第百九十三話「議会大混乱」
ニュースを見ていた全員が、同時に凍りついた。
画面には、デストロイヤーが議会でコメントしている様子が映っていた。
『ブリオンと戦ったのは、俺だ。今回の件は全部、パニッシャーが俺に尻拭いをさせた』
堂々とした口調で、デストロイヤーが語っている。
胸を張り、傲岸な笑みを浮かべて。あの、いつもの彼の表情で。
「な……」
サヤカが、口を開けたまま固まった。
「これは……」
ラムザも言葉を失った。
竹彦だけが、冷静に立ち上がり、部屋の電話を手に取った。どこかに連絡を始める。指先の動きに、迷いも怒りもない。ただ、淡々とした正確さがあった。
「僕だが。デストロイヤーは、いるか?」
声の温度が、いつもより、少し低かった。
沈黙。
「ああ、なに? いや、今見た。いいから、出せ」
また、沈黙。
「……アスカさんですか? 僕は、誰が偉いかには、興味はないですが――嘘は、嫌いです。覚悟は、いいですか?」
竹彦の声が、急に冷たくなった。室温が、一段下がる。
松子が、その横顔を見て、息を呑んだ。先ほどまで「美味しい?」と笑顔で聞いていた顔と、同じ顔だとは思えなかった。
「……何? ケルケルゲの、変装……ああ……そういう、ことですか」
全員が、竹彦の方を見つめる。
「とりあえず、やつの場所を教えてください。ええ……ああ、いや、撤回はいいですよ。今から本物が出てきても僕に脅されたとみんな思うでしょうから。ははは……」
乾いた笑い声が、響く。
その笑いには、感情が一切含まれていなかった。状況の不利を客観的に分析した結果の、ただの音声だった。
「いや、いいんですよ。注目されると面倒ですから」
電話を切った竹彦は、振り返った。表情は、すでに普段の竹彦に戻っていた。穏やかで、優しげな、あの顔に。
しかし、瞳の奥にだけ、何かが、まだ凍っていた。
「少し用があるので、みなさん、ここにいてください」
そして、不気味な警告を付け加えた。
「僕に会っても、エネルギー値を確認するまでは、僕だと思わないように」
「え? どういう……」
松子が聞きかけたが、竹彦は、もう扉に向かっていた。
「い、いってらっしゃーい……」
サヤカが小さく呟いて、見送った。
扉が、ぱたん、と閉まった。
数秒の沈黙のあと、誰もが揃って大きな溜息をついた。
ニュースは録画映像だったらしく、すぐに生放送の緊急会見に切り替わった。
本物のデストロイヤーとアスカが、慌てた様子で現れる。
『俺は、してないぞおお!』
デストロイヤーが叫んでいる。
アスカが前に出た。お腹を片手で支えながら、もう片方の手でマイクを握って。
『あれは全く出鱈目で、夫に変装した何者かが、夫を騙ってやったことです! パニッシャーがブリオンを倒しました! 情報爆発は銀河の危機で、夫はそれを封じるために参加しました! その主導は、地球代表です!』
記者の一人が、声を上げた。
『ということは、爆発はやはり、パニッシャーの意図したこと?!』
『ボケが! 違う言うとるやろ!』
アスカが激怒した。腹は大きいが、声量は健在だった。
『耳、ついとんのか! ぶち殺すぞ!』
別の記者が、畳みかける。
『パニッシャーに脅されているんじゃないですか!?』
『違う言うて……うっ!?』
突然、アスカが、腹を押さえてうずくまった。額に脂汗が浮かび、顔色が一気に青くなる。
『一体、どうした!? 夫人が、急に苦しみ出しました!』
解説者の声が、慌てたように響く。
サヤカが、画面を見ながら、冷静に言った。
「ああ、破水ね。面白いタイミングでなったわねー」
「面白いって!」
ラムザがツッコむ余裕を見せたが、サヤカはどこ吹く風だった。
『大変だ! 医者を呼べ!』
デストロイヤーがアスカを抱え上げ、宙に浮かぶ議会席を慌てて操作して、飛び去ろうとした。
その瞬間だった。
『ケルケルゲと、デストロイヤーは、どこだ!?』
竹彦が、議会場に乱入してきた。
画面の右下から、黒い影のように現れる。表情は穏やかだったが、その穏やかさが逆に恐ろしかった。
警備員たちが止めようとするが、竹彦は片手で次々と吹き飛ばしていく。手加減はしているらしく、誰も致命傷は負っていないが、それでも全員が空中を二、三回転して床に落下していた。
「邪魔だ!」
宙に浮かぶ議会席の一つを掴むと、巨大なフリスビーのように投げ飛ばした。
ガシャーン!
議会場は、阿鼻叫喚の渦に陥った。議員たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。各惑星の代表たちが、自分たちの種族特有の警戒姿勢で右往左往している。
『パニッシャーが、暴れている!』
『議会への攻撃だ!』
『中継を切れ! 切れ!』
竹彦は構わず、次の議会席を掴んだ。
『ケルケルゲ! 出てこい!』
バキッ!
投げられた議会席が、カメラに直撃した。画面が乱れ、ノイズが走り、そして――。
美しい星の風景が、映し出された。
穏やかな緑色のオーロラが舞い、紫色の月が二つ並ぶ、銀河で最も平和とされる景勝地のホログラム映像。
『しばらく、お待ちください』
公用語のテロップと共に、清らかな音楽が流れ始めた。ハープと弦楽器の、心安らぐ旋律。
部屋で見ていた全員が、唖然として画面を見つめていた。
「……」
「……」
誰も、言葉が出ない。
ハープの音だけが、無情なほど、静かに流れていた。
ニーナが、頭を抱えてソファーにもたれかかった。
「もう、終わった……」
力なく、うめく。
「銀河での立場が……地球の評判が……全て……」
初代ニイナが、肩を竦めた。グラスのワインを一気に飲み干して。
「まあ、派手にやったわね」
「『派手』で、済む話じゃないでしょう……」
ニーナが、力なくツッコんだ。
松子は、震えていた。
「こ、これって平気なんですか?」
「議会襲撃は、重罪」
マリアの声が、響いた。いつの間にか戻ってきていた。義手を装着したキヨシも一緒だった。
「最悪、銀河追放」
「ぎ、銀河追放!?」
松子が、椅子から飛び上がりそうになった。
キヨシが、培養中の左腕をさすりながら――いや、義手の継ぎ目を確認しながら、言った。
「でも、竹彦なら何とかなるだろ。力ずくで」
「それが、問題なのよ!」
ニーナが、叫んだ。
「外交は、力だけでは解決しない!」
「ですよねえ」
キヨシが、頭を掻いた。
放送事故の画面を見つめながら、松子は思った。
(やっぱり、東京に帰りたい……)
優しいBGMが流れる中、銀河連盟議会は、大混乱に陥っていた。
そして、その混乱の中心にいるのは、八年前は棚も運べなかった小さな少年。
今は、議会席を投げ飛ばす、銀河の暴れん坊になっていた。
「ああ……」
ニーナが、また、うめいた。
「私の外交努力が……」
サヤカが、スマートフォンを見ながら言った。
「SNSが、もう大炎上してる。『パニッシャー議会襲撃』が、トレンド一位」
「見なくていい」
ニーナが、顔を覆った。
「『地球は危険』が、二位。『銀河追放署名』が、三位」
「見なくていい!」
ニーナの叫びが、放送事故用のBGMであるハープの旋律に被さる。




