プロローグ
初投稿です。
温かい目で見守って頂けますと幸いです。
静かすぎるほどに澄んでいた。
神社の境内には、風の音すらない。
ただ、鳥居の向こう側――別の世界へと続く歪みだけが、かすかに揺らいでいる。
曾根崎詩音は、「それ」の前に立っていた。
白い息が、短く吐き出される。
「……行くか」
誰に言うでもなく呟き、彼女は鳥居をくぐった。
次の瞬間、空気が変わる。
土の匂い。
湿った風。
そして、遠くから聞こえる“人の声”。
「……やめろ、来るな……!」
詩音は音の方へ歩く。
迷いはない。足取りも一定だ。
林を抜けた先、小さな開けた場所。
そこに、“それ”はいた。
男だったもの。
皮膚はひび割れ、内側から淡い光が滲んでいる。
目は焦点を結ばず、それでもこちらを“認識”していた。
「た、助けてくれ……」
かすれた声だった。まるで機械のノイズが混じり合ったような声。
「俺、変なンだ……力が……勝手に……」
その手が震える。
地面がわずかに歪み、空気が軋む。
詩音は、数歩の距離で止まった。
薙刀を、静かに構える。
「待っテくれ……!」
男が叫ぶ。
「まダ、大丈夫だ……! 俺、意識あルし……ほら……!」
一歩、近づこうとする。
その瞬間。
空気が、裂けた。
男の背後で、見えない何かが弾ける。
空間が歪み、木々が軋み、地面が抉れる。
詩音は動かない。
ただ、見下ろしている。
「な、なンだよ……コレ……」
男の声が震える。
「違うンだ……俺、こンなの……望ンデ……」
言葉が、途切れる。
その目が、わずかに正気を取り戻した。
「……助けて」
ほんの一瞬。
人の顔だった。
詩音の足が、一歩だけ踏み出される。
わずかに。
本当に、わずかに。
その動きは――止まった。
次の瞬間。
薙刀が閃いた。
音もなく、ただ一線。
男の首が飛んだ。
体が崩れ落ちる。
歪みも、光も、すべてが霧のように消えていく。
残ったのは、ただの亡骸だった。
しばらく、沈黙が続く。
風が戻る。
虫の声が、遅れて鳴き始める。
詩音は動かない。
ただ、その場に立ち尽くしていた。
やがて、ゆっくりと血のついた薙刀を下ろす。
視線は、落ちたまま。
何も言わない。
何も表さない。
ただ――
ほんのわずかに、眉が揺れた。
それだけだった。
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「……帰投する」
誰に向けた言葉でもない。
詩音は踵を返す。
振り返ることはない。
鳥居の向こうへ戻るその背中に、迷いはなかった。
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――だが。
その“向こう側”。
神社の奥深く。
封じられた何かが、わずかに軋んだ。
ひびの入った結界の内側で、冷たい気配が笑う。
「……いい顔だ」
低く、愉快そうな声。
歪な気配が、わずかに揺らぐ。
「気に入った」
夜は、まだ終わらない。




