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破壊するもの-11

「オフ・ウィズ・ユアヘッド!!」


冥界下り、第二層。


その場はファントム化を迎えた存在が至る所に存在する魔窟であった。


リドルは魔封じのユニーク魔法を使いながら、自分たちを襲い掛かる化け物を床に転がす。ファントムは首が折れているどころかもげているのではないかと思えるほど、奇怪なほどに首を捻じ曲げながら四つん這いの姿勢で立ち上がり、笑い出す。唸り声のように哄笑が響いた途端、跳躍しリドルに襲い掛かろうとしていた。黒い粘着質な液体が飛び上がると同時に、レオナは獣人特有の身体能力の高さを有する加減なしの蹴りを加えた。


危害を加えようとしたファントムは壁に叩き付けられ、追い打ちと云わんばかりにルークの矢の形をした炎の魔法が刺突するのであった。磔刑の如く壁に縫い付けるそれは、ファントム――命無き亡霊――すでに死した存在を足止めするには充分なものだった。


「おい、リドル。そのユニーク魔法、やめねえか」


ファントムを蹴り飛ばした足に粘膜が付着していないか念入りに確認した後、レオナは率直な苦情を口にする。


その魔法、意味がないんだよ……と伝えると、リドルは若干顔を赤くさせた。


「意味が、ないだと……僕の魔法は魔封じの魔法。この強力な魔法のお陰でハーツラビュル寮の寮長の座に座ることが出来たんだい。お分かりだね?」


「は――魔力封じねえ。寮長の座に座れたとしても、ナイトレイブンガレッジのルールがお前に対して有用的だったから他ならね。フィールド有利のアドバンテージがあったからこそ、寮長になれたんだ。基本的なことを忘れてんじゃねえぞ」


「なんだって! 僕は実力で寮長になれたんだ! それは紛れもない事実だろう!!」


「お前、寮長になれる決闘のルールは分かるよな?」


決闘のルール。


それは、魔法のみの直接対決。粗暴な肉弾戦は禁止された、由緒正しいものであった。リドルは癇癪こそ起こしていないもの、怒り任せに地面を踏む。以前の成長していない、頭の柔らかさを持たない未熟なままであったら、たとえ非常事態、味方かつ仲間であったとしてもレオナの首を刎ねようとユニーク魔法を使用していたことだろう。


「つまり、レオナ先輩は、何を、仰りたいので?」


怒りを堪え、声を途切れ途切れにさせながら、質問をする。辛うじて感情に流されない理性的な姿であったが、逆に云えばギリギリの状態とも云える。このまま怒りに呑み込まれ、感情が爆発すれば、通常の落ち着いた精神状態でさえ地底から感じる破壊するものの存在で、負荷がかかっており、堕ちてしまう。ファントム化した存在と同じようにブラット化してしまう可能性をイデアは危惧しながら、心配そうに二人のやり取りを見守っていた。


「リドル……お前の魔法は、あくまで対魔法士用の魔法でしかない。その操作魔法の条件は相手が魔力を有していること」


「そうです……」アンガーマネジメント。深呼吸。「寮長の座をかけた勝負の時、対峙した瞬間に条件は満たしていました」


操作魔法は通常、不意打ちが基本中の基本だ。


相手の意識外、無意識を狙い意のままに操ることがその本質にある。


「魔法のみでの勝負なら、肉弾戦を用いらない勝負であるならば……確かにお前は圧勝する。寮長の座をかけた決闘勝負、由緒正しい『魔法のみ』の勝負なら、よほどのことがない限りお前は勝って当然なんだよ。出来レースのようにな」


「……例え条件を満たしていたとしても、魔法を発動する速度が先手をとった第一手でなければ、その有利性は軽減されますがね。一早くユニーク魔法を放つ。その為に、研鑽と努力はしました」


「そこじゃねえよ。お前の間違いはそこじゃない。たとえ速攻で魔法が決まったとしても、由緒正しい決闘じゃなかったら、どうするんだ。魔封じされた奴さんが、暴力を使ってきたらどうするって云う話なんだよ」


「…………」


「あくまで、学園内のお上品な決闘では、ルールがお前の味方をして勝利に導いただけに過ぎない。しかしそれ以外……学園の外で魔法士同士が衝突したなら……『暴力を振るうだなんて見当違いだ』、なんて訴えは通らない。魔法が使えなくなったら別の手段を……それこそ、蹴りや殴りの暴力でリドル……お前を叩きのめそうとする」


見たところ、お前の肉体のフィジカル面はどうなんだ。


なまっちょろい身体をしているじゃないか。


「そして、この冥界下りの第二層は無法地帯。お前のユニーク魔法でファントムの魔法を封じたとしても、獣のように暴れ回る。無力化には成功していないんだ」


「でも――」


「お前の魔法が操作系じゃなく、吸収なら文句はなかったがな。無意味な魔法に魔力を消費するぐらいなら、ルークが放った炎の魔法のように相手の動きを封じたような、分かり易い暴力を使ってくれ。そっちの方が効果がある」


「……ファントムは魔法士の亡霊、魔法が使える存在ですがレオナ氏の云う通り、ユニーク魔法が使えるほどの理性や知性はほとんどないです……はい……正気を失い獣性をあらわにした存在ですから……狡猾で悪知恵を働く存在がいたとしても、ユニーク魔法どころか魔法を使った個体はあまり確認されていない……」


リドル氏には悪いですが、魔封じの魔法はさして意味がないのかも……。


イデアはいつもより、オドオドとしながら進言するのであった。


「カイワレ大根の云う通りだ。お前、ユニーク魔法の他に得意な魔法はないのかよ。そっちの方がありがたいぜ」


「……炎の魔法が得意です」


「……ファントムは亡霊……すでに死んだ存在、ゾンビのようなもの……徹底的に潰さない限り消滅しない。手がかかるんですわ。別に全員と戦う必要はないから、ルーク氏が壁に縫い付けたように固定の魔法の方がありがたいですな……」


「死んだ存在……」


「あ……説明してなかったかな。精神的負荷の臨界点を越えたブロット者は、死んだことによりファントムになる。亡骸が死を迎える直前、妄執やら固執していた物事や存在に囚われ、理性をなくして無差別に襲い回る。そんな存在なんですわ」


悪霊。


そう表現した方が、分かり易いかもしれない。


イデアは視線を落ち着きなく、キョロキョロと動かしながらそう云うのである。そのソワソワとした態度はファントムを恐れているように見えるがそうではなく……昔、実弟たるオルトがこの場で亡くなったことが起因となっているのであった。


集められた肉体は、一部分だけ。


駆けつけた時にはすでに息絶えた骸の状態。


この第二層にいるファントムがオルトを襲ったことは事実だが、その正体は未だ判明していないのであった。オルトに聞いても、証言らしきものは口にしない。それはショックにより記憶を閉ざしたのか、自分の精神的安寧のため無意識に封じ込めているのか分からない。イデアは優しさゆえその質問はオルトの肉体を製造する上で一度しか訪ねていないが、こうも思うのであった。


本当に、僕の弟……?


かき集めた肉の残骸のDNA結果はオルトと証明し本物であると伝えながらも、証言や性格、それら『反応』はAIに学習させた反応が返ってきているだけではないのか?


駄目だ、駄目だ。兄である自分が疑ってはならないと云うのに、心の奥にしまったわずかな疑惑は拭い去れないまま、こんにちに至るのである。


「ちょっと、イデア。あんた妙にビクビクしてない?」


「ヒッ――!」イデアは心臓を大きく鼓動させ、半ば飛び上がりながら小さく悲鳴を出す。「いきなり話しかけないでヴィル氏!!」


「……それは悪かったわね。でも、ひとつだけ質問があるの。私たちは冥界下りの底にいる破壊するものを再封印するために階層を下っているのだけど、もしもその存在が地上に出たらどうなるの?」


「……神話の再現ですな。いや、それ以上の災厄を招く」


魔法使いは、生命の死蔵庫――破壊するものの因子を色濃く受け継いだ存在。


その影響は徐々にブロット化すると云う『幸い』な状態に留まっているが、再び地上に再臨すれば、その影響は深刻なものになることだろう。再び破壊するものが地上に這い出て、生命の死蔵庫……呪いと祝福を振りまけば、ツイステッドワンダーランド……この全世界の住民が魔法使いとなるだけではなく、既存の魔法使いは時をそう待たずしてオーバーブロットしてしまう。ナイトレイブンガレッジ内で起きた連続する急速なブラット化以上の速度で、急速に獣性をあらわにしたファントムになるのだ。


破壊するものがアトランティカ大陸を破壊することで、神々の住まう浮遊大陸は消失した。そして彼女を封印した直後、神々は姿を消している。それは祝福と呪いの影響により寿命を迎えたのか、それとも新しい住居を定めたのか不明だが、これだけはハッキリと云えることがある。


今、冥府の門を即座に閉ざさないと破壊するものが地上に現れ、災厄を振りまく。地の底から這い出た者を再封印しようにも、その手段はない。手段を講じた神々の存在は『いない』のだ。


この緊急事態は、神の一員であったご先祖様の末裔であるイデアが直接冥府の門に行き、鎖さなければならない決定事項なのである。


「とにかく、急ぐ必要があるってことね……」


「その件についてもう一つ質問があるのだけど、自室の君……太古の扉はすでに開いている。鎖すことが目的だけど、やけにその移動速度は遅くないかい」


それとも冥界は私が思っているよりも深いものなのかな。


ルークがそう質問する傍ら、ハチの巣のようにハニカム状の壁に収容用の檻から飛び出るファントム。通常、ケルベロスシステムが保たれた状態ならば一か所に封じ込められていただろうが、電力が落ちたことにより、その扉は思うがままに開くことが出来る。


エペルは収容房のある壁から飛び出て、こちらに向かって四つ足を素早く動かし体当たりする直前に、重量のあるものをぶつけ動きを封じた。それはデュースがよく使用する大釜の魔法と同じもので、召喚されたものは農具の一種であった。本当なら重力操作でファントムの動きに釘を刺したいところであるが、高等魔法であるがゆえに今のエペルは習得していなかったのである。


「ルーク氏の云う通り、拙者も移動速度が遅いことは気になってる。何かに足止めされているのか、それともそもそも出る気がないのか……」


破壊するものがアトランティカ大陸を破壊した理由。


それが夫を軽んじたことが原因なら、直訴するために再び地上に姿を現す必要はない。イデアがご先祖様と云う通り、彼女の夫は暴走した妻を封じた後、職務を全うしながら命を潰えた。


そもそも出る気がないのだろうかと、一種の希望を見出した矢先、エペルが召喚魔法で農具を出しファントムの動きを封じたのだが、その召喚魔法はこの場に移動する時間を省略した『短縮魔法』の一種でしかない。学園長は本物の召喚魔法が使えるようだが、生徒らは疑似的な魔法しか使えないのであった。


エペルは故郷にある重量のある農具の姿を思い起こして、この場に落ちることを想像しファントムに重しを架したのだが、その農機具の中から真っ赤な林檎が転がり出る。林檎は乾いた地面を転がりながら、床を下った。その真っ赤で丸いものを心臓や臓器、生々しい何かと勘違いしたファントムが跳び付き、林檎に齧り付いたのだが瞬時に吐き出す。


「…………え?」


かみ砕かれた林檎の果実が出ると同時に、軽い物が弾む音が聞こえた。見れば、ファントムの唾液と林檎の果汁まみれになりながら軽い音を立てるそれは、骨。大まかな細さと大きさから予想するに子供サイズの肉を無くした骨組みであるのだ。


「りまふりまふ、もて□さわひ。さなたまひ、ひりろは□なるら……□のめの□む!」


「あ……あ。ああ……待て――!」


「兄さん!?」


子供のものと思われる骨を視認し確認した途端、イデアは本能的な確信を得る。アレは……あの亡骸の一部分はオルトの身体の部分だと。


怒りによって髪の毛を赤く燃やしながらイデアは、風の魔法でファントムの四肢を切断した。そして次に最大限に練り込んだウォーターカッターにより、その肉体を真っ二つにする。一度、二度、三度、無数に……数えきれないほど細切れになったファントムの身体が、蒸発するように消えていく中、イデアは座り込み、傍に落ちていた骨を拾う。


「オルト、この骨のDNA鑑査をして……」


「――。簡易的なDNA検査を実施……推定、十歳未満の子供のものと判定。遺伝子結果を照合……検索結果、オルト・シュラウドの肋骨の一部である可能性、九十八パーセント」


息を呑む声が聞こえた。


それはイデアを除いた全員の驚愕に満ちた反応であり、残酷な事実ににわかに目を見開く。ヴィルが「あんた……」とわずかに声を出す中、一歩踏み出すのであるが何か踏みつけるものがあった。見れば、それはボロ布となった洋服の一部分。サイズは子供と云えるほどの丈であり、自然とこの場がファントムにより食い荒らされたことを悟るのであった。


「オルトクンはどうしてこんな場所に……?」


エペルの質問を受けたイデアは経年劣化というよりも、長年肉を恋焦がれたがゆえにしゃぶられ続け胃酸に晒された脆くなった骨を壊れ物に接するように大事に手にしながら、答えるのである。


「おじさんが死んだ後、太古からある冥府の門が開いた……昔と同じようにファントムも一か所……破壊するものと同じ最下層に封じ込めていたんだけど、門が開いたと同時に溢れ出た。地上にまで進出したファントムの手によって古巣に引きずられたオルトは、そのまま……」


「もういいわ、話さなくて」


聞きたくない……と云うよりも、イデアの悔恨……あまりにも辛そうな表情を見てヴィルは優しさで傷口を広げなくていいと述べる。イデアは素直にその優しさを受け止めながら、実弟の肋骨の一本を眺める。


自身の弟の亡骸がここにいるのなら、今のオルトは……。


いいやダメだ、考えるなと首を振り動かしながら、魔法を用いてその骨を安全な場所へ移動させる。転移魔法……正確には持ち運んだ事実を短縮魔法により安全な場所へ安置したことを再現したのである。イデアは涙ぐむ目元を擦りながらしっかりと立ち上がり、全体的に灰色かつ利休鼠色に染まった生命の活動が感じられない空間の中、一際目立ち、そして場違いな白い扉に向かうのだ。


そこは、一体の……ファントム化した個体の為だけに作られた、観察室であった。


イデアに続いて皆は灰色の空間から、研究室特有の無機質な空間に足を踏み入れる。室内は思ったよりも広く、四隅には監視カメラと……対話用か……天井にはスピーカーが備え付けられていた。


そして、部屋の中心には境界線のように、アンチマジカルと超強化硝子により隔てられている。室内の半分側の向こうには、革ベルトで椅子に縛り付けられた、耳が尖り、羽根が捥がれた妖精らしき人型の存在がいた。通常のファントムは……ブラット化、臨界点を越えた時点で肉体の融解が始まる。インクの如き液体のように粘着いた液状の存在になるのだが、ソレは特異個体と判別され、こうやって個別の収容施設が作られているのであった。


「どちゃり……ぐちゃり、ぴちゃり……ふふふふふ……うふふふ」


……喋っている。


何を云っているのか分からないが、ブラット語ではなく人間としての言葉を使っている。


その事実を認めた瞬間、レオナの全身の産毛にいたる全身の毛が粟立つのを感じた。恐怖を自覚したのである。


「チクタク、チクタク。石炭を石積み、戻れ戻れ母の元へ。娘を探して荒野を彷徨う冬の母に、わだつみは犯した。奈落にかどわかされた娘を求めて放浪する母を辱めた、傲慢な神。チクタク、チクタク。親思いの娘は、ザクロを口にする以前に時間を戻したい。チクタクチクタク、黒い石化を糧に過去に戻るわ」


「何のことを云っているのか分かりませんが……」リドルは防魔強化硝子に手をつく。「神代の時代、破壊するものが地上に出た理由が分かるのかも」


「それは出来ないよ、リドル氏。話すことは出来ても、対話が――会話は不可能。意思疎通はできない」


イデアはそう云いながら、ナイトレイブンガレッジが学園ではなく施設であった時から病の症状を抱え、移送された個体を見る。その妖精に幾度となく質問を繰り返したが、その独り言の真意を見出すことはできず、刺激を加え新しい反応を見ようと薬液を注射してもその反応は一切変わることがなかった。


しかし何かヒントがあるのでは――とリドルが強化硝子の表面に、力を押し付けるようにして触れた瞬間、椅子に縛られた妖精から甲高い悲鳴が響いた。


「触らないで!」


叫びと同時に、巨大な黒い手の平が虫を払うように反対側の硝子の表面を撫でる。マジカルアンチの安全装置がなければ、いくら強靭な強化硝子とは云えども軽々と砕けていたことだろう。


リドルは腰を抜かしたように、床に尻もちをついて瞠目した。反対側から六本指の黒い手がその表面を撫でたかと思うと、湿っぽい音を立てて透明な仕切りの向こう側から吊るされるものがある。見た目は黒い半透明でゴーストのように実体のないものであるが、縊死を形にした複数の人型は、その爪先から濃く粘り気のある液体をポタポタとこぼす。ファントム化したモノ特有の、真っ黒な液体であった。


「――あ、ああ――」


リドルは巨大な六本指が大きく動くのを間近で目撃しただけである。だがしかし、間近で見たからこそ、異形な六本指を直視してしまったがゆえに、その精神的負荷は尋常ならざるものであった。そして場の空気……三層にほど近い、狂気の濃厚さを感じるこの場面においてそのショックは致命的なものであった。


「リタイアだ」


リドルの精神状態を含め、レオナが降参するように口にする。硝子側の向こう、境界線の先にいる羽根をもがれた妖精を睨み付け嫌悪感を丸出しにしながらも、疲労ではなく衰弱の兆候を示し始めた精神状態を加味して、冷静な判断を下す。


「俺もリドルも、リタイアだ。これ以上はもう……冥界下りの最下層……濃縮された狂気の根源に立ち向かうのには無理がある」


レオナは戦線離脱を口にしながら、リドルの腕を引っ張って立ち上がらせた。本当なら、本能のなすがままに、自分一人だけでも、何もかも誰もかも置き去りにして逃げ出したいのが本音である。その精神的なダメージは、子供の骨――オルトがここで襲われた事実と、革ベルトに縛られた存在を目視し認識したことが関係している。ナイトレイブンガレッジに入学する前、片目を潰され物乞いをさせられていた貧困層の住民のことを――夜毎魘され飛び起きる苦しい過去のことを思い出しながら、冷や汗を拭った。


対してリドルの精神的ダメージは、六本指の手の平の中央にあった眼球。一瞬だけしか見えなかったが、こちらを認識して目だけが、にいっと笑った事実に戦慄し、中てられたように身震いするのである。


「……イデア先輩、すみませんがリタイアです。アレに不本意に接してしまった僕のミスですが……残り五人でゲートの開閉を行ってください……非力で申し訳ない……」


「頼まれなくても、そのつもりよリドル」ヴィルは地底から蠢くように感じる狂気に晒されながらも何とか軽口を叩く。「たとえ、子供のようにイヤイヤを云うイデアを引っ張ってでもゲートを閉じらせるつもりだったわ」


私には力強い味方がいるもの。


ヴィルはそう云って、ルーク、エペル、オルトの三人を擁した。素の感情を見せない仮面と云うより、舞台に立つ俳優の如く余裕綽々な態度は崩さないまま、まるで余裕であるかのように見せるのだ。


「拙者はあくまで鍵ってことですか。その通りですし、別にいいんですがね」


それじゃ足早にここから出ましょうや。


イデアは先人を切りながら、対峙するだけで……正確には、事情聴取のため対話を行おうとするだけで精神的負荷がかけられる存在が閉じ込められた特別収容室から出るのである。無機質な隔離部屋から出ると、真っ先に広がるのは相変わらずの鮮やかな色気のない風景。


イデアは猫背のまま、最下層――破壊するものが閉じ込められたゲートに赴くため、エレベーターに近寄る。


その降下機器もまた第二層のそれと同じく、ボタン付近には蜘蛛の巣が張り付き、接近するだけでドアが開く。通常なら閉ざされていたはずのドアの向こう側、個室の中に入りながらイデアたちは、古き門に立ち向かうのであった。



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