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破壊するもの-3

「おい、デュース……アレなんだ……」


「なんだよ、藪から棒に……アレって、空飛んでる奴か。ただのヘリじゃん」


場所はオンボロ寮付近の中庭。


エースは監督生に送信したメッセージ内容が既読にならないことに気がかりになりながらも、上空から響き渡る轟音を耳にして――実際はあまり興味がなかったのだが――横隣りにいたデュースに空を飛ぶ飛行物は何だと問うのである。質問されたデュースは飛んでいるものがUFOなら大騒ぎしていただろうが、遠目にも十分ただのヘリ(であると偽装されている)を見て、すぐさま興味を失い、目にした物の実態をややぶっきらぼうに述べるのであった。


「なあ?」


「……うん?」


「グリムと監督生、どこにいるか知らねえ?」


「知らん。メッセは送ったのか」


「既読ナシ」


「あっそ……」


もうすぐ夕食の時間だ。


いつもの日常なら、こちら側がわざわざ連絡を取らずともグリムの方から探し当て見付けだし夕餉を共にするのだが、今日はそれがない。夕飯の誘いがないのは、ナイトレイブンガレッジに入学してからはじめての出来事だった。それゆえエースとデュースの二人は、心の中で「遅いなあ」と一人と一匹の存在を待ちわびているのである。


「ここまで待って連絡がないのは――」


「……あ?」


「連絡がないのは、先生がまた居残り授業をしているか、サムさんのところのバイトが長引いているからだろうな」


「そうかな……そうかも」


デュースの憶測と予想を聞いたエースは、とりあえず監督生のバイト先である購買まで行くか少しだけ迷いが生じた。だが同時に冷やかしじゃあるまいし、少し時間に遅れているだけで過保護のように顔を出すことは憚れるような気がする。監督生は少し様子を見に行ったとしても、嫌な顔を浮かべず感情さえ抱くことはないだろうが、それでもお節介であることには変わりない。


あと十分……大食堂が開かれる定刻になれば、一人と一匹が姿を現すだろうと考えたところでエースのスマホに着信音が鳴る。彼は半ば急いだ仕草で連絡先とそして内容を確認した途端、目を見開いた。


「おい、デュース!」


「……どうした、慌てて」


「さっき、副寮長のトレイ先輩が――寮長たちと監督生が――!」


慌ただしくエースとデュースが情報共有を行う最中、その間際を通り過ぎるのはディアソムニアのマレウス・ドラゴニアとリリア・ヴァンルージュの二人の妖精であった。マレウスは迷いない足取りでオンボロ寮に向けて足を運び、その出入口である鉄門を見て、少し驚きの声をあげた。半年以上前はひとけのなかった、ゴーストの住まう無人の廃屋。それだのに今はにわかにランプの日差しが灯っているかのような暖かさを感じる小奇麗な外装になっていたのである。その様子は監督生がこの寮を住居として定めなければ訪れなかった変化であろう。


「リリア、これは凄いな」


「なにがじゃ、マレウス?」


「……リリア、お前も知っての通り、僕は廃屋が好きだ。廃墟が好きだ。しじまたる雰囲気を好ましく思っている。孤独が好きなわけではないのだが、時の積み重ねを見せる古びた建物を良いものだと思っている」


「そうじゃな。人に恐れられたおぬしじゃ。そうなるのも、やむ得んのかもしれないな」


リリアはそう口にしながら、各寮長と副寮長に回された電子上の連絡網、スマホのメッセを閉じる。その伝言内容はオーバーブロットした寮長と副寮長、そして異世界から来たと云う監督生がスティークスにつれていかれたとの情報が記されていた。ちなみに情報の第一発信者はジャミルである。彼は校長室に赴き、次から次へと現れる来訪者を見て、学園長が行おうとしていることに半ば感付き、連絡機器が取り上げられるよりも前にありのままの情報をカリムに伝え、カリムから原文ママの情報が寮長と副寮長の間に回されたのであった。


「他者から恐れられているか……ふふ……確かにその部分が影響しているのかもしれないが、嫌いなわけではない。厭世的なところがあると自負しているが、恐れられている……避けられているからといって嫌ってはいない。ただ、遠慮願われていると云うのであれば無体は働ない。無暗に軋轢を生みだしたくないだけだ」


基本的に人間は好きだよ。


本当なら好奇心の赴くまま、人間『で』遊んでいたい。


……マレウスは云いながら、かつてはそよ風たる些細な刺激で鉄錆び嫌な音を立てていた門を動かす。その門は嫌な金属音を立てることなく、滑らかに動いて静かに開いた。


「これも、あの人の子がなせる活気の現れなのだろう。僕がここに通い詰めていた当初とは様変わりしている」


監督生が住まうオンボロ寮。


その建物の全てが修繕されたと云うわけではないが、人ひとりが住まうスペースだけではなく、来客を招いても問題ないほど改築されていたのであった。


「やけに楽しそうじゃな、マレウス。じゃがしかし……何も遊びに来たわけじゃないことを忘れてはおらぬじゃろうな。人間の、激しく著しい変化を楽しむのは構わんが、そもそも何故わしらはここにいるのか……入学したのか、『当初の目的』を忘れてもらっては困る」


「……多少、面食らっただけだ。別に遊んでいると云うわけではない」


「なら良いのじゃが。この学園内で調べていないのは、最早ここだけ。おぬしが憩いの場として利用しておるから後回ししていたが、まさかよもや人が住むつくとはな。後回し……この呑気さは妖精特有の悪癖じゃな」


幸いなことに、今は家主がいない。


数少ない、この絶好のチャンスを逃してはならない。


リリアはマレウスに念押しするようにそう述べると、門前を越え寮の入口へと歩を進める。それから新調されたドアをノックすることなく開き、無遠慮にズケズケと入り込むのであった。白昼堂々と行われる違法侵入であった。


「……確かにマレウス、おぬしの云う通り半年前の廃屋と違って、心地良い新居の香りが鼻腔を擽るが、素材や要素は多少変わっても根本は変わらん。かつて、『偉大な精神を持つ寮の成れの果て』……魔術的な仕掛けの損害は少なかろうて」


「テセウスの舟か。まずは手解きされていない手付かずの部屋を調べるのが、順当か」


マレウスはそう述べたかと思うと、新築された場所ではなく一番最初に仔細調査されていくのは、未だ古びた内装と外観を保っている深奥の部屋であった。この百年間、誰も寝泊りしていない室内に設置されたベルト付きの寝具、医療器具、観察日記……そういったあらゆるものに目を通した後、魔術的な仕掛けがないかつぶさに調べていく。


何もなかったら次の部屋へ。またしても何も発見することが出来なかったら別の部屋へ……と何度もそれを繰り返すうちに、未改装の部屋を全て全て調べつくしてしまった。あとに残るは監督生が私室と……友人をもてなす来客室のそれらに限られてしまう。


マレウスとリリアは監督生の寝室に入りながら、魔力探知を行った。探査を行う少し前、ここは本当にただの学園で、妖精の百年戦争に関するものなどないのでは……と少しだけ徒労を覚えていたマレウスであるが、リリアの特徴的な赤い眼が部屋の一点に収束して、「マレウス」と硬い声が響く。


「この学園……いや、正確には『施設』か……は、その理念を撤回してなかったとは云え、まさか本当にあるとはなぁ」


リリアは床を突き破るほど乱暴な足取りで、かつてアズールがロールシャッハのような……と感想を抱いた絵画を乱暴に剥ぎ取る。その板張りの裏側に『居る』のは、蜘蛛。


「百年戦争……我が祖国――妖精の丘を破壊しマレノアに傷を負わせた仇敵――貴様の痕跡を発見したぞ、理事長!」


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