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立ち上がる者たち

連投失礼します。

詩音誘拐編・中編です。

こういう悪落ちって……好きです。

どこか知らない世界に連れてこられ、塔の一室に連れてこられた。

万が一意識が戻った時に逃げられないようにと、足には鎖、部屋を出た途端意識を奪われるという呪いの首輪を嵌められ、詩音は幽閉されていた。


何も感じるものがない。

すり減った心で何かを感じようとする方が難しかった。

周りの景色はモノクロに見えるし、逃げ出す気力も起きない。

置いてきた仲間たちにも、きっともう会えないだろうと諦念を抱いている。あの影の主はずっと、詩音の頭の中に巣食って思考を占有しようとしてきた。その程度には執念深い相手なのだ。


「お人形さん、気分はいかがかしら」


そこへ、食事を持ってきた綾芽が入ってくる。

何も答える気力も起きない。食欲もない。

最近、何を食べても砂を食べてるような感覚がするから。


「……刷り込みはもう少しってとこかしら」


綾芽は無理矢理詩音の口に食べ物を突っ込む。

そして、少しすると黒祇を連れてきた。


「食事をとらせました。処置を行いますか?」


処置?

何のだろう。

詩音は少しだけ寒気を感じた。


「ああ」


そう短く答え、黒祇は詩音の胸に札を貼り付けた。


なんだろう。胸がざわざわする。

自分が……僅かに残った自分が、黒く染まっていくような……。






気がつくと、真っ暗闇にいた。

鎖も首輪もない。


「わたし……」


いつ、こんなところに?

わからない。


ゆっくり立ち上がり、詩音は歩き出した。

何処まで歩いても、黒、黒、黒。

終わりが見えない。


ごん。


足元に、何かがぶつかった。


「ひどい、なぁ……」


聞き覚えのある声。足を掴まれた。


上半身しか無かったけど、顔ははっきり覚えていた。


「かざみ、めい」


紗蘭と皐月の初任務で出会い、別れた退魔師の姿だった。

頭から血を流している。


「詩音さん」


鳴の顔がだんだん悲壮感で歪んでいく。


「どうして、助けてくれなかったの?」

「あ……」


詩音の瞳が揺れる。


「ごめん、なさい」


たすけたかった。

にげろって、いった。

まにあわなかった。


「そうだよ」


後ろから声がした。

詩音の体が硬直する。


それは、ずっと会いたかった人の声。

もう、二度と聞けない声。


詩音はゆっくり振り返る。

自分と瓜二つの顔。


弟だった。


「きょう、や……」

「姉さんはいつも守れない」


明るい声で、現実を突きつける。


「僕のことも、鳴さんのことも。結局、仲間の皆も守れなかった」


その言葉と共に。

ライトアップされた足元には。


「……ぁ」


血まみれになって倒れ伏した、紗蘭と桔梗と皐月。

別れ際に見た光景。


「姉さんは何のために強くなったの?自分が助かるため?」

「ち、ちが……」

「守れない強さに、何の意味があるの?」


梗矢の声が胸を突き刺す。


「いや……やめて……」


梗矢はこんなこと言わない。

私の知ってる梗矢じゃない。

そう心が訴えかけているのに、止まらない。


「強くなってもさ、無駄なものばかり拾って、大切なものを取りこぼして」

「やめ……」


梗矢の顔が眼前に迫る。


「生きてる意味、ある?」

「……いや」


もうやめて。

わたしをせめないで。

わたしは。


「ごめん、なさい。ごめん、なさい。ごめん、なさ……」

「謝罪はいいよ」


いつの間にか、鳴と梗矢が2人で立っていた。


「ねえ、詩音さん。そんな心、殺しちゃいなよ」

「そうだよ、姉さん。そんな心、要らないよ」


2人は満面の笑みでそう言った。


「――そうか」


今まで不要だったのは、守ると抜かしておきながら守れなかった弱さ。

弱さの元は――心。


「うん。わたしなんて、いらない」


歪な顔で、詩音は笑った。






現実で変化が起こる。

灰色だった詩音の瞳が、真っ黒に染まっていく。

それは、黒祇の黒。

彼女の思考が黒祇のものになった証左であった。


「気分はどうかね?我が執行人よ」


黒祇が尋ねるが、詩音は少しも表情を変えない。


「……ごめいれいを、こくしさま」


無機質な声音で、詩音は新たな主を見上げた。







「黒祇のいる世界は幾つか検討がつく。本部で魔が多すぎて手をこまねいている世界が何個かあったはずだ」


ミクマはそう言って、本部に協力を仰ぐべく、再び外出した。

その間に、紗蘭と桔梗はベッドの上で作戦会議を繰り広げる。


「こんなことは言いたくないが、常に最悪の事態は想定しておくべきだと思うんだよな」


桔梗の言う最悪の事態。

それは、詩音が「完成」してしまって戻らないこと。


「勿論、呼びかけるとかお前がこの療養期間で術を編み出すとか、できることは沢山あると思う。だが、相手があまりにも強大すぎる」


何が起きてもおかしくない、と桔梗はつけ足した。


「……もし、その最悪の事態が起きたら?」


紗蘭は嫌な想像をしながら尋ねる。


「…………本当に言いたくないが」


恐らくだ。

桔梗は、黒祇が倒せず、詩音も救えなかった場合の話をしている。


「殺すしかなくなる」

「!!」

「そうならないように俺だって全力を尽くすさ。ただ、もしもの話だ」

「……っ、そんなの……!」


紗蘭の声が震える。

即座に否定したかった。けど、言葉が続かない。


「他に方法があるなら言え」


桔梗の声は低く、逃げ道を与えない。


「助ける方法だ。確実に、あいつを元に戻せる方法」

「それは……」


分からない。あるなら、とっくに言っている。

沈黙が場を支配する。


その時。


「……一つだけ」


桔梗が、ぽつりと呟いた。


「可能性の話だ」


紗蘭が顔を上げる。


「詩音の『今』を殺して、『別の形で生かす』」

「……え」


意味が分からなかった。


「要は、転生だ」


紗蘭の表情が固まった。


「魂ごと切り離して、別の器に移す。記憶も人格も、どこまで残るかは分からねぇ」


淡々と、残酷な説明が続く。


「成功する保証もない。むしろ失敗する可能性の方が高い」

「ちょっと待ってよ……!」


紗蘭が声を荒げる。


「それ、詩音を助けるんじゃなくて――」

「分かってる」


即座に遮る。


「今の詩音を、完全に否定する方法だ」


その言葉は、あまりにも重かった。


「でもな」


桔梗は目を逸らさない。


「黒祇にどうこうさせられるくらいなら――どっちがマシだ?」


紗蘭の呼吸が止まる。

黒祇に支配された詩音。

感情も何もない、完成品。

それを思い浮かべてしまう。


「……そんなの、選べるわけ……」


声が、かすれる。


「選ぶんだよ」


桔梗は静かに言い切る。


「どうにもならなくなっちまった時、何を選ぶか」


沈黙。

長い、長い沈黙。

やがて紗蘭は、震える手を握りしめた。


「……嫌」


絞り出すように言う。


「そんなの、最後の最後までやらない」


紗蘭の目に、うっすらと涙が滲む。


「詩音は、詩音のまま助ける」


桔梗は何も言わない。

ただ。


「……お前ならそう言うと思った」


小さく、息を吐いた。


「だからこれは、本当に詰んだ時の話だ」

「……うん」

「そうならないように、俺たちが踏ん張らなきゃならねぇ」

「うん」

「俺たちが今できることは?」

「……傷を治して、力をつけること」

「その意気だ」


珍しく、優しく微笑む桔梗。

だが、紗蘭にはそれが今ありがたかった。


「私ね」


紗蘭は天井を見あげながら呟く。


「桔梗のことも、皐月のことも好き」

「……なんだそりゃ、照れるな。いきなりだと」


目をぱちくりさせながら、頬を赤らめる桔梗。


「それに」


紗蘭は続ける。


「詩音のことも大好きなの」


皐月は優しさをくれる。

桔梗は厳しさをくれる。

詩音はその両方をくれる。

ミクマも、皆を見守ってくれている。

紗蘭は、そんな皆のことが大好きだった。


だから、もうすっかり当たり前になったこの日常を、奪われたくなかった。


「ちょっと前にも言ったけどさ」


と言いながら、桔梗も同じように視線を上に向ける。


「俺は4人で任務をこなすこの日常が壊れるのが怖いんだよ。だから――」

「「絶対詩音を詩音のままで助けたい」」


声が重なる。

2人は顔を見合わせると、ぷっと吹き出した。


そんな2人の様子を、いつの間にか目覚めていた皐月がカーテンの隙間から眺めていた。


(――転生、か)


皐月は寝返りを打つと、炎術を用いて誰かと小声で会話を始めた。






2日後。

紗蘭は怪我を押して治癒術を使い、3人の怪我を一気に治した。身体に激痛は走ったが、詩音救出及び黒祇と綾芽対策を講じる方が優先なことを考えれば、彼女にとって痛みは何ともなかった。


ミクマも戻ってきて、無事神社本部の協力を得られたことが分かった。ただし、黒祇の居場所を突き止めるのには数日欲しいとのことだった。


その間、3人はそれぞれできることをやっていた。


紗蘭は精神汚染の洗浄魔法は編み出せなかったものの、その過程で精神干渉を予防する魔法を編み出した。

桔梗は刀の振るい方を試行錯誤し、搦め手なども研究した。そして、幾つか新たな戦法を思いついたらしい。

皐月だけ、戦闘をどうこうするという訳ではなく、境内に設置された防犯カメラ代わりの水晶から「黒祇が自分たちに何をしたのか」を割り出したり、ミクマと何かを話していた。紗蘭と桔梗は内容を聞こうとしたが、2人は決して教えてはくれなかった。


そうして各々が対策を講じ、更に2日が経った。

この間も3人は焦ってはいたものの、いたずらに事を急いては詩音を助けられないと思い、ぐっと堪えた。

そして――


「本部から連絡があったよ。黒祇のいる世界を割り出したそうだ」


ミクマからその一報が届いた時、3人はすぐ動けるように準備していた。

いつ報せが来ても良いように、魔力を練り、意識を集中させ、最高のコンディションを保つ。


「……行こう」


紗蘭が2人に声をかける。

すると、彼らの前にミクマが立つ。


「今回は私も同行させてほしい」


意外な申し出だった。


「相手は強大だ。何かできることはあると思うよ」


本来、神を失わない為に眷属がいて、任務をこなすのだが、今回は任務じゃない。

大事な眷属を取り戻す為の戦い。

ミクマの目は本気だった。


「……分かりました」


紗蘭が頷く。

こうして4人は、規律と静寂の世界に座標を定め、鳥居をくぐった。






「何だ、ここ……」


開口一番、桔梗の声が引きつる。

それもそのはず。

住民の誰もが虚ろな目で機械的な動きをし、同じ服、同じ髪型で過ごしていたからである。

刑務所を思わせる作業服に、男は丸刈り、女はショートカット。昭和の戦時中かと思うほど、徹底されていた。大人に限らず、子どももというところに、異質さが際立つ。

しばらく4人は歩いてみたが、どこも似たような光景ばかりである。街はどうやら升目状に区画されており、どこの者は何の仕事をする、というのが決められているようで、それが区画ごとに看板で定められていた。


「気分悪いね、ここ」


皐月は町を抜けた外れに来た瞬間、そう言った。


「最悪だ。これが黒祇の望む世界だっていうのかよ」


そう言って舌打ちする桔梗。


「こんな世界の執行者って……詩音、何をやらされるの?」


不安げに紗蘭が問う。


「想像するに……規律を守らない人間を、始末する……とかかな」


真剣な面持ちでミクマが言う。


「そんなの……詩音にやらせたくないよ」


俯く紗蘭の肩を叩く皐月。


「それをさせない為に、ボクらが行くんでしょ?」

「……うん」


紗蘭は再び顔を上げる。

目の前には、分かりやすく大きな城。

きっとこのどこかに、黒祇も詩音もいる。


「待ってて――詩音」


紗蘭は決意を固め、城に向かって踏み出した。

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