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第百九十四話「恐怖の大魔王」



『速報:デストロイヤー夫人、無事出産! 女児誕生、命名はシヴァ』


 ニュースが流れる中、議員用住居のリビングは、重苦しい空気に包まれていた。せめてシヴァ誕生のニュースだけが、唯一明るい話題だった。

 サヤカがスマートフォンを眺めながら、時折、鼻で笑っている。


「見て、これ」


 画面を皆に向ける。SNSのタイムラインが激しく流れていた。


『議会襲撃の真相について、長文失礼します。今回の件、どう考えてもおかしいと思いませんか? まずパニッシャーが議会に乱入したタイミング、デストロイヤー夫人が破水した直後です。これは偶然でしょうか? 私は計画的な脅迫だと見ています。つまり、デストロイヤー一家を人質に取って……』


『↑それな。俺も同じこと思った。あのデストロイヤーがビビってるの見たことないのに、明らかに動揺してたもんな。家族を脅されたら、そりゃ嘘もつくわ』


『地球って結局、暴力で銀河を支配しようとしてるんじゃない? 情報爆発だってマッチポンプの可能性が高い。自分たちで危機を作って、自分たちで解決して英雄気取り。典型的な独裁者のやり方だよね』


 キヨシが、新しい義手を器用に動かしながら、別の動画を見せた。義手の指先は本物以上に滑らかに動き、画面を慣れた手つきでスワイプしている。


「これ見ろよ。デストロイヤーがアスカさんと結婚式挙げてた時に、竹彦がデストロイヤーをボコってた時の動画だぜ」


 画面には、結婚式場で竹彦がデストロイヤーを一方的に殴り倒している映像が流れていた。何年も前の動画が、誰の手によってか、絶妙のタイミングで掘り起こされている。コメント欄は、大炎上していた。


『恐怖の大魔王、パニッシャー、マジでヤバすぎ』


『これが銀河の英雄? 笑わせんな。ただの暴力野郎じゃん』


『デストロイヤー、可哀想すぎる……結婚式でこれはないわ』


「『恐怖の大魔王』って……」


 ラムザが、力なく呟いた。


「もう、二つ名がついちゃったよ……」


 議長とデストロイヤーが急遽開いた記者会見の映像も、続けて流れた。


『パニッシャーは、ブリオンと戦って銀河を救った、救世主です』


 議長が、必死に説明している。額に汗が浮き、目線が忙しなく左右に揺れている。


『デストロイヤーはパニッシャーの仲間で、デストロイヤー夫人とパニッシャーは、実は……仲人を務めた、心温まる関係で……』


 だが、SNSの反応は、冷ややかだった。


『議長、目が泳いでるwww完全に脅されてるじゃんwww』


『心温まるエピソード(物理)ってことですね、わかります』


『なぜ地球が銀河連盟から追放されないのか、真面目に考察してみました。結論から言うと、議長含む連盟幹部が全員、脅迫されている可能性が極めて高いです。根拠としては以下の点が挙げられます。1.議会襲撃という重罪を犯したにも関わらず処罰なし 2.デストロイヤーの不自然な態度変化 3.議長の明らかな動揺……』


『おや? 誰か来たようだ……あ、なんでもないです! パニッシャー様は、正義の味方です! (震え声)』


 サヤカが、爆笑した。


「ダメだ、こりゃ。もう何やっても無駄ねー」


 お腹を抱えて笑い転げている。


「自由主義連盟の加入者、また増えてる。もうこりゃ、ダメね」


 ニーナの顔が、さらに険しくなる。


「まあ、ニーナ様」


 サヤカが、慰めるように言った。


「地球に逆らうとヤバいって評判も固まったし、ほら、考えようによっては、安泰って考え方もできますから……」


 ニーナとラムザは、揃って頭を抱えていた。


「外交が……全て、台無しに……」


 その頃――。

 竹彦は、全く違うことに夢中になっていた。


「この宇宙船、いいでしょ?」


 どこかの会社から、半ば強引に巻き上げてきた最新型の宇宙船のパンフレットを広げている。立体ホログラムが、テーブルの上で、ゆっくりと回転している。


「松子さん、どこに行きたい?」


 だが、松子は、竹彦の話を聞いていなかった。


「うわー! 歌手の、山口萌ちゃんだ!」


 いつの間にか部屋に来ていた山口萌に、松子が目を輝かせて近づいていた。山口は普段着だが、明らかに気合の入ったおめかしをしている。八年前は子供向け歌手だった彼女も、今や立派な銀河の歌姫だ。


「小さい頃から、歌番組で活躍してましたよね!? サイン、欲しいなあ……今は、銀河の歌姫なんですか!?」


「あ、えっと……そんな、大したものじゃ……」


 山口が、照れくさそうに答えながらも、じーっと松子を観察している。その視線は、明らかに恨めしそうだ。


(この人が……竹彦の……)


 ずっと自分の心の中だけで温めてきた想いが、目の前にいる小柄で素朴な女性の前で、なぜか急速に冷えていくのを感じていた。

 竹彦は、松子を取られてしまったような顔で、羨ましそうに山口を見ていた。


「松子さん……僕の話も……」


「ちょっと待って! 萌ちゃんと話してるから!」


 松子が、あっさり竹彦を振り払う。

 その手の動きの容赦のなさに、竹彦の肩が、しょんぼりと落ちた。


 キヨシとサヤカが、その様子を眺めていた。


「なんか……ややこしいな、こいつら……」


 キヨシが、呆れたように言う。


「三角関係って、やつ?」


 サヤカが、ニヤニヤしている。スマホでSNSを追うのは飽きたらしく、今は目の前のドラマの方が面白いらしい。

 マリアが、無表情で付け加えた。


「四角。ニーナも入れて」


 確かに、ニーナは、息子が松子を見つめる姿を、複雑な表情で見ていた。母の顔と、姑の顔と、女帝の顔が、ぐるぐると入れ替わっている。


『緊急世論調査:パニッシャーは脅威か、英雄か』

『脅威:八十九パーセント 英雄:七パーセント どちらでもない:四パーセント』


『地球は信用できるか』

『信用できない:九十一パーセント 信用できる:三パーセント わからない:六パーセント』


 ニーナが、さらに深く、ソファーに沈み込んだ。


「もう……本当に、終わった……」


 女帝が、女帝の顔を保てなくなっていた。背中は丸く、肩は落ちている。

 竹彦は、相変わらず気にしていない様子で、松子に話しかけようとしていた。


「松子さん、ほら、この星なんて、どう? 綺麗な海が……」


「萌ちゃん、握手してもらえますか!?」


「松子さん……」


「うわあ、握手してもらっちゃった!」


「松子さん……」


 完全に無視された竹彦が、しょんぼりと、パンフレットを抱えて立ち尽くしていた。


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