赦し
今度は風邪引きました。せわしないです。
遊郭での戦闘から帰ってすぐ、桔梗は洗脳が解けているか怪しかった為、拘束されたまま医務室に運ばれた。無理が祟ったのと、足に何発も銃弾を受けたことが影響したのか、高熱にうなされることとなった。
今回は他3名もかなりの怪我を負っていた。紗蘭がある程度治しはしていたものの、結局詩音だけ、右手の複雑骨折が術をもってしても全治1週間ということで、再び医務室送りとなってしまった。さきの任務中に精神汚染を再発させかけたのも影響し、毎日ミクマの術を受けるのも追加された。
「前衛とはいえ詩音ちゃん、骨折りすぎ。どんだけ無茶な戦闘ばかりしてるのさ」
とミクマに叱られたのは記憶に新しい。だが、自分が守らねば後衛2人は死ぬかもしれない。今回は桔梗が敵対した分、自分がやらねばならないと思った。
だから今回はノーカン。無茶してない。
と、勝手に結論づけてしまう。
「ぅ……う、ぅぅ……」
奥のベッドから聞こえてくる唸り声は、桔梗のそれであった。
収容されてからずっとこうだ。何かにうなされている。悪夢でも見ているのだろうか?
左手で頬杖をつきながら、桔梗のいる方のベッドを眺める。
「詩音ちゃーん。調子はどう?」
そこへ、任務帰りの皐月と紗蘭がやって来た。
「右手が痛い以外は元気」
安静を言いつけられ、暇だと感じていた詩音は、ため息をつく。
「ミクマ様も仰ってたけど、詩音はすぐ無理するから。この休養期間を大事にして欲しいよね!」
頬を膨らませながら、紗蘭が言う。
「あ、そうだよ」
と、急に皐月が紗蘭を指さす。
「呼び方。紗蘭ちゃん、いつの間に詩音ちゃんのこと呼び捨てにするようになったの?」
「この前の遊郭の時、ノリと勢いで……」
駄目だったかな?と紗蘭は詩音に尋ねる。
「別に気にしてない。私もその場の勢いで呼び捨てにしてるし」
「あれ、詩音ちゃんもだったの?」
そう言ってニヤける皐月。
詩音は物言いたげな目で彼を見つめる。
「ボクとしては、仲良きことはよきかなってことで。……んで」
皐月は桔梗のいるベッドの方に視線を向ける。
「桔梗くん、まだ起きないんだ?」
「そうだな。ずっとうなされている」
「もう3日も経つのにね」
点滴をしているから命に別状は無いが、さすがに3日も目覚めないのは3人とも心配だった。
熱も下がらないままらしいし、時折桔梗は、力を抑えきれていないようだ。ベッド周りの気温が下がることがしばしばあり、詩音は寒さを訴えることがあった。
「そこんとこ、契約してる詩音ちゃんは何か感じないの?」
と、皐月が尋ねる。
……実のところ、一つだけ変わったことがあった。
「夢を見る頻度が増えた」
「夢?」
オウム返しをする紗蘭。
詩音は、折れた右手を見つめる。
「知らない風景の夢。そこで誰かと会うんだけど……そいつの顔が思い出せない。この3日間、毎回同じ夢を見る」
「同じ夢って……偶然にしては出来すぎてるね?」
紗蘭は首を傾げる。
何故、そんなことが起こりうるのか。
「もしかしてさ、それって桔梗くんの記憶だったりして」
なんて、と冗談めいた言い方をする皐月。
だが。
「それだ」
と、詩音が人さし指を皐月に向けた。
「もしかしたら、記憶のリンクがあるのかも。そしたら、桔梗の悪夢の原因を取り除けるんじゃないかな」
紗蘭も頷く。
まさかぁ、と困惑しながら、皐月は否定するも、詩音の目は本気だった。
「ミクマ様に人の夢に潜り込む方法を聞いてくる」
と言いながら、ベッドから抜け出そうとする詩音。
だが、流石にそれは2人に止められる。
「私が行ってくるから!詩音は安静にしなさい!」
「じゃあボクは詩音ちゃんが抜け出さないよう見張るー」
どれだけ信用がないんだ。
そう思いつつ、詩音は紗蘭に任せることにした。
数分経ったが、紗蘭はまだ戻って来ない。
「詩音ちゃんてさぁ」
ふいに、皐月が呟く。
「桔梗くんのこと、どう思ってるの?」
「……それは契約相手として、か?」
「総合的にみて、かなぁ」
総合的に……。
そう言われて、詩音は考え込む。
「……最初は、いきなりあんなことされて、かなり警戒した」
「そりゃそうだよねぇ」
けらけらと笑う皐月。
「で、今は?」
「仲間として、信頼してる……と思う」
自信なさげな詩音。いざ自分の気持ちを客観視しようとすると、なかなか難しいものである。
「この間の紗蘭が籠もった時の言葉。あれを聞いてから、考えが変わったような気がする」
「みんなのこと失うのが怖くなっちゃった〜、ってやつ?」
「そう、それ」
詩音は天井を見上げる。
「私も、気づけば1人で任務をこなしてた時期が懐かしくなっててさ。まだ1ヶ月も経ってないのに、4人で任務をこなすのが当たり前になってた」
「ボクと紗蘭ちゃんが加わってやっと1ヶ月ちょいってとこだもんねぇ。桔梗くんはその1週間後くらい?」
「だいたい、な」
この社も、だいぶ賑やかになった。
そう感じながら、詩音は顔をほころばせる。
「ちなみにさ」
皐月はニヤニヤしながら質問する。
「恋愛感情とかは?」
「そういうのはない」
詩音は即座に否定した。
面白くない、と皐月は残念そうにする。
「ただ……」
「ただ?」
「弟に戦い方が似てる」
性格は正反対だが。
彼も刀の使い手で、全国トップの腕前だった。
「詩音ちゃんの双子の弟くん?」
「ああ」
少しだけ懐かしくなり、詩音は皐月に弟について聞かせた。
「梗矢っていって、明るい、誰とでも仲良くなれる奴だった。私とは正反対」
「刀使いだったの?」
「ああ。クセとか、よく似てる」
「ふぅん。……あ、桔梗くんの名前って」
「アイツの由来からとった。桔梗の花が由来だって聞いたことあったから」
……会いたい。
叶わぬ願いを心に留めながら、詩音は思い出を語る。
「詩音ちゃん、梗矢くんのこと大好きだったんだねぇ」
「そりゃ、たった一人の弟だったから」
しみじみと思い出に浸る。
守りたかったな。
詩音は目を伏せる。
その時だった。
「……あれ……?」
何やら、視界が歪む。
目眩のせいだろうか。
頭を押さえるが、おさまる気配がない。
むしろ、どんどん意識が遠のく感覚がする。
「詩音ちゃん?……詩音ちゃん!」
皐月の声も遠くに聞こえていき、やがて詩音は意識を手放してしまった。
「――ん、ぅ……」
次に目を覚ました時、詩音は驚いた。
ここ最近夢で見ていた光景の場所に、立っていたからだ。
のどかなファンタジー系の異世界の農村。紗蘭たちが初めて任務で向かった村に、少し雰囲気が似ている。
明らかに違うのは、平屋のログハウスばかりが立ち並ぶ村であり、唯一高い建物は、大きな鐘のある小さな塔だけだった。
子どもたちが元気に駆け回り、女たちは葡萄を踏む。ワインを造っているのだろう。男たちも笑顔を絶やさず、近くの葡萄畑に向かっていた。
詩音は手近な人に声をかけようとするが、子供も大人も、なんと自分の体をすり抜けていくではないか。それに、声も届かない。
「……もしかして」
これが、桔梗の記憶?
桔梗は魔憑きだったと言っていた。つまり、彼もまた転生者だったということになる。
これは、日本から転生した後の桔梗の記憶ということになるのか?
すると、お腹の出た農夫と細身の農夫が、キョロキョロと周りを見回した。
「まったく、『 』とヒイラギはまだ逃げたのか?」
ん?
今、名前が聞き取れなかった。誰とヒイラギだって?
「『 』の奴、また霊体化スキル使ってサボってるな?まったく……」
今、霊体化スキルって言った。
つまり、この聞き取れない名前は――
「桔梗のことか」
詩音は確信した。彼は以前、名前を「名乗れない」と言っていた。記憶から消されているんだ。
じゃあ、もう一人は?
「ヒイラギも耳がいい。きっと耳聡く俺たちの足音を聞き分けて、見つからないように隠れてるんだろ」
「あの問題児2人にも困ったもんだな」
がはは、とお腹の出た農夫が豪快に笑う。
そして、2人の男は葡萄畑に向かっていった。
すると。
背後の低木がガサガサと揺れたと思うと、茂みの中から2人の男女が顔を出した。
一人は銀髪の男――桔梗だ。
もう一人の顔を見て、詩音は目を丸くした。
自分に瓜二つだったからである。
赤茶けたおさげを輪っかにして、左右対称にくくった姿の少女は、桔梗と顔を見合わせると、にししと笑った。
「今日も騙せたね、『 』」
「おう、上手くサボれたな」
「さーて、何して……」
と、桔梗が言いかけた時だった。
「こら!!こんな所でなに油売ってんだい!!」
赤茶けた髪の太ったおばさんが出てくる。
「げ。母さん……」
少女――恐らくこの娘がヒイラギだろう。彼女はおばさんを見るなり、青ざめる。
桔梗もおばさんの顔を見るなり、しかめっ面になる。
「アンタたち、またサボりかい!!働かざる者食うべからずだよ!!ほら」
おばさん――ヒイラギの母は2人の首根っこを掴むと、ずるずると畑の方に引きずっていった。
「見逃してよ〜〜……」
「おばさぁん……」
情けない声で引きずられていく2人。
詩音はくすりと笑った。
桔梗にも、こんな時期があったのかと。
すると、不意に辺りが真っ暗になる。
何が起きたのかと、詩音は辺りを見回す。
だが、すぐにまた同じような村の風景が広がった。
ただし、今度は村中の人々が桔梗と柊を囲んでいる様子。
2人はそれぞれ、刀と杖を携えていた。剣士と魔法使いの装備となっていた2人に、村人たちは別れを惜しむように一人ひとり手を握る。
「まさか、いたずら者の2人が魔王討伐に行くだなんて……」
よく見れば、遠くに勇者と思わしき出で立ちの男と、修道女と思わしき女がいた。
彼らのパーティーに加わるのだろう。
「任せとけよ、魔王なんて、俺らがぶっ飛ばしてやる!」
自信たっぷりに豪語する桔梗。
「帰ったら、私たちの好物たっぷり用意して出迎えてよね!」
そう言ってウインクするヒイラギ。
涙で顔がぐちゃぐちゃになった母親は、何度も頷くと、思い切り愛娘を抱きしめた。
そして、勇者たちの元に向かった2人は、旅立っていった。
(――この旅のどこかで、桔梗は命を落としたのだろうか)
そう思っていると。
また、辺りが真っ暗になる。
これは、桔梗の記憶が切り替わっているということなんだろう。
次に目にしたのは、何処かの建物の中だった。
いかにも強そうな敵と対峙する勇者パーティー。息こそ上がっているものの、敵もなかなか追い詰められていそうな雰囲気だ。
「ここは俺に任せろ!」
桔梗が敵に氷を放つ。
だが。
明らかに塊が大きい。
氷塊とも呼べる大きさの塊を、大砲の如く放つ桔梗。敵に直撃し、壁に挟まれた敵は、そのまま潰される。
(なんだ――今の)
レベルアップでもしたか?と、桔梗は己の手を見つめた。
「ねぇ……今の、なんかおかしくなかった?」
ヒイラギが不安気に尋ねてくる。だが、桔梗は気に留めていないようだ。
「気の所為だろ」
「……なら、いいけど」
それに対し、勇者と修道女は桔梗の大技に感動していた。どうやったんだ、とか、また強くなりましたね、とか。褒め言葉をかける。
ヒイラギだけが、桔梗を心配していた。
(……多分)
詩音は察した。
これが予兆だったんだろう、と。
本人もそう認識しているのだろう、と。
この頃に、魔に取り憑かれたんだろう。
問題は、いつそれが芽吹いて「しまう」か。
読めている未来の筈なのに、詩音はとてつもなく嫌な予感がしていた。
また場面が切り替わる。
雷が鳴っている。
荘厳な石畳の城の玉座。
蝋燭の灯りだけが頼りの中。
4人は、ひときわ大きな角の生えた悪魔――恐らく魔王だろう――と対峙していた。
皆満身創痍だ。
だが、その中で勇者が一人、立ち上がろうとしている。
「僕たちは……負ける訳には……いかないんだ!!」
勇者は必死に剣を振るう。魔王はまだ余裕といった体で、勇者の攻撃を軽くいなす。
修道女が回復する中、桔梗とヒイラギも、立ち上がらんとしていた。
「俺たちだってな、まだやれるんだよ……!」
明らかに限界を超えた様子だった。桔梗もヒイラギも、修道女もふらふらしている。
「うおおおおおお!!」
桔梗は命を削る勢いで、大きな氷柱を出した。それを魔王目掛けて飛ばす。
だが、魔王は片手でそれを砕いてしまった。
「弱い」
「……化け物がよ」
魔王はにたり、と笑うと、勇者を無視して桔梗へと剣を向けた。
「しまった……!」
ふらふらで対処できない桔梗は、そのままやられるかと思ったが――
剣が、修道女を貫通した。
心臓を貫かれた修道女は、その場に倒れ伏す。
「おい!大丈夫か!……おい!」
「しっかりして!」
桔梗とヒイラギが声をかけるが、修道女は反応しない。
即死だった。
すると。
どくん。
桔梗の中で、何かが蠢いている。
自分の体を見てみると、知らない光が溢れようとしめいた。
周りの空間が歪む。
「あ……ァ………」
声も変質していた。
およそ自分のものとは思えない、化け物じみた声。
「アアアアアアアアァァァァァァァァッ!!!!」
勢いよく自分の周りに氷の柱が現れる。猛吹雪になり、玉座の間一帯が氷に包まれた。
「やめろ!『 』!」
勇者が叫ぶが、桔梗は攻撃の手を止めない。
体から、桔梗の魂だけが出てくる。こっちが本体のようで、体の方は倒れるとすぐ氷漬けになってしまった。
成る程、あれが霊体化の暴走。
最悪のタイミングで魔憑き化した桔梗に、詩音は憐れみを向けるしかできなかった。
氷は勇者も、魔王も包みこんだ。
あっという間に2人とも凍ってしまい、桔梗の振った刀で魔王の氷塊は砕け散ってしまう。
結果的に魔王討伐は成ったのだが、桔梗がそれ以上の脅威になってしまっている。
ヒイラギは炎の魔法でなんとか耐え忍んでいた。
だが、足元がもう凍ってしまっている。このまま完全に凍りつくのも、時間の問題だった。
(――駄目)
詩音は手を伸ばした。が、ヒイラギにも桔梗にも触れることはできない。
「『 』……」
ヒイラギは、桔梗に手を伸ばす。
届かない手を、必死に。
「大丈夫、だよ……」
手まで凍りつく。もう炎は出せない。
やがて、首までゆっくりと凍る。
桔梗はやっとそこで己の幼馴染を凍らせてしまった事実に気づいたのか、手を伸ばす。
「あなた、は、悪く――――」
その言葉を最期に。
ヒイラギは、凍りついた。
「……」
詩音は絶句した。
失ったものが多すぎる。
また場面が、容赦なく切り替わる。
詩音の感情を置いてけぼりにして。
それは、桔梗が討伐される場面だった。
霊体化した桔梗は退魔師たちの手に余り、氷の術で凍らされそうになる。
退魔師に優秀な炎使いがおり、彼の機転で誰も凍らなかった。そこがヒイラギとの大きな違いだった。
霊を祓う力を持つ退魔師の祝詞で、桔梗は倒された。
筈だった。
また場面が切り替わる。
今度は、詩音も見覚えのある光景だった。
桔梗と初めて会った廃神社である。
「俺は……討伐されたんじゃ……」
本人も分かっていない様子だった。
ただ、魔はいなくなっていた。気配もしない。
そこに。
紗蘭と皐月を伴った自分が現れる。
だが。
すぐ、その姿が消えた。
廃神社も消え、まるですべてが巻き戻るように風景がぐるぐるする。
気づけばまた、あの農村に場面が戻り、詩音はもう一度、桔梗の過去を追体験することになった。
そして、再び廃神社へもどる。
だが、今度は自分たちが来ない。
その代わりに、桔梗が詩音をはっきり捉えていた。
「何しに来た」
その声は、とても冷ややかだった。
周りがどんどん氷に変わっていく。
その中央には……凍りついたヒイラギ。
「迎えに」
詩音は即答する。
「帰れ」
桔梗は目を逸らした。
「これは俺の問題だ。関係ない奴が首を突っ込むな」
「帰らない」
詩音は一歩踏み込む。
「お前の過去を見てしまった。十分関係ある」
桔梗は鼻で笑うと、俯いて己の手を見つめる。
「とんでもなかったろ。俺が全員殺したんだ」
諦念を含んだ震えた声で、桔梗が呟く。
「……そうだな」
「俺がもっと早く魔に憑かれてたのに気づいたら、こんなことにはならなかった」
「ああ」
「俺が全部悪いんだ、俺が――」
「桔梗」
詩音が言葉を遮る。
「お前には言ってなかったがな、お前の名前、私の弟が由来なんだ」
「……なんだ、いきなり」
桔梗を無視して、詩音は続ける。
「お前と弟、戦い方がそっくりなんだ。無茶して、勝手に全部背負うところも」
「だから何だってんだよ」
桔梗は苛立ち始める。
「その重荷、こっちにも渡せ。分け合えばいい」
その言葉に。
桔梗は、答えなかった。
それどころか、詩音を睨みつけ、猛吹雪を吹かせる。
「分け合う?はっ、ふざけるな」
詩音の体温が下がっていく。
「これは、俺の罪だ。そんな軽い言葉で済ませるな」
「くっ……」
吹雪で視界が見づらくなる。
足元がゆっくり凍りついていく。
だが、詩音は引かない。
無理矢理氷ごと自分の足を持ち上げ、また一歩踏み込んだ。
「ふざけてなんか、ない」
「あ?」
まだのたまうか、と冷たい声で言う桔梗。
もう一歩踏み込む詩音。
「そんな重い罪」
一歩。
「一人で」
一歩。
「抱えるな!!」
そして、吹雪に飛ばされないようにと、薙刀を氷面に思い切り突き刺す。
「迷惑なんだよ、そういうの!!」
珍しく、詩音は激怒していた。
勝手に仲間だと思っていた自分がバカみたいじゃないか。
少しは頼れる人間になったつもりだったから、拒絶されたのが許せなかった。
「一人でいつまでもウジウジしやがって!!この馬鹿野郎!!」
その時だった。
中央のヒイラギの入った氷に、ヒビが入る。
それに気づいた詩音が、そちらを見る。
そして、少しだけ口角を吊り上げた。
「見ろよ。お前の大切な人は望んでるか?」
吹雪が止んだ。
ハッとした桔梗が振り向く。
ヒイラギの表情は――悲しそうだった。
「ヒイラギ……」
桔梗は氷の中の幼馴染に手を伸ばす。
だが、手が届かない。
『まだ……ここで足踏みしてるの?』
氷の中のヒイラギは、両手を組んで握っている。
「俺は……俺は……!」
海色の瞳が揺れる。
『生きてよ』
桔梗の目が見開かれた。
「……え……」
呆然と立ち尽くす。
赦された、のか?
『私の分まで、生きてよ』
「でも……俺……」
「まだウジウジしてる」
いつの間にか、詩音が横に立っていた。
「そういうのは後で聞く」
「……」
詩音の方を見る桔梗。
彼女も桔梗の視線に気づいたのか、小さく頷いた。
桔梗は再びヒイラギの方を見ると、バツの悪そうな顔をする。
「……ごめんな」
それは、置いていくことへの謝罪。
ヒイラギは、少しだけ悲しそうに笑った。
『いいよ』
その瞬間、氷が砕け――
真っ暗になった空間で、2人は真っ逆さまに落ちていった。
「……ちゃん、詩音ちゃん!!」
「…………んん」
気がつくと、自分の体を皐月が揺すっていた。
「びっくりしたよぉ。いきなり気絶するんだもん」
「そうだったのか……?」
「そうだよ。それにさ」
皐月は桔梗のベッドの方を指さす。
「詩音ちゃんが目覚めるちょっと前に、桔梗くんが起きたんだよ!洗脳も解けてるみたいだし。今、紗蘭ちゃんとミクマ様が診てるよ」
「……そうか」
全く意外そうにならない詩音に、皐月は首を傾げる。
「なんか……分かってたって顔、してない?」
「気の所為だろ」
すると、カーテンが開いて、桔梗の姿が見える。
桔梗は僅かに目を逸らしながら、頭を掻いている。
「その……迷惑、かけたな」
「そうだな」
詩音の容赦ない言葉に、桔梗はややショックを受ける。
だが、詩音は言葉を続けた。
「勝手にいなくなろうとするなよ」
それは、詩音なりの優しさの言葉だった。
少しだけ、気温が上がったように感じる。桔梗の力が安定したのだろう。
皐月も気づいたようで、やれやれ、といつの間にか着ていた防寒着を脱いだ。




