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破壊するもの-2

命の死蔵庫。


それと海の香りが何と関係しているのかと剣に問う前に、バックヤード内に靴音が響く。別に内緒話や密談をしていたわけではないのだが、ハッとしたように靴音が発生した方を振り返るとそこにいるのは、この購買の店主たるサムがそこにいたのであった。


「小鬼ちゃん、学園長が呼んでいるみたいだけど……」


サムは横たわっていた拾い物の剣が壁に立てかけられている事実を目視しながらも、その点に関しては一切触れず、呼び出しの件について話を進行させるのであった。


「バイト時間はあと一時間残ってるけど、緊急事態らしいからここは切り上げで。校長室で待っているってさ」


「緊急事態、ですか?」


「そう。かつてないほど真面目な感じだったから、急いだ方がいいかもね。何せ呼び出しのアナウンスをせず、こうして人伝てに伝言を頼む。一体どういったミッションなのか気になるところだけど、教えてはもらえないだろうな」


学園の放送アナウンスさえ使わず、内密に人を使って収集させようとしている。


サムが「かつてないほど真面目」と述べていた事実と、そうして自然と思い出されるのは、ヴィルのオーバーブロット後、自身もブロット化したと事故報告を行ったジャミルとアズールがあの場にいた校長室の出来事である。いつもの学園長の調子……私、優しいですからの一声ですぐさま自己陶酔に走る様子からかけ離れた様子を見せていた最後の姿を思えば、自然と緊張が走った。


自分はサムに頭を下げ業務用エプロンを脱ぎながら、更衣室に走る。束の間の寄り道の間、個人ロッカー内に預けていたゴーストカメラとスマホを取り出して、指示された通り校長室に向けて走り出した。緊急事態ということなら本当ならば全力疾走すべきだろうが、気が乗らないのか……それとも薄々ながら嫌な予感を察知しているのか、足は中途半端な小走りの状態である。


自分は「重罪人」と吐き捨てた冷徹な学園長の言葉を反芻しながら、背筋からにわかに伝う冷や汗を自覚する。校長室の扉を開けると、その室内にはリドル、レオナ、アズール、ジャミル、ヴィル……そして、グリムがいた。自分はこの場に呼ばれた人物のとある共通点に薄ら寒い恐怖を覚えながら、校長室の奥に設置された椅子に腰かける学園長を反射的に見ると、「揃いましたね」と一言声を出して、立ち上がるのである。皆も自分が気付いた「共通点」に心当たりがあるのか、沈鬱のような……思慮深いような、何とも云えない表情を浮かべながら、視線だけは明瞭に学園長を捉えて外さないのだ。


皆の視線を一斉に受け、見られていることをハッキリと自覚しているだろうに学園長は一切頓着することなく、スマホを取り出して通話を行う。その対話時間は十秒にも満たないほど短いものであり、「揃いました」の一言だけ告げたかと思うと、相手の返事を一切待たず通話を切ったのだ。


「学園長、これは……」


小さな声で「子分」と云いながら走り寄るグリムを抱き抱え、ここに呼ばれた……明らかな意図を持って呼ばれた事実を確認するため、学園長に呼びかけるも、返事はない。反応はない。だが、意図的に無視しているわけではなかった。


自分の呼びかけの後に、長い沈黙。そして細く長い溜息。


「……皆さんをここに呼び出したのは、云うまでもありません。単刀直入に申し上げると、オーバーブロットした件についてです」


無論皆さま、心当たりがありますよね。


云い逃れはさせないぞと……暗に圧力をかけながら、学園長は口を動かす。


「リドル・ローズハート君、あなたは『何もなかった日』のパーティでブロット化を引き起こした。次にレオナ・キングスカラー君、あなたはマジカルホイール大会で……。そしてアズール・アーシェングロット君、ジャミル・バイパー君、ヴィル・シェーンハイト……ここにいる五名はこの学園でブロット化した。この情報に間違い、事実に偽りはないですね?」


『…………』


皆の沈黙。


それは肯定の証。


当然の事実に対して、わざわざ裏どりの二重確認をするのは、もうここまでくるとただの嫌味だ。


「確かに僕は『何もなかった日』のパーティ当日に、ブロット化しました。だけど――」そこで逡巡。リドルはちらりとグリムと自分を見た。「監督生……あの人は魔法士でも何でもない普通の人間です。オーバーブロットすることはあり得ない。確率的な話ではない。前提としての話です。魔力含有量のない非魔法士がオーバーブロットする。そんなことはあってはならない。もしもブロット化したのであれば、世界がひっくり返るほどの事実となる」


「リドル・ローズハート君、確かに監督生さんとグリムくんはオーバーブロットを引き起こしてはいません。でも、しかし……ですよ。あの人間とその獣は、果たして本当に一般的なものなのでしょうか?」


「え? それって、どう云うことなのかしら?」


ヴィルの質問。


学園長は「あなた方は知っているかもしれませんが」と前置きをした後、一人と一匹を見た。直視した。


「リドル・ローズハート君は、『魔力含有量のない一般人』と述べましたが、グリムくんには青褪めた炎を吐き出す魔力があり、監督生さんに至っては異世界人です」


「監督生がこの世界の住民ではない異世人……そのことについては情報が回ってきたぜ、センセ」


各寮長がその事実については承知しているはずだ、とレオナは云う。


自分はかつて、異世界人云々については海たる境界を越えた者として何らかのヒントになるのではないかと思い、アズールらに自ら情報を明かした。そして不用意、もしくは偶然ながらにもスカラビアの両名に聞かれてしまったのだが、その辺りは不可抗力としておこう。そして各寮長に情報を回したのは、好意的な言葉を用いるならば、手助け。尽力とまではいかないが、自分の助けとなるべく情報共有を行ったのであろう。それはたとえ未知の存在に対する厄介払いだとしても、喜ばしい事実であった。


「前提の再確認をしておきましょう、皆さま。監督生さんは魔法が使えないのにも関わらず、ナイトレイブンカレッジに入学した、前例のない入学生……別世界からやってきたと云うわけですが、由緒正しい天文学による見解では、並行世界の実在は認められている。基底現実から来た人間なのか、それともまた別に枝分かれした世界の住民なのか定かではありませんが、間違いなくこの世界の住民ではない異物であることは確かだ」


アズールは云う。


自分はその言葉を無言で聞いていた。


「そして、グリムさんは正体不明の魔獣。僕は監督生さんから『異世界人』だと情報を打ちか明けられた後、様々な書物を大図書館の書物で魔獣乃至幻獣について遍く調べたのですが、青褪めた炎を吐くケモノについての記載はありませんでした」


未確認か、それとも監督生さんと同じく別世界から来たのか。


グリムの出自については不明瞭のままであるが、それでもなおその獣がオーバーブロットしたわけでもあるまいに、どうしてこの一同に参加しているのか分からないままであった。


「どうして、グリムさんと監督生さんの一匹と一人がこの場に呼ばれる必要性があるのですか、学園長? 僕からみれば話の本筋が全く見えないのですが……」


「アズール・アーシェングロット君、それは慈悲の精神で見逃そうとしているのでしょうか?」


「いいえ、純粋な疑問です。一人と一匹がなぜこの場にいるのか判然としない。その純粋な疑問を問うているだけですが、学園長?」


「そうよ」


ヴィルも同調した。


「魔法士の恥と云ってもいいブロット化を引き起こしたならまだしも、あの子達は何もしていない。いいえ……それどころか、手助けしてくれた。あの粘着いた泥沼から助けてくれた恩人と云っても差し支えないわ。私達のような落伍者ならまだしも、あの子達がここにいるのは場違いよ」


手助けしてくれた。


それはオーバーブロット際、ヴィルは真正面かつ真っ向からグリムの青褪めた炎を全身に浴びたのだが、その炎が全身を舐める時に見た光景は……感じた情動は救済だったのだ。蜘蛛の糸のように絡みついた粘着き汚れた縛めが、解れていく。ほどけていく。痛みもなかった。苦しみもなかった。それどころか身軽になるような、安堵感さえあったほどだ。


「確かにゴースト……堕ちた獣性をむき出しにしたブロット化した者にとって、グリム君の火は浄化の炎と云えるほどのものとなるのでしょう。ですが……だからこそと云うべきか、その力の正体について解明したいと彼らが申し出しておりましてねえ。あなた達の無事を約束するため、傷一つ付けないよう契約するために取り引きをしてしまったので、これから逃がすことは出来ないのですよ」


「彼ら?」


そして、取り引きとは何だ。


ジャミルはそのことについて言及しようと口を挟もうとする前、「そういうことかよ」と不機嫌な様子で舌打ちをする。


「スティークス」


聞き慣れない言葉。


学園長を除く皆がレオナを見た。


「オーバーブロットの専門家、スティークス。長年……それこそ本当に長い話だ。神話の時代からオーバーブロットに関する情報を蒐集し、取り締まり、解明し究明して来た団体。学園長、その得体と素性の知れない奴らとなぜ取り引きをした?」


「……さすが、キングスカラー君。年長者なだけあって物知りです。ですが、ひとつ訂正がありますね。スティークスはオーバーブロット解明のために、天文学……先程アーシェングロット君が口にしていた、天文学は並行世界の調査に着手した。それと同様にスティークスも今から五十年以上も前から、異世界について興味を示しています」


「質問に答えろよ、センセ。それに俺は年長でも物知りでもねえ。ただ偶然、ナイトレイブンガレッジに入学する前、王宮内で起こった近衛兵の騒動について知っているだけだ。当事者じゃねえ。ほとんど部外者だ」


「彼らと云う情報だけで、その正体を云い当てたのは想定外でしたよ。まあ……率直に述べて説明するならば、オーバーブロットの専門家にあなた達、全員の精密検査を依頼されたのは事実です」


「依頼、された……? えっと、学園長が自ら、その……スティークスに報せたわけではないのですか」


「違います。密告者がいましてね。さしずめ、森のくまさんと云ったところでしょうか。何が原因か分かりませんが監督生さんに恨みを持つ個人が、一人と一匹を突け狙い、排斥のチャンスを窺っていた。そして、スティークスにその一生徒が密告したと云うわけです」


あいつか。


レオナはその人物、マジカルホイールに熱心な獣人の一人を思い浮かべながら心当たりをつけるのである。レオナとラギーでしっかりとシメたつもりであったが、森のくまさんと云うだけあって、本当に執念深い。クマの習性が色濃く反映していると思うのであった。


「オーバーブロットの研究と異世界の探求。この二つを総括して、ブロット化したものと異世界人である監督生さんは、スティークスの総本山に足を向ける必要がある。私が一人と一匹を呼んだ理由は、彼らが興味を持っているからですよ」


「怪しいわね。私達ならともかく、監督生は……あの子たちを素性の知れない連中に明け渡すことはできないわ。どうにか見逃してもらうことはできないかしら?」


「ヴィル・シェーンハイト君、それはもう無理です。できません。あなた達に肉体的・精神的な苦痛を一切伴わない精密検査をすると契約した以上、その約束を反故することができなくなりました」


監督生さんとグリムくんを逃せば、立て続けに引き起るオーバーブロットの解明に、たった数名の生徒を研究の糧……犠牲にするぐらい、何でもするだろう。


「スティークスに対してオーバーブロットした者は人としての倫理、尊厳、権利を期待しない方がよろしいでしょう。あの組織は完璧に魔法士がオーバーブロットする条件を究明し終えるまで、止まらない。スティークスは三大欲求を犠牲にして研究に時間を費やし、倫理を軽んじて、理屈を突き止める。深層たる真相に辿り着くまで自分の身も顧みない。自己の知的好奇心の果てを越え、同胞に還元する。一個人にして群れの集合知。死してもなお追い求める学び舎の群衆……」


皆がここに呼ばれた理由はもういいでしょうか。


学園長はそう云いながら皆を引き連れて、校長室からひとけのない裏庭に到着した。空は……通常学園内を取り囲むようにして貼られている結界は、部分的に除外されているのか上空からヘリがおりていた。


これは保護者としての役目役割なのか、先頭に立つ学園長がヘリの中に入り込み、次いで皆が続いた。自分はグリムを離さないように抱きしめながら移動機の中に入り込むと、意外な人物がいた。


「やあ、トリックスター。それに麗しい毒の君」


「監督生サン……ヴィルサン……」


その二人は、ポムフィオーレの二人。エペル・フェルミエとルーク・ハントの二人だった。ヴィルもどうしてこの二人がいるのか疑問に思っていると、唯一の出入り口であるヘリのドアが金属音を立ててしまるのである。


「あんた達、どうして……」


ブロット化していないでしょう。


ヴィルが言外にそう尋ねると、ルークは「自分たちはあくまで参考人さ」と述べる。


「最新……この云い方はアレだな。直近でオーバーブロットした者の重要参考人。恐らくスティークスはヴィルがブロット化する前の状態は、どのようなものだったのか知りたい。情報提供者として、事情聴取しておきたいのだろうね」


「ヴィルサン……僕たちはオーバーブロットしていないから、精密検査みたいなことはされないと思います。今は我が身を一番に考えて欲しい……カナ」


「オーララ、そういうことだ。私達には何の後ろめたい咎もないのだからね。ただ、ブロット化する前のヴィルの状態について、話をするだけ。この中では、一番安全な立ち位置と云うわけだ」


「そう、ね。そうよね……でも、私の身の安全についても大丈夫だわ。不本意だけど、あくまで受けるのは精密検査。本当に危険なのは、あの子達よ」


ヴィルはそう云って、自分とグリムを見た。


その視線を通り越したヘリの出入り口のドアに、一匹の小さく黒い蜘蛛が張り付いていることに誰も気が付かないまま、その機体は目的地に向けて空を飛んでいくのであった。


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