第百九十六話「アマノガワ同盟」
議会の答弁を終えてニーナは、疲労困憊していたが、議会から出てきた少し広い通路の仲は、異様な熱気に包まれていた。
普段は冷たく無表情な古代星系の代表たちが、地球代表団に向かって、熱い視線を送っている。彼らは千年、時には万年の歴史を持つ文明の継承者たち。血統主義者で、誇り高く、気難しく、今まで誰とも手を組まなかった者たちだ。
その彼らが、今、目の前で、揃って頭を垂れていた。
「ニーナ・ボム・カーカラシカ殿」
グラディウス星系の長老が、深々と頭を下げた。銀色の髭が、床につきそうなほどだった。儀礼上、彼が頭を下げる相手は、自星の王のみ。それ以外には、銀河史上、誰一人として、そうしたことはない。
「我が星の戦士たちは、メル・ボム殿の勇姿を、目の当たりにいたしました。あの瞬間、我々は理解したのです。真の勇気とは、独りで戦うことではない。共に戦い、共に死ぬ覚悟を、持つことだと」
長老は、ニーナの手を取った。
周囲が、ざわめいた。グラディウスの長老が他者に敬意を示すなど、銀河史上、初めてのことだった。
「我々は、長きにわたり、孤高を貫いてまいりました」
ヴァルハラ星団の騎士団長が、重々しく語った。機械仕掛けの体と近代的な鎧に身を包んだ巨漢だが、その目には、涙が浮かんでいる。
「しかし、あの戦いで、学んだのです。二百名の決死隊が、命を賭して破片を運ぶ姿を見て。彼らは皆、異なる星の出身でした。しかし、死の瞬間まで、互いを信じ、任務を全うした」
騎士団長は、拳を胸に当てた。鎧が、こん、と硬い音を立てる。
「我々も、そうありたい」
鉄血星系の将軍が、前に出た。機械化された体の半分が、静かに駆動音を立てている。彼らの星では、感情を表に出すことは弱さの証とされてきた。それゆえ、表情筋を機械に置き換える者すら、珍しくなかった。
「我が星は、効率と力のみを信じてきました。感情など、不要だと。しかし――」
将軍の機械の目が、赤く光った。光の点が、わずかに揺らいでいる。それが彼の星の文化における、涙の代わりだった。
「パニッシャー殿が、死の淵で握りしめたもの。それは、勝利ではなく――一人の女性の、記憶でした。その瞬間、我々は悟ったのです。力だけでは、何も守れないと」
キヨシが、小声でつぶやいた。
「なんか……めちゃくちゃ、熱いな……」
サヤカが、隣で頷く。
「アベンジャーズ感あるよね」
マリアは、冷静に状況を分析していた。
「全員、戦場で、何かを失った人間。誰かを亡くしている」
その一言で、彼らの熱の根源が、はっきりと見えた。これは外交ではない。喪失を共有した人間たちの、共同体の宣言だった。
サムライの代表、ハブ・キヨタカも、深く頷いていた。
「我々サムライも、同じ思いです。武士道とは、主君のために死ぬことと思っていました。しかし、真の武士道とは、共に生きることだったのです」
アンナムのモリー・イシュタルも、立ち上がった。優雅な仕草で、しかし瞳には決意を秘めて。
「ビジネスは、競争だと信じていました。でも、あの戦いで、知りました。本当の富とは、信頼できる仲間たちとの、絆だと」
古代星系の代表たちが、次々と握手を求めてきた。
その手は、固く、熱く、そして、震えていた。長く凍りついていた手が、ようやく温かい何かに触れた、そんな震え方だった。
「ニーナ殿」
最年長と思われる、クロノス星系の大長老が、口を開いた。その声は、まるで時の流れそのもののように、深い。千年以上を生きた者にしか出せない、低い和音のような声だった。
「実は、事前に我々で話し合いまして。今後、我々にも共通の何かが、必要だという結論に至りました」
「共通の……?」
ニーナが、首を傾げる。
「ところで」
大長老が、続けた。
「銀河連盟では、この銀河のことを、マド銀河と呼んでおりますが、地球では、何と呼んでおられるのですか?」
「天の川銀河です」
ニーナが、答えた。
「アマノガワ……」
代表たちが、その響きを、口の中で転がすように繰り返した。そして、顔を見合わせた。
「なんとも……奇妙な響きですな」
一人が、変な顔をした。
「アマ……ノ……ガワ……」
別の代表も、首を傾げながら、発音を試みる。それぞれの星の発音体系で、慣れない音を出そうとしている。
長い触手を持つ者は、触手をくねらせながら。複数の口を持つ者は、ハーモニーのように。その光景は、銀河史上最も奇妙な発音練習だった。
「どのような、意味が?」
大長老が、尋ねる。
ニーナは、少し考えてから、丁寧に説明した。
「天、つまり、空です。我々は古来より、神は頭上にいると信じてきました。それが、天。そして川とは、大地を流れる水の流れ。豊穣と、生命の象徴です」
代表たちの目が、輝いた。
「つまり、空にある、川。天上を流れる、生命の流れ。天の川、という意味です」
静寂が、広がった。
誰も、何も言わなかった。
その言葉の持つ詩情が、長く生きた古代文明の代表たちの胸の奥に、静かに沁み入っていた。
彼らはそれぞれ、自分の星の神話を、無意識に思い出していた。空を流れる、神々の足跡。死者の魂の渡る、星の橋。それぞれの文明が、それぞれの形で空を見上げ、そこに物語を見ていた。銀河を構成する星々が空に形作る美しい星の群れ、彼らもそれぞれにその美しさに名前を付けていた時期があったが、それは遠い過去の歴史の名前であり、失われた名前だった。
そして、大長老が、深く頷いた。
「素晴らしい。実に、素晴らしい名前です」
「賛成です」
「我々も、その名を、使わせていただきたい」
議論が始まった。しかし、すぐに結論は出た。
「では、決定いたしましょう」
大長老が、立ち上がった。皺の刻まれた手を、ゆっくりと挙げる。
「今後、我々の同盟を、地球の呼び名にちなんで、『アマノガワ同盟』と呼ぶことに、いたします」
歓声が、上がった。
加盟数は、千に満たない。しかし、その一つ一つが、銀河でも最古にして最強の文明だった。それぞれが何百、何千の星系を従える、大宗主国であった。
「アマノガワ同盟に、栄光あれ!」
誰かが、叫んだ。
別の誰かが、それに続いて、自分の星の祝福の言葉を叫んだ。各惑星固有の祝詞、戦士の鬨の声、神への祈り。それらが、すべて重なって、議会場の天井の高い空間に、複雑な共鳴を作り出した。




