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ある退魔師の黄昏

連投失礼します。

まだ書き溜めてる章はあるのですが、今日はとりあえずここまで。

様々な世界というものが混在する。

各々の世界は干渉することがあまり無いのだが、特例が存在した。


転生。


転生者は世界を跨ぐ。そして、神により不可思議なスキルを与えられて、新たな世界で名誉を手にするのが、世の習わしだった。


数十年前、「魔」という存在が現れるまでは。


魔は、転生者の「この世界の人間から少しズレた存在」という観点に着目した。

転生者はその世界の人間として適正化の処置を施されるも、スキル付与の段階でどうしてもズレ――「バグ」が生じる。これはどの世界においても共通であった。

僅かな隙間に入り込んだ魔は、転生者を化け物に変え、世界を蹂躙する。破壊という形で。


それを嘆いた神々が生み出したのが、世界の狭間に点在する社。何の偶然か、その名は日本の「神社」と同じ名を冠していた。

神々はそれぞれの神社に主を置き、様々な世界から喚んだ人を眷属とし、魔の討伐の任務を与えた。

そうして、魔と転生者の戦いは火蓋を切ったのである。



境界ノ社。

それが、天水分尊(アマツミクマリノミコト)――通称ミクマという龍神が祀られる神社であった。

この龍神は、とりわけ日本人を好んだ。自分の名前や由来が、日本の土地柄との親和性が高かった為である。

ミクマはまず、一人の日本の女子高生を眷属に選んだ。それが曾根崎詩音、18歳。格闘技と薙刀を嗜む、武道一家の長女。

彼女には、4人の家族がいた。父、母、祖父、そして双子の弟。


彼女の弟は、4年前に転生者となり、2度死を迎えた。

格闘技と弓術で名を馳せていた男子高生は、ある日車に轢かれ、帰らぬ人となったはずであった。だが、異世界の神に見初められ、転生を果たす。

異世界で冒険者として活躍した彼であったが、その時には魔に目をつけられていたようだった。

数カ月後、歪な光を纏って不気味に動く姿を見た別の冒険者が、彼によって殺害される。

すぐに様々な神社から神の眷属――通称退魔師たちが派遣され、弟は今度こそ帰らぬ人となったのだった。


それを聞かされたのが、夢枕の中。

最初は悪い夢物語だと思った。だが、夢に出てきた弟の転生後の写真が自分の枕元にあったのを見た時、夢でないことを知った。同時に、弟に辛い死をもたらした原因に復讐せねば気が済まなかった。

後日、龍神が一家の前に降臨して、詩音を連れて行くと云った。家族は反対したが、彼女は事情を話し、ミクマと共に行くことにした。

そして、神の加護を得た詩音は、一人の退魔師になった。



そして現在。




境界ノ社の朝は、静かだった。

風が木々を揺らす音だけが、境内に流れている。



石段の下で、新米の退魔師――玉乃井紗蘭は背筋を伸ばして立っていた。

すると、待ち人が現れる。


「本日付で任務に同行します! よろしくお願いします、詩音先輩!」


彼女は、スカートのホコリを手で払うと、目の前の先輩に向けて勢いよく頭を下げた。




紗蘭は16歳の高校生だった。

だが、無差別殺人の標的となってしまい、その短い人生に幕を下ろした。


はずであった。


次に目を覚ました時には、赤ん坊となり、大人たちに囲まれ、教皇らしき老人にラ◯オンキングよろしく掲げられ、「聖女の降臨じゃ!!」と担ぎ上げられていたのだ。

転生後も「サラ」という名で、無尽蔵の魔力というスキルを与えられた彼女は、光の魔法と聖属性の回復術を駆使して、勇者とその仲間たちと共に魔王討伐を成し遂げたのであった。

無尽蔵過ぎるがゆえ、魔力の暴走を頻発するのが玉に瑕なのだが、それでも成し得た快挙。ミクマはそれを見初め、彼女が日本由来の人物ということもあり、眷属に迎えたのである。

紗蘭も聖女が板についていたのか、すっかり乗り気で承諾。教会も、「神に見初められた聖女」として神格化する気満々で、彼女を送り出したという訳だ。

眷属になった後は、生前の「玉乃井紗蘭」の姿に戻って、退魔師として活動を始めたのである。


大きな幣のような杖を持って、セーラー服のような巫女服を身に纏い、茶色に近い短い黒髪がふわりと舞う。大きくくりっとした目を閉じ、頭をさげたまま、しばらく沈黙が続く。



少しして顔を上げると、目の前の黒髪を高い位置で一つに結った、灰色の瞳の少女――曾根崎詩音が、無言でこちらを見ていた。


その視線は冷たく、感情が読み取れない。


「詩音でいい。……準備は」


詩音は無機質な声音で短く問う。


「で、できてます!」

「そう」


紗蘭は緊張しながらも即答した。

詩音はそれ以上何も言わず、踵を返した。


「わ、待ってください〜!!」


紗蘭は慌てて後を追う。だが、詩音はペースを落とさず、すたすたと先を行ってしまう。


(なんか……想像してたより、ずっと厳しそうな人だな)


そんなことを思いながら、後を追った。



(想像より平和ボケした聖女サマだな)


それが、詩音の感想だった。

これから死地に向かうというのに、あまりにも緊迫感とは懸け離れた存在。これが、本当に魔王討伐を果たした者だというのか。


(それとも、そういう「フリ」なのか)


それを見定めるには、まだ時間が要るようだった。

それに、彼女の背後でずっとニヤニヤしている赤い長髪の精霊も、詩音には信用ならぬ存在だった。彼女、気づいているのか?


精霊の名は、皐月という。


この精霊も、つい先日、ミクマが紗蘭と共に連れてきた。なんでも、転生先で名もなく消えようとしていたところ、名をもらったことで救われ、以後紗蘭と契約を結んで仕えているとかなんとか。

腰にホルスターを提げ、黒い手袋の先から炎のような気を纏わせる彼は、初対面の時からずっとこの表情だった。


「紗蘭ちゃん、右手と右足が同時に出てるよ」

「ひゃぁっ!?」


精霊が一声かけると、紗蘭は飛び上がるように驚いた。


「さ、皐月……いつからいたの?」

「そりゃあ、俺も行くんだし?ずっといるさ」


皐月はからかうように笑っている。


(気づいてなかったのか……)


後ろをちらりと見ながら、詩音は小さくため息をついた。

先が思いやられる。


この先は、別世界だというのに。





うねりを見せる鳥居の門。

一歩踏み出すと、がらりと空気が変わる。



先ほどの朝の爽やかな香りとはうってかわり、草の匂いと、土の湿り気、じめっとした風。

遠くに見えるのは、フランスの小さな農村にそっくりな場所だった。


「ここが今回の現場」


詩音が呟く。


「へぇ、なんか嫌な空気だなぁ」


皐月の言う通り、空はどんよりしており、村には活気が無い。

どこか、怯えたような空気が漂っていた。


「曇ってるから、じゃない?」


不安気に辺りを見回す紗蘭。そんな彼女の頭を、皐月はぽんぽんと撫でてやる。


「違うねぇ。ここは人の気が薄い。というより……」

「魔の気配が強すぎる」

「そうそれ。詩音ちゃんさすがぁ」


世辞なのか、満面の笑みで詩音を褒める皐月。「茶化さなくていい」と淡々と返す詩音。


事実、詩音と皐月は肌でひしひしと感じていた。

魔特有の禍々しい空気を。


「転生者……いるんだよね?」


紗蘭が呟く。

彼女はまだ魔の気配を掴むのが苦手なようだ。

(ぬさ)の形をした杖を亜空間から取り出し、構える。

だが、小刻みに震えていることから、戦いは避けたいように見える。


「まだ、理性がある可能性も」

「やめておけ」


紗蘭の言葉を遮るように、冷たい声音で詩音が制した。


「いくら『聖女サマ』でも、魔に取り憑かれた者はどうにもならない」


それは、皮肉めいた言葉だった。



紗蘭と皐月は、出立前、ミクマから詩音のことを大まかに聞いていた。つまり、彼女の弟のことも知っている。

そして、魔に取り憑かれてしまった者の末路も聞かされていた。


封印か、討伐のみ。


生き残った例は極わずか。封印から目覚めた者が、暴走さえしなければなんとか生き延びたという話を、ミクマですら数件しか聞いたことがないと言っていた。


「じゃあ、みんな封印すればまだ可能性は…!」


と、希望的観測で紗蘭が訴えかけたものの、ミクマは大きく首を横に振る。


「そんなに甘い話じゃあないんだよ。チートスキルを与えられた転生者は、桁違いに強い。やらなければこちらがやられてしまうんだよ」

「……あ」


封印できるのは、余程余力がある時だけなのだと、紗蘭に突きつけられた現実。

詩音の弟は、武術に長けた者。つまり強さも桁外れだっただろう。

魔に見つかった彼の末路は、もう決まっていたも同然だったのだ。


きっと、詩音もそれを知っている。だから……。




「私の力じゃ助からない、助けられないってことですか?」


そう、聞いてしまった。


「ちょ、紗蘭ちゃん!」


なんでそんな喧嘩腰かなぁ、と皐月が焦る。

だが、そんな彼女の様子を歯牙にもかけない様子で、冷ややかな視線を送る詩音。


「早く楽にしてやったほうが、何倍もいい」


それは、約3年間孤独に戦ってきた者の重い言葉だった。

紗蘭はハッとした。そして再び、ミクマとの会話を思い出す。




「詩音はね、最初こそ君のように転生者を助けようとしていたよ。でも、その度に大怪我を負って、結局倒すしかできなくて……何度も泣いていた」


今の彼女からはとても想像できないが、そういう時期もあったのだと、非常に驚かされたものだ。


「そうして戦いを重ねていくうちに、封印もできるようになったんだよ。でも……そのどれもが苦しそうだったって、また泣いていた」


苦しむくらいならいっそ。

そう思い至るのに、さほど時間は掛からなかったのだろう。




「………」


事情を知っているからこそ、あまり言葉に出来なかった。

だからといって、苦しかろうが生きたい転生者だっているだろうに……。


紗蘭の胸の奥に、小さな違和感が残った。




村の入り口に立った3人は、そのおどろおどろしい雰囲気に足を止める。


「……一番奥。いるな」


詩音は亜空間から武器を取り出す。薙刀だ。


「ついでに村中魔の生み出した眷属だらけ、ってとこ?」


皐月もホルスターに手をかける。


「眷属なら私の光魔法、効果てきめんなので!任せて下さいね!」


紗蘭は意気揚々と言うが、2人にあまり響いていない。彼女は先ほどの件が尾を引いているのかと思ったが、特に詩音は全く気にも留めていないようだった。


(雑魚は2人に任せて、私はさっさと魔を仕留めたほうがいいな)


むしろ、この後の行動の算段をつけている位だった。


「詩音ちゃん、もしかしてボクらに眷属押し付ける気でいる?」


まるで心の中を見透かしたように尋ねる皐月に、初めて詩音が目をひそめた。


「……なんで」

「ミクマ様に聞いてた詩音ちゃん像から想像しただけ〜。ダメだよ?一人で突っ走るなんてさ。ボクら何のために来てるのさ」


この精霊……。

油断ならない。


詩音は深くため息をつくと、


「分かった」


短くそう返した。



その時だった。


「あれ?あれれー?」


不意に、場違いに陽気な声が飛んできた。


3人が声のした方を見ると、木の上から一人の少女がひらりと降りてくる。


短めの黒髪に、風をまとったような軽やかな動き。キュロットのような袴の巫女服を身に纏い、周りには式神がふよふよと飛んでいる。紗蘭と歳が近そうだ。


「退魔師でしょ?見たことない顔だなあ」


少女はそれぞれの顔を見回してから、にこっと笑う。

紗蘭はそんな無邪気な少女に見惚れてしまう。

代わりに、皐月が挨拶をしようとした。


「ああ、ボクらね。境界ノ社の……」

「へえ!ミクマ様の!」


皐月が語り終えるより早く、少女は勝手に納得したように頷く。


「私は夕凪神社の風見鳴!退魔師3年目だよ!」


胸を張るその仕草は、どこか無邪気だった。


「あ、あの!玉乃井紗蘭です!新米退魔師です!」

「ボク皐月。紗蘭ちゃんと契約してる精霊で〜す」


すぐに紗蘭も緊張しながら返事をする。

皐月も続いた。


「へぇ、新米ちゃんに精霊さん。こっちは……」


「曾根崎詩音」


鳴の言葉を遮るように、詩音が名乗った。

彼女はさほど鳴に興味を示しておらず、それ以上会話を広げる気は無かった。


けれど鳴は気にした様子もなく、むしろ楽しそうに目を細めた。


「ふーん。クールビューティーさんだぁ」

「……そういうの、いいから」


軽口を叩く鳴。苦手なタイプと言わんばかりに、詩音は目をそらした。

だが、鳴がふと真面目な顔になる。


「今回のやつ、結構ヤバいよ?でも……」


少し間を置いて、続けた。


「封印できそう」


紗蘭の目がわずかに見開かれる。

希望を見いだせた。そんな気がした。


「私も……!私も、そう思います!」


自然と、鳴の手を取っていた。

同意してくれる紗蘭に、鳴は嬉しそうに笑う。


「でしょ? いきなり倒すのなんて、悲しくない?」

「はい!そうですよね!」


その言葉に、詩音はまたため息をついた。


「……甘いな」


皐月は、そんな彼女の言葉を聞き逃さなかった。





「はっ!」


鳴の式神が風を巻き起こし、蝙蝠のような羽の1つ目の眷属たちの飛行を妨げる。コントロールを失った眷属たちは目を回し、ひらひらと落ちてくる。


「光の槍よ!」


そこにすかさず、紗蘭の放った槍型の光が1つ目を貫いていく。金切り声をあげて灰になっていく眷属たちに、ひゅう、と皐月が口笛を鳴らした。


「ボクも負けてらんないなぁ!」


そう言って、二丁拳銃を乱射する皐月。射撃はかなり正確で、眷属の羽や目にほぼ命中している。


そんな中で、舞うが如く薙刀を振りかぶり、各個撃破していく詩音。時折死角に現れる眷属には暗器で応戦し、その様子すら一つの舞踊のように見えた。


「戦い方まで綺麗とか、こりゃあ男共が黙ってないよねぇ!」


また軽口を叩く鳴に対し、全くの無反応のまま敵をまた一体仕留める詩音。


「そこんとこ皐月くんはどうなのー?」

「はぇっ!?ボクぅ!?」


予想外の飛び火に、皐月が動揺する。少し照準にブレが生じた。


「いや、あの、ボクには紗蘭ちゃんがいるからさぁ」

「ざーんねん。振られちゃったねぇ、詩音ちゃん」

「……集中しろ」


そう言っている間にも、着実に眷属の数は減っていた。

中には大きな1つ目も混ざっていたが、これも詩音が危うげなく倒していく。

そうして、歩を進めながら眷属を倒し続けること、約1時間。


疲労の色が見えてきながらも、奥から眷属が飛んでくる。

だが、敵も限界があるのか、数はさほど多くなかった。

鳴の起こした竜巻で一掃する。

そして4人は、村の奥の開けた場所に出た。


崩れかけた噴水の前で、“それ”は見つかった。

男だった。


まだ、辛うじて人の形をしている。


だが、皮膚の内側から光が滲み、空気が歪んでいる。

白目が黒く染まり、瞳は赤く光っていた。


「……来るな……助けて……くる、な……?」

「ひっ」


弱々しい声で支離滅裂な発言を繰り返している。

初めて魔の憑いた転生者を見た紗蘭は、小さく悲鳴をあげる。

両手がゴーレムのように大きくなっており、肌もどこか土気色に見える。

恐らく、これが彼のスキル。「ゴーレム化」といったところだろうか。


「俺……おかしクて……勝手にすきるガ……」


紗蘭は一歩踏み出す。


「大丈夫です、落ち着いて……ね?」

「待って」


鳴が手を伸ばして制する。


「鳴さん?」


紗蘭が振り返る。


「今から封印処置を行います。そしたら、もしかしたら元に戻れるかもだし。ね?」


そう言って、鳴はウインクした。


「鳴さん……!」


紗蘭は感動していた。

そうだ。きっとなんとかなる。だって、魔王討伐の時だってなんとかなったんだもの。


鳴はゆっくりと、男に近づいていく。


「大丈夫。まだ間に合う」


優しい声だった。

男の呼吸が少し落ち着く。


「あ……ア……ァ」

「ほら、深呼吸して」


鳴が距離を詰める。

詩音と皐月は、その様子を黙って見ていた。が、薙刀と銃は既に構えられている。


「……まだ戻れる」


鳴が呟く。


その瞬間。



「……ぅぁぁぁぁぉぁオオオオオオオっ!!!!!!」


声とも悲鳴ともつかない叫びと共に、空気が軋んだ。

地響きと共に大地が割れ、男の背後で歪みが膨れ上がる。


「きゃぁぁぁぁぁっ!!」


紗蘭はあまりの揺れの大きさに立っていられなかった。次第に大地の裂け目に引きずられていく。


「紗蘭ちゃん!!」


皐月が慌てて手を伸ばした。すんでのところで2人は助かる。

詩音と鳴は辛うじて立っていた。そして、目の前で大きくなった影を見上げる。


「ヴォォォオォォオオオォォォ!!!」


それは、先ほどの男が完全にゴーレムと化した姿だった。目は真っ赤に染まり、手当たり次第に家屋や木々をなぎ倒していく。 


「嘘、そんな……」


鳴は目の前の光景を、信じがたいといった目で見ていた。


「……倒すぞ」

「だって!さっきまで大丈夫そうだったんだよ!?まだ」

「風見!!」


詩音が怒号を飛ばす。

そして、悲しげな顔で、ゆっくり首を横に振った。


「もう、無理なんだよ……」


楽にしてあげよう。

我々には、それしかできない。


「詩音ちゃん……」


鳴はまだ納得できていなかったが、目の前の少女の顔を見たら、そうも言えなくなってしまった。


「……うん」


純白の袖で涙を拭って、鳴は札を構えた。




「止まって!!ゴーレムさんお願い!!」


紗蘭の悲痛な叫びにも反応せず、ゴーレムは腕を振りかざす。風圧で飛ばされそうになるところを、皐月が支えた。


大きな足で二人ごと踏み潰そうとしたところを、詩音の力と鳴の風圧で支え、なんとか逃がす。


「弱点は!?」

「恐らく胸の石だろうな」


詩音の指さす先に、赤くギラギラと輝く大きなルビーが埋まっている。


「それなら!」


紗蘭は誰の言葉を聞くでもなく、光の槍をルビーめがけて打ち込んだ。だが、そう簡単には砕けない。


「ボクにもやらせてよっと!」


続いて皐月が、自身の炎の力を込めた弾丸を撃ち込んでいく。玉は少し宝石にヒビを入れたものの、粉砕には至らなかった。

しかも、即座に快復し、綺麗な石に戻っていた。


「うええ……?生きてる石なの?」


気味悪そうに呟く鳴。


「だろうな。よく見ろ」


詩音の言葉に、3人はまじまじとゴーレムの核を見つめる。


「あ!さっきの人……!」


先ほどの男性が、石の中で繋がれていたのだ。

紗蘭の視線が、核に釘付けになる。

赤く脈打つ宝石。その内側で、確かに“人”がもがいている。


「まだ……!」


紗蘭は思わず一歩、踏み出した。


「まだ助けられる……!」


幣の杖を強く握る。震えはあった。けれど、それ以上に強い衝動が、紗蘭の足を前へと進める。


「やめろ、紗蘭」

「だめだ、紗蘭ちゃん!」


詩音が低い声で制止する。皐月も必死に呼び掛ける。

だが、届かない。


「助けられるなら、助けたい……!」


紗蘭は振り返らない。そのまま、杖を掲げた。


「――浄化の光よ」


淡い光が、幣から溢れ出す。空気が揺らぎ、優しい光が核へと吸い込まれていく。


「お願い……戻ってきて……!」


光が、核の奥へと届く。

その瞬間。


「……ぁ……」


宝石の中の男の顔が、はっきりと浮かび上がった。

苦しそうに歪んでいた顔が、わずかに緩む。


「……たす、け……」


紗蘭の瞳が、大きく見開かれる。


「ほら……!やっぱり……!」


届いた。そう思った。

一瞬だけ、確かにそう思ってしまった。

だから。


「……やめろと言った筈だ」


詩音の声が、わずかに強くなる。

同時に。

核が、脈打った。

どくん、と。

嫌な音だった。


「え……?」


光が、吸われる。

浄化のはずの光が、逆に“取り込まれて”いく。


「……オマエ……」


低く、濁った声が響いた。

男のものではない。


「イイナァ」


核の中の男の顔が、歪む。

笑った。


「オマエモ……コッチニコイ」


その瞬間、ゴーレムの体が膨れ上がる。

地面が更に割れ、空気が軋む。さっきまでとは比べ物にならない圧が、周囲を押し潰した。


「っ、紗蘭ちゃん下がって!!」


皐月が叫ぶが、紗蘭は動けなかった。


「なんで……?」


理解が追いつかない。


「なんで……助けようとしたのに……」


ゴーレムが腕を振り上げる。

その動きは、先程よりも明確に殺意を持っていた。

狙っている。

紗蘭を。


「どう……して……」




「紗蘭ちゃんっ!!」


途端。

紗蘭は突き飛ばされた。


「あれは……!」


それは、封印の術式を準備した、鳴だった。

ゴーレムの腕に潰される刹那、鳴は術式を放つ。

淡い光に包まれたゴーレムは、すんでのところで動きを止めた。


「ほら、大丈夫。ね?」


緊迫しながらも笑みを絶やさない鳴にホッとする紗蘭。

皐月も呆けた表情で、ぶらんと銃を持った手を下ろした。


だが。


詩音はまだ、構えを解かなかった。

それどころか。


「逃げろ!風見!!」

「え?」



そう叫んだ時には遅かった。


再び振り上げられたゴーレムの腕が、容赦なく鳴の体ごと潰したのだった。


ゴーレムの腕に、血肉がこびりついている。

原型をとどめず、呆気なく。

風見鳴は、いなくなってしまった。


「ぁ…………あぁ…………」


目の前で見てしまった紗蘭は、足が竦んで動けない。


「イヤァ、びっくりシタ」


ニタァ、と笑ってルビーの中の男は、再び紗蘭に手をかけようとする。


だが。



「……皐月」

「りょーかい」


一瞬で空気が変わる。

皐月の銃が唸る。炎を纏った弾丸が、ゴーレムの関節を撃ち抜いた。


同時に、詩音の足が、地を蹴った。


紗蘭の目では追えない速度で、懐に潜り込む。

ゴーレムの腕が振り下ろされる。

だが、届かない。

その前に、詩音はもうそこにいない。


「……」


呼吸一つ。

静かに、踏み込む。

視界の端で、核の中の男が見えた。


「ぁ……」


ほんの一瞬。

詩音の動きが、止まる。


「……あり、が……」


微かな声。

確かに、聞こえた。

次の瞬間、薙刀が、迷いなく振り抜かれた。

赤い宝石に、一直線の軌跡。

ひびが走り、男の首がずれていく。


光が弾けたと同時に、宝石は跡形もなく砕け散った。

巨体が音を立てて、崩壊していく。大きな地鳴りと共に。


やがて、すべてが止まった。


静寂が辺りを支配する。



「……ぁ……」


紗蘭は、その場に崩れ落ちた。

手が震えている。


「……助けられたのに……二人とも……」


ゴーレムも、鳴も。

あの封印で、すべてが上手くいくはずだったのに。

なんで、なんで、なんで……。


涙が止まらなかった。

あんなに優しくしてくれた鳴さんが、あんな、あんな終わり方をするなんて……。

信じたくない。


「紗蘭ちゃん……」


皐月が手を伸ばそうとして、諦める。

かける言葉が見つからなかったのだろう。


やはり最初から、助からなかったのだ。

詩音はそう結論づけた。

甘かったのだ。紗蘭も、鳴も。

だから、死んだ。死にかけた。

目の前の現実が、そう告げている。


「……せめて、墓は建てよう」


詩音が紗蘭にかけてやれる言葉といえば、その程度だった。




村の外れの小高い丘に、誰もいない墓を2つ、建てた。

といっても、そこらの木で十字架を作って挿しただけの、遺体も何もない墓。


「初陣がこれじゃあ、紗蘭ちゃんトラウマになっちゃったでしょ」


そう言う皐月に、紗蘭は言葉を返さない。

拳を握りしめている。


「…………何か」


紗蘭はふと、小さく呟いた。

言葉に詰まる。

それでも、絞り出す。


「助ける方法……なかったのかな」


返す言葉が見つからず、皐月は黙ってしまう。

沈黙が、辺りを支配する。


だが、少しだけ間を置いて、詩音が呟いた。


「……そんなもの、無い」


少しでも気を許したから、またこんな辛い別れをしてしまった。

油断したから、助けられなかった。

一人だったら、もっと上手くやれていたかもしれない。


そんな想いが、詩音の中で渦巻いていた。

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