦めていなかった。


「借りるぞ」


一瞬、空気が変わる。

詩音の体から、淡い光が溢れる。

桔梗の魔力が、体から引いていくのが分かった。


「は?」


鬼が反応するより早く、詩音の姿が消えた。


「なっ……!?」


次の瞬間。

鬼の背後。


「遅い」


低い声。

薙刀が、一直線に振り抜かれる。


「――――ッ!!」


首筋に、深い一閃。

完全には落ちない。 だが、致命的ではあった。

鬼がよろめく。


「ぐ……ぉ……」

「終わりだ」


桔梗が呟く。


「今だ、紗蘭!」


名を呼ばれる。

紗蘭は、息を呑んだ。


(今……!)


紗蘭は魔力を今まで以上に練った。

この一撃に全てを賭けるつもりで。


「貫けぇっ!!」


光が、収束する。

一点へ。一直線に。

鬼の胸を、撃ち抜いた。


「がああああああああああああああッ!!!!」


地面が揺れるほどの断末魔。

膨れ上がった身体が、内側から崩壊する。

光に呑まれ、やがて……。


静寂が、戻ってきた。




「……終わった、か」


詩音が小さく呟く。

その場に、重い空気だけが残る。


「……はぁ……」


紗蘭が力を抜く。 膝から崩れ落ちる。


「やった……」

「やったねぇ、紗蘭ちゃん」


皐月が笑う。


「う……」


詩音かふいに崩れ落ちる。


「先輩!?」


紗蘭が目を丸くする。よく見ると、体中傷だらけ、首には痣。脇腹は白い装束が紅く染まっていた。


「か、回復しますね!」


回復は紗蘭の得意分野だ。魔力を練って、淡い光を詩音に降らせる。


「あったかい……」


みるみるうちに、傷や痣が消えていった。


「さすが紗蘭ちゃん、回復はお手の物だねぇ」


感心するように言う、無傷の皐月。


「……羨ましい」


詩音は皐月の様子を見て、そう呟くのであった。




一方、桔梗は何も言わず、ただ鬼の残骸を見下ろしていた。


「……妙だな」

「え?」


桔梗の呟きに、紗蘭が顔を上げる。

彼は足元の遺体を蹴る。


「こいつ、いくらなんでも食い過ぎだ」

「……どういうことだ?」


詩音が問う。


「魔力量が異常だ。紗蘭みたいにスキルでもない限り、ここまで取り込めば自我が崩壊する。誰かが制御してたか……あるいは」


そこで、言葉を切る。


「あるいは?」


紗蘭が問う。

桔梗は少しだけ目を細めた。


「上位存在だな」


その言葉に、詩音の眉が動く。


「……つまり、黒幕がいると?」

「さあな」


桔梗は興味なさげに肩をすくめる。


だが、その時だった。


ぞわり。


全員の背筋に、同時に悪寒が走る。


「……なに、これ」


紗蘭の声が震える。

さっきの鬼とは質が違う。

もっと冷たい。 もっと深い。

まるで……。


「……見られてる」


詩音が低く呟く。

誰もいないはずの闇。その奥から、確かに何かがこちらを覗いている。


「……ああ」


桔梗が、ぽつりと漏らす。


「いるな」


その視線は、真っ直ぐ闇を射抜いていた。


「趣味悪ぃの」


次の瞬間。


ふっと、その気配が消えた。

まるで最初からいなかったかのように。

再び静寂だけが残る。


「……今の」


紗蘭が震える声で言う。


「魔……じゃ、ないよね」


誰も答えない。

だが。

全員が、理解していた。


(あれは……)

(今までのとは違う)


詩音は、無意識に唇をなぞる。 桔梗との契約の印のある、口元。


(……嫌な予感がする)


「面倒なのがいるな」


桔梗のその言葉に、誰も否定できなかった。

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