破壊するもの-13
オルト・シュラウドは、人間か。
祖父が亡くなると同時に破壊するものの門が開き、ファントムの手によってズタズタにされた肉体。残された部位は、脳と眼球と心臓、そして一部の内臓だけであった。
死後硬直寸前の一部の肉片。
外付けした魔導器具で反応を示す。
言動はAIに学習させたもの。
まさしく、誰が云ったか哲学的ゾンビ。
イデアはケルベロスシステムを構築した後、辛うじてかき集めた肉の一部分を防腐処理された保管器具の中に入れながら、残りの身体を製造していく。希代の天才がケルベロスシステム以上に手をかけた、『オルトの模倣』の成果は、想像以上のものだった。
良かった。
弟が戻って来た。
あんな凄惨な事故なんてなかったんだと製造当初思いながら、イデアは製造された機械の身体を持つオルトを実弟と認め、もしもの万が一のことがないように日夜バージョンアップをしていく。
その作業の中、ふと抱く疑念。
意識はシャットダウンされスリープ状態となったオルトの内部処理を施しながら、こう思うのだ。それは新しくオルトの肉体を作った張本人だからこそ、製造者であるがゆえ抱かざる得ない疑問なのである。
オルト・シュラウドは、本当に人間なのか。
返ってくる反応、いつもの小言……姿かたちは時から置いてけぼりになったかのように、幼い頃の姿を維持している。
機械内部は生体反応を示さない脳や眼球をはじめとした『本人』の臓器が入っているが、出される言葉、示される反応は結局のところAIに学習させた無機質な反応でしかないのだ。
だからこそ、思う。
これは本当に弟と認めて良い存在なのかと。
イデアはそのような疑問を抱くと同時に、相反するように反発し製造された実弟を人間としての周知を進める。まず最初に行ったのは、ヒューマノイドの人権の会得であったが、それに関してスティークス内部から反発があったことは云うまでもない。
『AIに人権を持たせるなど――』
非公式に人間と認めることは出来ても、公的に人間扱いすることはいくら何でも……。
当時、その反発を受けたイデアは「AIが人権を得ることで、往来の人間の尊厳が低下」……ようは指示された通り、プログラムされた内容を人間よりもはるかに正確に出力する存在は、人の上位存在に成り立つ可能性がある。便利性が高すぎるがゆえに、感情論では決められない事柄。AIの人権取得は、社会的秩序を乱すのではないかと危惧されたのであった。
創造物が創造主を下に従える、立場の逆転。
よくあるAIの反乱などといった分かり易いものではなく、人類そのものが機械の愛玩具に成り下がる可能性が懸念されたのだ。犬や猫といったペットと同じ存在と立ち位置になるのではないか、と……。
イデアはそのことを深く痛感しながらも、研究員の言葉を突っぱねた。機械の身体を持ちながらも、これは僕の弟なのだから……生体反応を示さない、死後硬直がはじまる前の寄せ集めだとしても、実弟であることには変わりない。
珍しく、ただの感情論で訴えたのである。そこには不安があったのかもしれない。これは弟ではないと認めたくない、反発の心が働いたのかもしれない。
でも、理性では疑惑や疑問が晴れない。
メンテナンスする器具の身体。人としての温度が感じられない機械の身体。
この作り物を弟と認めて良いのか……本当に良いのか……。
それがイデアの苦悩だった。
研究員たちの手によってかき集められた身体の一部は、DNA検査したところによるとほぼ間違いなくオルトのもの。だがしかし、本当は生きているのではないかと思う。冥界下りの地底で『本物』が助けを待っているのではないかと、思ってしまうのだ。
イデアはこれまで何度も、冥界下りを行おうとしてきた。
それは一度開かれた冥府の門を鎖す役割を果たす以上に、ファントムにかどわかされた本物の弟を見付けだすことが目的であったのだ。ケルベロスシステムが稼働している以上、門の開閉を問題視しているのではなく、怖い……恐ろしいと泣いているだろう生の肉体を持った弟を探す出すことが第一の目的。
だが、身体が動かなかった。
トラウマ。
イデアはどうしても自分では動けないと思い、ドローンを用いて内部調査しようにもモニターに映し出された光景を見ただけで吐き気と発作による過呼吸が生じる。特に、子供のものと思わしき襤褸切れと化した洋服の一部を直視した際の精神的ショックは云うまでもなく……。
たった洋服の一切れを目撃しただけで、心が折れそうになる。
イデアは古代の冥府の門の封鎖を二次的な副題としながらも、休み休みながらの弟の捜索は絶えず行われた。
だが……見付けることなどできず、その内にナイトレイブンガレッジの正式な入学が決定。
それは実弟の存在を探し出す、長年のストレスが出た結果であった。両親は入学が決定した時に祖父から直接譲渡されたゲート―キーパーの役割を、父親に渡すよう伝えたがイデアは首を縦に動かすことなかった。
……鍵の役割は、僕が理性的であり続ける証左だから。
ケルベロスシステムは放置していても五百年は無事。敢えてその問題を放置することによって……念のため早めに門を閉じた方が良い、最善ではなく先延ばしにすると云う愚策を講じながらも、次期スティークスの代表者となるべき者は半ば逃げるような形でナイトレイブンガレッジに逃げたのだ。
だがしかし、原因不明な理由によりケルベロスシステムはダウン。想定するところ、時間のゆらぎを直接受けて、希代の天才が作った鉄の檻はその機能を停止させた。
何が理性的であり続ける証左だ。
想定外の事態でありながらも、こうなってしまう最悪が呼び起こされるぐらいなら門を閉じた方が良かった。時間はいくらでもあったのに、個人的な拘りの所為で世界が神代の時代に起きた混乱以上の災厄が降りかかる。
皆の強力でどうにか破壊するものを地の底へ堕とすことに成功した。このまま幽閉の扉を閉じて鍵を閉めるだけだが、ロックするには魔力が足りない。力不足だった。このままでは祝福と呪いを振りまく存在が地上に出ると絶望しかけた矢先、オルトがシュラウド家の証であるユニーク魔法を使った。
閉ざされた冥界の扉。
オルトが発揮した魔法の効果。
ゲートキーパーとして最大の権限者はイデアだが、己ほどではないにしろ両親にも多少門を開閉するアクセス権を持っている。
一子相伝の魔法。
イデアは最後のトドメ……鍵穴をロックするという小さな権限を使用したオルトを――魂の輝きのように光るコアを見て、涙した。
ここにいるじゃないか。
ずっと、ここにいてくれたじゃないか。
彼は泣きじゃくりながら、オルトの身体に抱き着いた。




