執行者
読んでくださり、ありがとうございます。
詩音誘拐編、後編です。
城の門は、開いていた。
抵抗する者がいないからなのか。または……。
「侵入者がいても余裕、ってか」
桔梗は黒祇の意図に気づき、悪態をつく。
「争った跡も全然無いしね。逆らうものがいないって、こういう事なんだよ」
ミクマは悲しげに言う。
城門をくぐり、大きな扉も呆気なく開いた。
すぐそこは広間になっていた。
まっすぐ伸びた赤絨毯。その周りを照らす豪華絢爛な燭台には、蝋燭が揺らめいている。
薄暗い城内を照らすには、いささか不足していた。
石レンガの壁床は経年劣化でボロボロになっていたが、なお城を支える礎としてそびえている。
曇り空が晴れない為にずっと薄暗いそこは、よくよく見れば奥に玉座が鎮座している。
きっとここが黒祇の定位置なのだろう。だが、主はいない。
その代わり。
「…………」
玉座の前に、真っ黒な瞳になった詩音がいた。
普段ポニーテールにしている髪を下ろし、紫の組紐を用いた金の装飾を付けている。
服もいつもの巫女服ではなく、全身黒で固めた長袖にショートパンツ、太ももまでかかるロングブーツ。そのあちこちに金の細やかな装飾が施されており、黒い手袋をはめた両手で薙刀を持っている。
詩音は4人を視認すると、薙刀を構えた。
「詩音!迎えに来たよ……?」
紗蘭は震える声で言うが、詩音は微動だにしない。それどころか、空気がひりついていく。
「……紗蘭、構えろ」
桔梗が刀を抜きながら制する。
「――しんにゅうしゃをかくにん」
詩音は機械的な声音でそう言うと、薙刀を持つ手に力を込める。
4人を敵とみなした。
それだけで、紗蘭は挫けそうになる。
でも。
「絶対……絶対、戻してみせる!!」
杖を取り出し、応戦の構えをとった。
「……はいじょ」
そう言うなり、圧倒的なスピードで紗蘭と距離を詰め、一突きで心臓を狙ってくる。
「はやっ……!」
とっさにバリアを張るが、その一撃で壊されてしまう。あと少し遅かったら、どうなっていたことか。
そこに、桔梗が詩音の背後を取らんと襲いかかる。だが、まるで予測していたかのように、大きく薙刀を振り回した詩音は、桔梗の胴を柄で思い切り殴った。
「ぐっ……!」
飛ばされた桔梗は氷で足場を作り、そのままもう一度攻撃を仕掛けんと突貫する。だが詩音はそれも読んでいたかのように、正面から突っ込んでくる。
「よそくかのう」
そのまま、今度は刃の部分を桔梗の脇腹に刺す。
「っぁ……!」
そして、壁に叩きつけるように桔梗を投げた。
思い切り背中を打った桔梗は、体勢を崩す。
「やらせない!」
「私たちで牽制しよう」
皐月とミクマが銃弾と水弾で応戦する。
だが、それも詩音は読んでいたかのようにすべて避けるか弾く。薙刀で捌ききれないものは暗器を使いながら。
そこに紗蘭が光の槍を打ち込むが、これも間を抜けるように避けられてしまう。
「皐月、これって……」
「前の戦いの時の予測……ってことか」
紗蘭の問いに皐月が答える。
スナイパー戦の時に見せた異常な能力は、動体視力ではなく、この予知能力だったとでもいうのか。
「おそい」
詩音は2人の首を同時に狙い、薙刀を振る。だが、ミクマの結界が弾く。
流石に神の結界は簡単に壊せないらしく、何度猛攻を振るってもヒビが少し入った程度。
そこに、皐月は弾丸を打ち込む。
不意打ちを食らったように見えたが――
「たいしょかのう」
必要最小限の体の動きで避けられてしまう。
だが。
「紗蘭ちゃん、今!」
皐月の言葉で、紗蘭は拘束術を放つ。
足元からノータイムで放たれる術。紗蘭は特訓期間中、精神干渉の予防の術の他に、この技の精度だけを上げることにも尽力していた。
説得の時間を作るためである。
予想通り詩音は対処しきれず、光の鎖に雁字搦めにされる。
「ナイスだ、紗蘭!」
紗蘭は近くに来た桔梗の傷を治癒する。
そして。
「詩音、目を覚まして、詩音!!」
無機質な目の詩音に訴えかけた。
光の鎖に縛られた詩音は、身動き一つ取らない。
だが、その黒い瞳が、わずかに揺れた。
「……」
紗蘭は息を呑む。
「詩音……?」
紗蘭は一歩近づく。
怖い。
でも、行かなきゃいけない。
「ねえ……私だよ。紗蘭だよ」
声が震える。
「一緒に任務して、いっぱい怒って、いっぱい笑って……」
息が詰まる。涙が溢れそうなのを、なんとか堪える。
「みんなで……帰ろうよ」
そっと、詩音の頬に手を伸ばし。
優しく触れた。
その肌には、確かに温もりがある。
「……っ」
その瞬間。
詩音の指が、ぴくりと動いた。
「……さ、ら……」
掠れた声。
紗蘭の目が大きく見開かれる。
「詩音……!?」
後ろで桔梗と皐月も息を呑む。
「戻ってきてる……!」
だが。
ミクマだけは違った。
「紗蘭ちゃん、離れて!」
「……むだ」
空気が、歪む。
詩音の瞳の黒が、さらに濃く染まる。
「はいじょたいしょうに、じょうはむよう」
「っ!?」
次の瞬間。
光の鎖が内側から、弾け飛んだ。
「うそ……!」
「術を、上書きされた……!?」
皐月が首を振る。
「違う、そうじゃない。物理的に破ったんだよ」
「バケモンかよ……!」
桔梗が舌打ちした。
詩音は4人から距離を取り、薙刀を構え直す。
その表情は、完全に無に戻っていた。
「しっこうしゃにかんじょうはふよう。てきをはいじょするのみ」
「やめて!詩音、詩音……!」
紗蘭の声は、届かなくなる。
「きる」
次の瞬間。
詩音の姿が消えていた。
「みんな、散っ……」
紗蘭が言う前に、詩音が目の前に現れる。
「おそい」
「っ――!」
反応できない。
やられる――!
そう思った、その瞬間。
「させるか!!」
桔梗が割り込み、刀で薙刀を受け止める。
刃と刃の間で、火花が散る。
「ぐ……っ!!」
押し負ける。
力なら桔梗の方が上の筈だ。なのに、今は詩音の方が強い。
これも黒祇の力だというのか……?
桔梗の足が、じりじりと後退する。 床に靴底が食い込み、赤絨毯が歪む。
「どうした……詩音……!」
歯を食いしばりながら、桔梗は叫ぶ。
「そんな顔で、そんな力で……誰を守るつもりなんだ!」
「……」
詩音は何も答えない。
ただ、淡々と桔梗を押し潰さんとする。
圧に耐えきれず、桔梗は刀を弾かれてしまった。
「くっ……!」
そのまま弾き飛ばされる。 桔梗の身体が宙を舞い、石壁に叩きつけられた。
「がはっ……!」
口の中に鉄の味が広がる。
だが。
「まだだ……!」
崩れ落ちる寸前で踏みとどまり、再び刀を構える。
「お前がどんなになっても……俺は――」
そして、再び踏み込む。
「止めるって決めてんだよ!!」
桔梗の斬撃が走る。
「よそくかのう」
ところが、それも予測していたようで、詩音は半歩だけずれた。
それだけで、すべてが外れる。
「なっ……」
次の瞬間。
「おそい」
柄で、顎を打ち抜かれる。
「っぅ……!!」
意識が飛びかける。
更に、詩音は薙刀を振り被り、桔梗に振り下ろした。
「はいじょ」
「桔梗!!」
今度は紗蘭の結界が割り込む。
だが、呆気なく割られてしまう。
「そんな……一撃で……!」
「むだ」
二撃目が来る。
桔梗はまだ立ち上がることができず、腕で顔を覆った。
「させないよ」
水流が横から叩きつけられ、軌道を逸らす。 ミクマの援護だ。
「紗蘭ちゃん、下がって!」
「でも……!」
「いいから!!」
その間に、皐月が静かに前へ出る。
そして、詩音を見据える。
「2人には悪いけど、ボクは本気だからね」
そう言って、2人が見たことのない銃を取り出した。
灰色に赤い装飾の入ったその銃は、皐月そのものを体現するような雰囲気を纏っていた。
「これ、魔力相当使うからあんまり使いたくないんだけどねぇ」
そう言って、詩音めがけて3発、撃ち込んだ。
炎を纏った弾が、詩音の心臓目掛けて飛ぶ。
「だんどうはみえている」
詩音は易々と避ける。
だが。
不意に、弾道が曲がったと同時に、再び詩音目掛けて飛んでいった。
「はいじょ」
それも予測していたのか、今度は弾を斬る。
だがそれでも弾は分裂して飛び交い、詩音目掛けて飛んだ。
足に、脇腹に、肩に、腕に。
心臓には届かなかったが、初めて詩音に攻撃が当たる。
「予測してても攻撃が増えたら対処できないでしょ?」
それは、皐月の奥の手だった。
追尾弾。
前の戦闘の時には敵が遠すぎた上に見えなかったので使えなかったが、今回は違う。
皐月が本来持ち合わせている銃は、この1丁のみ。
他は自分で元いた世界で買い漁ったものを、自分なりに改造したものばかりだ。
魔力の節約の為である。
「紗蘭ちゃん」
皐月が真剣な声で相方を呼ぶ。
「今回はボクの援護と魔力供給、お願いしていい?」
「え、皐月……」
「いいから」
先ほど、皐月は詩音を殺す気だった。
そんな皐月の援護をするということは――
「やだよ」
紗蘭は首を振った。
「そんな……詩音を殺すための援護なんて、できるわけないじゃん……!」
声が震えている。 でも、目は逸らさない。
皐月は一瞬だけ、目を細めた。
「……そっか」
あっさりとした返答。
紗蘭はほっとする。
だが次の瞬間、その声は一段低くなる。
いつもの皐月の余裕はそこにはなく、鬼気迫る表情の彼がいた。
「じゃあ聞くけど」
銃口を、ゆっくりと詩音に向けたまま。
「このまま全滅してもいいの?」
「……っ」
紗蘭は言葉に詰まる。
確かに、また全滅しては元も子もない。
だけど、まだ――
「ボクらがここでやられたら、詩音ちゃんは本当に取り返しのつかないところまでいくよ」
淡々と、現実だけを並べる。
「それでも、助けたいって言える?」
「言うよ……!」
即答だった。
「絶対に助ける!だから――」
「じゃあどうやって?」
皐月は容赦なく遮る。
再び発砲。右足に命中する。
が、詩音は何も発さない。
「今の詩音ちゃんに、言葉は届かない。術も効かない。攻撃は全部読まれる」
一つずつ、事実を突きつけられる。
「勝ち筋、ある?」
「それは……!」
再び、言葉に詰まる。
その一瞬の沈黙。
――詩音は逃さない。
「おそい」
空気が裂ける。
「っ!?」
気づいた時には、もう背後。
足から血を流しているが、痛みなどもろともしないようだ。
紗蘭の首元に、薙刀の刃が――
「させるか!!」
桔梗が無理やり身体をねじ込み、その攻撃を受ける。
「ぐあっ……!!」
肩口が裂け、血飛沫が飛ぶ。
「桔梗!!」
「喋ってる暇あったら動け!!」
桔梗はいつになく真剣な顔で怒鳴る。
「こいつ……!」
「しっこうしゃに、ためらいはふよう」
詩音が淡々と答える。
「てきは、きる」
次の連撃が来る。右、左……様々な方向から攻撃を仕掛ける詩音。
桔梗はなんとか防ぐも、やはり一撃一撃が重い。
確実に押されている。
「くそ……っ!」
腕が痺れる。足が滑る。
完全に、格上。
その時。
「……もういいよ、桔梗くん」
ぽつりと、ミクマが言った。
「ここまでだ」
その声に、全員が一瞬止まる。
「……ミクマ様?」
紗蘭が振り向く。
ミクマは、静かに詩音を見ていた。
「このままいたずらに戦っても、詩音ちゃんは助からない」
その言葉は、あまりにも静かで。
あまりにも重かった。
「そんなの……!」
「だから」
ミクマは紗蘭の言葉を遮る。
「私は確実な『賭け』を選ぶよ」
そう言うと、ミクマの気が爆発的に高まる。
それは、神力。人が到底及ばない力。
その力で詩音を浮かせようとする。
ところが。
「やらせると思うか!」
そこに現れたのは、黒祇だった。
ミクマの術を妨害するように、黒い霧が詩音を包む。
「こくし、さま」
縋るように黒祇を見つめる詩音。
「やはり貴様か、天水分尊。我が主を裏切った神!」
黒祇はミクマを憎らしげに睨む。
ミクマは憐れみの目を黒祇に向けた。
「久しぶりだね、黒祇。――私は前にも言った筈だよ。彼を止められなくてすまない、と」
「よくも我の前に顔を出せたものだ……!」
怒りに満ちた黒祇は、無造作に攻撃を飛ばしてくる。
「気をつけて!風の刃だ!」
皐月は特訓期間中に黒祇の攻撃の正体に気付いた。手に法器を握っており、そこから出していることも。
ミクマが結界を張り、黒祇と2人きりになる。
「仕方ない。ここは私が。そっちは任せたよ、皐月くん」
「はい」
指名された皐月に、紗蘭と桔梗の視線が集まる。
黒祇とミクマの術から解放された詩音は、再び薙刀を構えた。
「こくしさまの、てき。ころす」
対して、皐月は詩音に追尾弾の銃口を向けた。
「ミクマ様と話してて気付いたんだよね」
そう言いつつ、追尾弾を2発放つ。
「詩音ちゃんが黒祇に狙われる理由。それは、『転生者じゃない強者』だからだ」
同じことが言える人材はそういない。そして、因縁のあるミクマのところの人物として選ばれたのが詩音なのだと、皐月は続けて言った。
弾丸は詩音の肩口と二の腕に当たる。
「じゃあ、どうすればその条件から外れる?簡単だよ。転生すればいい」
更に3発。皐月の額に汗が滲む。
魔力の使いすぎだ。
「ただ、転生には相応のリスクが生じる。そもそも転生できないかもしれないし、できても詩音ちゃんの魂がどこまで残るか分からない」
「そんなのって……!」
紗蘭が止めようとするが、皐月はその腕を振り払う。
「だから、ミクマ様と相談して、ミクマ様が詩音ちゃんの魂を導けるよう同行してもらった。それでも五分五分の賭けなんだよ。で、彼女を殺す汚れ役は、ボクが相応しいって話」
皐月は今度こそ詩音の心臓に銃口を向けた。
だが、その銃を掴んだ者がいた。
桔梗だ。
「その役目は俺がやる」
「桔梗くん?」
桔梗の目は本気だった。
「俺は詩音の契約相手だ。なら、俺が終わらせるのが筋ってもんだろ」
「だめ……やだ……」
紗蘭は必死で止めようとするが、男2人は覚悟を決めていた。
桔梗は、ゆっくりと刀を構え直した。
「……詩音」
呼びかける声は、驚くほど静かだった。
「お前は、いつもそうだ」
一歩、踏み出す。
「無茶ばっかして、1人で抱え込んで」
さらに一歩。
詩音は構える。だが、その瞳は相変わらず無機質なまま。
「……りかい、ふのう」
初めて、詩音に戸惑いが浮かんだ。
「だから――」
桔梗は、笑った。
「今回は、俺が無茶する番だ」
そう言って、桔梗は強く踏み込む。
詩音も同時に動く。 完全に同時。
薙刀が、桔梗の急所を捉える軌道を描く。
――だが。
「……っ!?」
桔梗は、避けなかった。
自らその軌道に、踏み込んだ。
「りかいふのう……なぜ、よけない」
刃が、肩口を深く裂く。
だが、その瞬間。
「捕まえた」
桔梗の腕が、薙刀の柄を掴んでいた。
予測不能。 回避しないという選択は、詩音の未来視の外。
ほんの一瞬の、空白。
「詩音」
至近距離。 目と目が合う。
「迎えに来たぞ」
――その一瞬だけ。
詩音の瞳が、揺れた。
「……きょ、う……?」
掠れた声。
だが、それで十分だった。
「悪いな、紗蘭」
桔梗は、刀を握り直す。
「約束、守れなくて」
刀を思い切り振り抜く。
迷いはない。 ただ一直線に――
「ダメぇーーーーーーーーっ!!!!」
紗蘭の叫びも虚しく、刃が、詩音の胸を貫いた。
「……あ……」
刀が刺さったまま、詩音は後ろによろめいた。
そして、膝から崩れ落ちる。
「――はい、じょ……」
機械的な声が、途切れる。
黒い瞳に、ひびが入るように。 揺らぎが走る。
「……さ、ら……さつ、き……」
弱々しく腕を天に向けてのばす。
そこへ、桔梗が詩音を抱きとめ、腕を掴んだ。
「きょ……う……」
声にならない声。
次第に、黒く染まった瞳が灰色に――本来の詩音の色に戻っていく。
だが、光はない。命の灯が、消え去っていく。
やがて、伸ばした腕は力なく落ちた。
「いや……嫌……!」
紗蘭はもう涙を抑えきれなかった。
また守れなかった。今度は、大切な人を。
「詩音ーーーーーーーーっ!!!!」
紗蘭の慟哭が響き渡る。
黒祇の手が止まった。
「やってくれたな、天水分尊の眷属ども……!」
震える手で、怒りを抑えきれず、いたずらに風の刃を放つ黒祇。だが、それをすべてミクマが防ぐ。
「ここからは私の仕事だ。お疲れ様、みんな」
真っ暗な空間にいた。
透明な糸で雁字搦めにされて、動けない。
私が捨てた、私。
別に死ぬのは怖くない。
弟の敵をとると決めた時点で捨てたような命だ。今さら惜しくない。
ただ、怖いのは。
「詩音!」
「詩音ちゃん」
紗蘭と皐月の声。
「詩音ちゃん、今日からよろしくね」
ミクマとの初対面の思い出。
そして――
「 」
ノイズ。
「 、 」
誰かの声。
なのだが。
「――だれ、だっけ」
思い出せない。
そこへ、ミクマが本来の姿――淡い水色の竜の姿でやってきた。
「我が眷属、曾根崎詩音。我は汝の功績を讃え、異世界での人生のやり直しを贈ろう」
ミクマは詩音を拘束していた糸を断ち切る。すると、体が軽くなり、ふわふわと浮いていく。
「どの世界でどんなスキルを賜るかまでは私にも分からない。けれど、必ず……」
ミクマは一呼吸置いてから、詩音を見上げた。
「必ず、紗蘭ちゃんたちと迎えに行くから。それまで、健やかに育っておくれ」
親のように言うミクマ。
詩音は自分に復讐の機会をくれた恩人の姿をいつまでも見つめながら、どこかの世界に旅立っていった。
「……ぅ、ひっく……詩音……」
桔梗の腕の中で事切れた詩音。
その顔は安らかであった。
桔梗は詩音の体から刀を抜く。
一気に血が溢れ、桔梗の白い着物を真っ赤に濡らした。
「……ありがとう、桔梗くん。ボクの代わりに」
そう言う皐月の声は震えている。
「……俺がやらなきゃいけないことだったからな」
桔梗は詩音の顔を見つめながら、そう呟いた。
「おのれ……おのれえっ!!」
攻撃の手を止めた黒祇は、顔を真っ赤にして、執行者を失った事への怒りを現している。
「天水分尊!その眷属ども!許さん……許さん!!」
黒祇が特大の風の刃を出して、紗蘭たちに危害を加えようとした時だった。
「黒祇様、綾芽が戻りましたわ」
隣に綾芽がやってくる。そして周りを一瞥すると、にたりと笑った。
「この世界は捨て置きましょう。また別の世界と執行者を探すのです」
まるで子供をあやすように云う綾芽。
その言葉で黒祇は冷静さを取り戻したようで、ミクマたちに向き直る。
「……命拾いしたな。次は必ず根絶やしにしてやる」
そう言って、綾芽と2人、黒い光の門へと消えていった。
「…………」
この連鎖の元凶は黒祇ではない。
綾芽の方かもしれない。
あるいは、綾芽に通ずる上位存在がいる……?
そう思いながら、ミクマは眷属たちの元に歩み寄った。
「みんな……みんな、ひどいよぉっ……なんで、詩音、なんでぇ……」
駄々をこねるように泣き喚く紗蘭に、皐月も桔梗もかける言葉を失っていた。
特に皐月は、絶対にこうなると分かっていたからこそ、紗蘭には相談しなかったのだ。
「お疲れ様、みんな」
ミクマが3人に声をかける。だが、紗蘭は泣き止むことがない。それどころか。
「ミクマ様もひどいよ……こんなの、なんで黙って……」
主を責めるほどに憔悴しきっていた。
「……ごめんね、紗蘭ちゃん」
ミクマにはそれしか言えなかった。
「それでミクマ様。詩音ちゃんは」
皐月が尋ねる。
「ああ、成功したよ。でも……」
どこに転生したかは分からない。
もしかしたら、再会した時にはもう天寿を全うしているかも。
まだ赤ちゃんのままかも。
我々のことを覚えていないかも――
様々な憶測が飛び交う。
ミクマの推測に、桔梗と皐月は青ざめる。
「じゃあ、一刻も早く探さないと」
桔梗はそう言うが、皐月はそれを制する。
「って、どうやって?また本部に頼るの?」
「それだ!」
「それだ、じゃないよ!こんな個人的すぎること、さすがに……」
皐月はミクマの方をちらりと見る。
「地道に足を使って探すしかないね。私も、色んな神に掛け合ってみるよ」
今日から徹夜かな、とミクマは目を伏せて言う。
「なんで……」
紗蘭は拳を震わせる。
「なんで3人とも!そんなに前向きなんですか!!詩音は……詩音は」
「じゃあお前はそこでウジウジしてろよ」
桔梗が容赦なく吐き捨てる。
「俺は絶対詩音を探し出す。何年かかっても、俺は死なねぇからな」
冷たい視線だった。
どこかにはいると分かった。なら探せばいい。
桔梗はそれだけの覚悟を持って詩音を殺した。
それが、自分の責任だと思ったから。
皐月も、提案をした以上は責任をもって探し出すと決めていた。たとえ紗蘭が何を言おうと。
「ボクも今回ばかりは同意見だね。紗蘭ちゃん、止まるなら、止まってていいよ」
ボクは進むよ、と言い放つ。
「……嫌」
まるでイヤイヤ期の子供だ。
詩音が死ぬのも嫌、悲しまないのも嫌、探さないのも嫌。
「じゃあ、どうしたいの」
皐月が声のトーンを落として問う。
「私も……探す……」
ある種の諦念だった。
もう2人は未来に目を向けている。
なら、自分も足並みを揃えないとと思った。
「待ってて、詩音……」
どこにいるかも分からぬ姉貴分に、紗蘭は想いを寄せるのであった。




