見えない照準
読んで頂き、ありがとうございます。
投稿ペースがまちまちで申し訳ありません。
「それで?」
とある世界。
静寂と規律だけが支配する世界。
その玉座に、男が座っていた。足を組んで、ふんぞり返っている。
男の視線の先には、ブロンド髪の女――綾芽がいた。
「我が執行人の具合はどうだ」
男はかつて詩音に迫った時の、腹の底から冷え切ったような声で綾芽に問いかける。
片膝をついている綾芽は、頭を垂れながら答える。
「順調ですわ。わたくしの見た限り……」
綾芽はにたり、と笑う。
「もう少しで、完成します」
1ヶ月後。
戦線復帰した詩音と桔梗を含め、4人で何度か任務をこなした頃。
ガシャァン。
ある日の朝餉のことだった。
詩音が、茶碗を割ってしまったのである。
その様子がおかしいことに気づいたのは、紗蘭だった。
「詩音、大丈夫!?」
散乱した米と茶碗の欠片を、竜の子たちがせっせと掃除する。
その様子を、まるで焦点の合っていない目でぼんやり見つめていた。
「……詩音?」
紗蘭がもう一度尋ねる。
すると。
「……損失は軽微」
また生気のない言葉。声も平坦で、機械めいている。
紗蘭は眉をひそめる。
「……え?」
しばらくの間。
「……あれ、うわ。何やってんだ私。悪い竜の子たち。私が片付けるから……」
自分のやったことをようやく認識した様子の詩音が、慌てて掃除を手伝い出した。
「なに、今の」
紗蘭の眉間の皺が深くなる。
「やっちゃったねぇ」
隣で見ていた皐月が、おひたしを頬張りながら喋る。
「2、3日前からだよ?あそこまでボーッとしてるのは今日が初めてだけど」
彼は詩音の異変を知っていたようだ。
「なんで言わなかったの?」
紗蘭が少し苛立つ。
「気づいてるかと思ってた」
軽く言う皐月に、紗蘭はため息をついた。
「気づいてたら、もっと早く言ってるっての」
視線を詩音に戻す。
床にしゃがみ込んで、黙々と破片を拾っている。
その手つきはいつも通り、無駄がなくて、正確で――
だからこそ、さっきの様子との落差が気持ち悪い。
「……詩音」
声をかける。
「なんだ」
振り向いた顔は、いつもと同じだった。
「最近さ、ちょっと変じゃない?」
間を置かずに言う。回りくどい言い方はしない。
詩音は一瞬だけ、動きを止めた。
だがすぐに、何事もなかったかのように答える。
「そうか?」
「そうだよ。今だって――」
言いかけて、紗蘭は言葉を選ぶ。
「……なんか、ボーッとしてたし」
「疲労だろう」
即答だった。
「任務も続いていた。集中力が落ちるのは不自然じゃない」
理屈は通っている。
だが。
「でもさ」
紗蘭は引かない。
「さっきの言い方、あれ何?“損失は軽微”って」
ぴたり、と。
詩音の手が止まる。
空気が、少しだけ張り詰めた。
「……別に、深い意味はない」
視線を落としたまま、そう返す。
「事実を言っただけだ」
「事実って……」
紗蘭の声に、苛立ちが混じる。
「そういう言い方、しないでしょ普通」
「問題あるか?」
顔を上げる詩音。
その目に、光は無かった。
「感情的な表現を省いただけだ。そっちの方が……」
「ありゃあ。参ったね」
そこに入ってきたのは、ミクマだった。
「最近、術があんまり効かなくなっちゃったんだよね。また効果が切れたか」
彼の話では、少し前までは1日1回術をかければ十分だったのに、今では半日も保たないという。
それだけ、彼女は何者かに毒され続けているということだ。
桔梗たちも任務の合間に原因の究明を急いだが、依然として目ぼしい成果は無かった。
「それに、こんなにボーッとしてるのも、精神汚染によってメンタルが削られてるってことなのかも」
本来の詩音ちゃんが消えかけているのかもね、とミクマは俯いた。
「そ、そんなの嫌!」
紗蘭が叫ぶ。
「私は、頼れる先輩で、仲間で、厳しくても優しい詩音じゃないと嫌だよ!!」
「紗蘭ちゃん。それはここにいる皆が思ってることだよ」
涙目になる紗蘭を、皐月が宥める。
その様子を、詩音は首を傾げながら呆然と眺めていた。
「抗い過ぎたのかもな……」
もっと早く対処していれば、と桔梗が拳を握る。
「とにかく!」
俯く3人。
そこへ、ミクマが大きな声で皆を制する。
「今来ている任務が終わり次第、うちの神社はしばらく退魔師の仕事をお休みするよう、本部に掛け合うよ。そしたら、詩音ちゃんを苦しめている原因の排除に専念できるよね?」
「ミクマ様……!」
紗蘭が感激の声をあげる。
願ってもない話だった。
「じゃあ、せめて今日だけ頑張ること。でも、何かあったら早めに撤退すること。いいね?」
まるで保護者のように念押しするミクマ。
この人が上司で良かったと、今日ほど思った日は無かった紗蘭であった。
今回の任務は、廃墟となったビル群がそびえ立つ世界だった。
人間の模倣をしながら植物のようにアンドロイドが生まれ、闊歩する世界。
そこで起きているのは、痛ましい事件だった。
1日に何百体というアンドロイドが狙撃され、動かなくなるというものである。
相手は見えない。弾道を正確に追っても、痕跡も何も残っていないというのだ。
跳弾をうまく利用しているのかと思われたが、それも違うらしい。
しかも、高速で動いているアンドロイドすら、コアだけを正確に撃ち抜くというのだから、精度が高い。
「そのスナイパーもアンドロイド、とか?」
と、皐月が推測するまで、誰も口を開けなかった。
「かもしれないな。そんな機械じみて正確な射撃、皐月でも無理だろうし」
桔梗が同意するが、皐月は不服そうだ。
「ボク、射撃にはけっこう自信あるけどなぁ。動いてるものの狙撃までは流石に……」
「待って、皐月って狙撃もできるの?」
皐月の言葉を遮るように、紗蘭が驚きの声をあげる。
「え?ああ、うん。ライフルも持ってるよ」
「なんで長年一緒にいるのに教えてくれなかったの!?」
「二丁拳銃のが好きなんだよぉ」
「そんな理由で!?」
まるでコントのような会話を繰り広げる2人に、桔梗は呆れてため息をつく。
その間も、詩音はぼうっとした様子で2人を眺めており、心ここにあらずといった雰囲気だった。
「詩音ー?話聞いてるかー?」
桔梗が詩音の目の前で手を振るが、彼女が動く様子はない。
「なあ、やっぱり詩音は置いていかないか?」
桔梗は確実に戦闘に支障をきたすと判断し、2人に提案する。
すると、紗蘭が立ち上がる。
「なんでよ」
「明らかに足引っ張る状態だろ、こんなの。俺らだって庇いながら戦えるか……」
「じゃあ」
桔梗の言葉を遮るように、紗蘭が言葉を発する。
「1人にするの?この状態の詩音を?」
「ミクマがいるだろ」
そこまで言いかけた時、玄関から音がする。
「あれ、ミクマ様?」
皐月が見に行くと、珍しく外套と帽子を被ったミクマと鉢合わせた。
「さっき言ったとおり、私は菓子折りを持って本部に掛け合ってくるよ。君たちは任務、頼むね」
そう言って、竜の子2人を伴ったミクマは玄関の戸をピシャリと締めた。
すぐに3人のもとに戻った皐月は、気まずそうに報告する。
「……ミクマ様、本部に行っちゃった」
今神社にいるのは、竜の子たちと4人。
万が一詩音に敵が接触してきたら、守れる者は……?
そう考えた瞬間、紗蘭の背筋が凍る。
「やっぱりダメ!詩音は連れて行かなきゃ!!」
紗蘭は机を叩いて熱弁する。
「私たちで守らなきゃ、誰が守るの!?」
その言葉に、人外2人は詩音を見た。
普段ならここで「私なら大丈夫だ」と淡々と述べるであろう彼女が、全くの無反応。
「だがな……」
それでも置いていった方が良いと判断した桔梗が反論しようとする。
「桔梗が嫌なら、私が詩音を守る」
それを遮るように、紗蘭は決意の目を浮かべて桔梗を見据える。
「あーあ。こうなった紗蘭ちゃんは意固地だよぉ?」
面白半分で笑う皐月。
「いつも詩音がとってくれてる指揮だって、私がやる。桔梗は任務に専念してくれていいから」
紗蘭の目は本気だ。
「あ〜〜〜もう!それじゃ俺が悪者みたいじゃねぇか!」
頭を掻いて桔梗は立ち上がった。
「全員で詩音を守るが、お前はバリアを展開し続けてろ!無尽蔵の魔力ならできんだろ!?」
半ばやけくそ気味に言い放つ桔梗。
紗蘭は顔をぱあっと明るくさせる。
「……うん!」
やる気に満ちた紗蘭。詩音の手を握り、「私、精一杯守るからね!」と笑いかける。
詩音は僅かに頷いた。
「……でも、戦えるから」
と力なく呟く。
どこがだよ、と桔梗は突っ込みたくなったが、言葉を飲み込んだ。
人類の痕跡こそ残っているものの、ビルを侵食する緑や錆びた外階段、コンクリートの瓦礫の山を見ると、人類がいなくなってから幾久しく経った世界なのだろうと思わされる。
「こんな世界観のゲーム、無かったっけ」
と、紗蘭はバリアを展開しながらきょろきょろと見回す。
「あったかもな」
珍しく桔梗が同意する。
その辺り、紗蘭と同年代らしい詩音なら詳しいのだろうが、今はそれどころじゃない。
詩音は何も言わず紗蘭に付いてくるが、武器を持ってはいるものの、警戒する様子が感じられない。ただ持っているだけ、といった体だ。
すると、その詩音がビルの上層階を指さす。
「なに、どうしたの?」
後ろを歩いていた皐月が尋ねるが、詩音は答えない。
彼女の指さした方向を見ると、人間と寸分違わぬショートの黒髪の女の子が、大きな荷物を背負ったまま屋根から屋根を飛んでいた。
足にバーニアが付いているようで、そこから噴射を繰り返しながら宙高く跳んでいるようだった。
「あれがアンドロイド……」
思っていたのとだいぶ違った。もっとロボット感全開のものだとばかり……。
と思っていると、鹿と共にペッ◯ーのようなロボットがやってくる。
「うわ、なんだ!?」
今度こそ想像通りのアンドロイドだった。
ロボットは4人に光を照射する。
「識別:生体反応あり。人間と断定。この世界に人間はいない為、異世界人と推測される」
ロボットは滑らかな口調でそう言うと、頭を下げた。
「ようこそ、異世界人。アンドロイドの世界へ。存分に楽しんでいってください」
そう言って、ロボットは高速で去っていった。
「……色んなアンドロイドがいるもんだな」
呆れ気味に、桔梗が呟いた。
近づいてきた鹿は、人懐っこいようで、ペロペロと桔梗を舐めようとする。
「うわ、やめろ!きたね……え?」
とは言うが、唾は付いていない。つまりこれも、アンドロイドということだ。
「人だけじゃなくて、動物もアンドロイドときたかぁ」
感心するように皐月が鹿型アンドロイドに触れる。鹿は頭をふるふるとさせると、角をぐいぐいと皐月に押しつけた。
「あいててて。嫌だったかな」
「皐月が駄目で桔梗は良いの、よく分かんないね」
紗蘭は詩音を後ろに庇いながら、鹿を遠巻きに眺めていた。
すると。
パァン!
一発の銃声。
全員が一斉に音の方角を振り向く。すると、先ほどの黒髪の女の子型アンドロイドがビルから落ちていくのが見えた。きっと彼女が撃たれたのだろう。
アンドロイドが落ちた方角に向かうと、周りは電気によって発火したのか、ボヤが発生していた。
桔梗が氷の魔法ですぐ消したから良かったものの、辺り一帯が火事になってもおかしくはなかった。
改めて落ちたアンドロイドを見てみると、首がもげ、右腕も取れた状態で機能停止していた。燃えたせいで少し煤が付いている。
頭を見ると、煙を上げている。額の人工皮膚に穴が空き、ここに弾丸が撃ち込まれたのが分かった。
弾丸はその一発きりで、他に撃ち込まれた様子はなかった。前情報の通りである。
「誰か、狙撃手は見た?」
紗蘭が3人に尋ねるが、全員首を振った。
「だよねぇ」
自分も見てないと、肩を落とした。
皐月はまだアンドロイドの額の穴を凝視していた。中まで、炎を灯して念入りに確認している。
「そんなに傷口を一生懸命見て、何か分かるのか?」
桔梗は皐月の行動を訝しげに眺めている。
だが、よほど集中しているのか、反応がない。
「おい、皐月」
皐月の肩を叩くと、びくりと反応した。
「うわ、びっくりしたぁ。一声かけてよ」
「かけてたぞ。どんだけ集中してんだ」
桔梗はこの銃オタクの集中ぶりに、半分感心、半分呆れを抱いていた。
「で、何か分かったのか?」
改めて問う。すると、皐月は真剣な表情で頷いた。
「まじかよ」
今度は感嘆の声をあげる桔梗。
「まず、弾道がまっすぐじゃない。建物の配置から考えると、まっすぐ撃てないのは間違いない。だからといって、弾が曲がるなんて、普通じゃあり得ないんだよ」
傷口の奥の微妙な曲がり具合を見て判断した皐月。
それがどれだけすごいことなのかは、3人には分からない。
ただ、たった一発の狙撃でそれを判断した皐月も恐ろしいと、桔梗と紗蘭は思うのだった。
「あと、これが一番おかしいんだけどね?」
皐月は続ける。
「――弾丸が、見当たらない」
「え?」
紗蘭は耳を疑った。
「弾丸が無いんだよ。空気砲で狙撃なんて、まずあり得ない。魔力そのものを撃ち込んだとかしか考えられないんだよ」
なるほど、それなら分かると紗蘭は思った。
転生先に、そういう敵がいたのを思い出した。確か奴は、手で銃の形を作って、風の曲がる弾を撃っていた。自分のバリアで囮になった後ろから、皐月が応戦して仕留めたのを覚えている。
紗蘭がその敵と同じ?と問うと、「似てはいるね」と返された。
「ただ、今回は狙撃だ。大がかりな銃が要る筈なのに、そういうのを持った影すら見つからなかったのは変な話だね」
手で銃を作るだけでは、あんな狙撃は無理、ということか。
紗蘭は考え込む。
「敵は違えど、作戦は一緒じゃない?」
「え?」
皐月が首を傾げる。
「おい、まさか……」
桔梗が止めようとするが、紗蘭は続けた。
「私が囮、皐月が仕留める役。詩音の護衛担当を、一時的に桔梗に代わって貰えればできると思うんだけど……どう?」
「んなもん、却下に決まってんだろ!」
桔梗は声を荒げる。
「それじゃあお前が危険に晒される!」
「囮なんだから、当たり前じゃない」
「そんなの誰が望むってんだよ!」
桔梗は紗蘭の肩を掴んで説得しようとするが、紗蘭は揺るがない。
「じゃあ、皆狙撃されるのを待てっていうの?私は嫌」
それは、覚悟を決めた瞳だった。
「それに、皐月も狙撃銃持ってるって聞いちゃったし。ね?」
いたずらっぽく微笑む紗蘭に、皐月は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ボクもあんまり賛成したくないなぁ。……でも」
そう言いながら、亜空間から銃を取り出した。
モスグリーンの、大型狙撃銃だ。
「代案が思いつかないのも事実なんだよね」
「皐月!お前まで……!」
桔梗は2人が既にやる気であるのを察して、紗蘭の肩から手を離した。そして、頭を抱えて首を横に振る。
「はぁ…………。バカだよ、お前ら」
だが、氷で結界を張り、自分と詩音を包みこんだ。
「――死ぬなよ」
紗蘭はにやりと笑った。
「任せといてよ」
ビル群の合間、開けた空き地。
そのど真ん中で、紗蘭は皐月ごと覆う大きなバリアを張って、その時を待ち構えていた。
近くの廃ビルの影に移動した桔梗と詩音が、遠くからこちらを眺めている。
紗蘭は大きく息を吸うと、腹から声を出した。
「――来るなら来なさい!スナイパー!!」
すると。
パァン!
カキィンッ!!
バリアを掠めるように、何かが飛んでくる。早すぎて見えなかったが、確かに弾が飛んできた。
「はやっ!?」
「紗蘭ちゃん、次くるよ!」
パァン!パァン!!
今度は2発の銃声。
両方とも、バリアの同じ位置を捉え、弾いた。
全く同じ箇所を正確に打ち抜こうとする技術。
紗蘭は少し恐怖で震えた。
だが、ここで引くわけにはいかない。
私が守らないと、皐月がやられちゃう――!
パァン!
また銃声。
やはり同じ位置に弾が当たる。
薄い膜を何層にも重ねてバリアを張ってあるので、そうやすやすと貫通はしない。防弾ガラスと同じ原理だ。
だが、ここまで同じ場所だと、いつ貫通してもおかしくない。
すぐさま紗蘭はバリアを張り直す。
「皐月、どう?敵は見える!?」
「ごめん、まだ……」
皐月の手が少し震えていた。
大役を任せてしまったのだ。無理もない。
「狙撃なんてものすごい久しぶりだから……ほんと、情けなくてごめんね」
「ううん。私は平気だから」
そう言って、紗蘭は銃撃を受ける度にバリアを張り直す。
自分でも細やかな魔力の制御ができるようになったのがわかる。日々桔梗に鍛えてもらった成果だろう。
皆の役に立てていることが嬉しかった。
「やっぱり弾道が曲がってる。位置の補足なんて……」
と、皐月が自信を失くしかけていたときだった。
ザザ……。
通信器が鳴った。桔梗だった。
『なあ』
まさか、詩音の身に何かあったのだろうか。
慌てて2人のいる方を見たが、特に何も無さそうだ。
「びっくりさせないでよ、怪我したのかと思うじゃない」
ただでさえ気が張っている時だ。
紗蘭が怒るが、桔梗は通信をやめない。
『そんなつもりじゃねぇよ。ただ、さっきから詩音がぶつぶつうるさくてさ』
「え?」
『右上だの左だの、お前らの方を見ながらずーっと、あ、ほらまた。左上?』
すると。
銃声と共に、また弾丸が飛んできた。
皐月が目を見開く。
「嘘だろ……!?詩音ちゃん、見えてるの!?」
動体視力が化け物じみてる。
皐月は別の意味で震えた。
「ちょっと桔梗くん!詩音ちゃんの通信器つけて!」
『え?あ、ああ……』
何事か分かっていない桔梗は、慌てて言われた通りにする。
そして。
『右上』
平坦な詩音の声がしたと思うと、本当に右上から弾丸が飛んできたのだ。
『空間転移。隣のビル』
確実に姿を捉えている。
『左』
左から同じ位置に打ち込まれる。
「詩音ちゃん!弾道じゃなくて、敵の位置を教えて!」
皐月が慌てて銃を構えながら、詩音に指示する。
『北西、三階層上。射角修正、二度』
「……!」
皐月が即座に照準を合わせる。
『撃て』
パァン!!
――初めて、弾がぶつかる。
空中で何かが弾ける音。
「当たった……!?」
だが。
パァン!パァン!
また2発、銃弾が打ち込まれる。まだ倒れてはいないようだ。
詩音はさらに続ける。
『次、三連射。バリア、同一点防御推奨』
「紗蘭ちゃん!」
「わかってる!」
詩音の言葉通りの攻撃が打ち込まれる。
『二階層下。南東、射角修整、5度』
『屋上。北北西』
『西、射角修整、マイナス3度』
次々と詩音の言葉通りに撃ち込む皐月。それらはすべて命中する。
敵も次第に焦ってきているのか、デタラメに移動しているように感じられる。
皐月は勝利を確信して鼓動が速くなる。
だが。
「……詩音」
バリアを張りながら、紗蘭がぽつりと呟く。
「なんで、そんなに分かるの?」
確かに。
少し前まで、素早すぎる敵の動きを捕捉できていなかった詩音が、何故急にこんな芸当ができるようになったのか。
少し考えれば、異様だった。
『次、東』
だが、彼女は答えなかった。
紗蘭はそれ以上、何も言えなくなった。
そして。
皐月が息を止める。
『敵の動き、鈍化。北東、四階層』
「……捉えた」
パァン!!
――今度は、確かな手応え。
ビルの陰から、人影が崩れ落ちた。
「やった……!詩音ちゃん、すご――」
その言葉を遮るように、詩音が言う。
『損傷、無し。帰投を推奨』
「…………」
素直に喜べなかった。
紗蘭も表情が強張っている。
「ねえ……また、症状が進行したの?」
通信越しに、声の震えた紗蘭が問いかける。
『質問の意図が不明』
「いつもの詩音なら、『やったな』とか『よくやった』とか、そう言う筈だよ」
よく見ると、紗蘭の目からは涙があふれていた。
「私……怖いけど頑張ったんだよ!褒めてよ……!ねえ、詩音!!」
しばらく沈黙が流れる。
そして、ぽつりと一言。
『必要性を感じない』
無慈悲な声音だった。
紗蘭が通信機を握りしめたまま、震える声で呟く。
「……ねえ、桔梗」
『ああ』
「……本当に、こんなのが詩音なの?」
桔梗は、答えなかった。
ただ、無表情に立つ詩音を見つめていた。
「――惜しいな」
遠くから見守っていた影が、詩音を見ながら零した。
あと一押し。
何かが足りない。
「ならば」
動くか。
黒い影は、口角を吊り上げながら、獲物に目をつけた。




