破壊するもの-1
「小さなカエルから高貴な王子様まで、ご満足いただけるお品がIn Stock Now! どうぞゆっくりご覧あれ」
場所は、学園内の購買部、真新しい最新鋭の商品から埃の被った骨董品まで揃うと豪語する不思議な不思議な店である。
自分は不可思議な店のバックヤードにこもり荷物の整理をしながら、様々な処理を行っていた。その作業中、勤務明けとなったアルバイト仲間であるラギーに軽い挨拶を交わしたところで、とある……一度は見たことのある品を発見したのであった。
「私は、杖でもありヤドリギでもあり剣でもある。諸君に問うが、君たちに英雄の素質があるかな。『ない。部分的にそう。はい。多分ない。いいえ』、いずれかのどれかで答えたまえ」
「なにしてるんスか、あんた」
思わず口調がラギーのようになってしまった。それもそのはずであろう。何せアルバイト先のバックヤードの部屋の片隅に雑に置かれていたのは、世界の裏側たる博物館で目撃した喋る剣だ。本人(?)曰く、対話可能なのは自身を所持していると思しきゴーストの如く不可視の存在なのか、それとも単純に剣そのものが喋っているのか悩んでくれとの言葉を最後に異様な世界から別れたと云うのに、裏から表の世界にいるのである。自然と、渋面になるのは仕方のない話であった。
「……おや、その声は……さして英雄の素質のない平凡な人間の声だね。いや、実際に君が本当に平凡なのか一考の余地はあるのだけれど、とりあえず今はシュレディンガー状態だ。平凡……そう云うことにしておこう」
物事をはじめとした様々な事象を定義固定化した途端、その事情は著しく悪化するものだから。
無暗に明かさない方が良い闇と云うものはあるものさと剣たる武器は云いながら、自分は壁に立てかけられることもなく雑に床に置かれた剣を持ち上げた。
重たい。かなりの重量だ。
正しく騎士が使うに相応しい武器だと思いながら、どうにか壁に立てかけるのである。垂直ではなく斜めの状態だが……かつては博物館で飾られた品だ。どれほどの価値があるのか分からないが、床に倒されおざなりにされているよりはマシな状態だろう。
「あなたって……どうしてここにいるんですか?」
ジャミル・バイパー。
彼が裏の世界でブラット化した後、皆を見送るように裏の世界に留まっていたではないか……と、それとなく訊ねると、「そのことだがね」とその剣は今の自分自身の状態に思うところがあるのか、悩むような唸り声と溜息を出した後に説明を行ってくれた。その懊悩は斯様に雑に倉庫にしまわれている事実に悩んでいると云うよりも、裏から表の世界へ来たことに対する悩みのようであった。
「私はかつて、裏の世界で子供達……君ら数名を見送りした。その後、ショーケースの中で大人しく……戦禍からは程遠い場所で鎮座ましまし続けるつもりであったが、何の因果か結果か、表の世界から裏の世界に続くワープ装置……まあつまりは闇の鏡だね……それが割れた途端、漂流したと云うわけだよ」
漂流。
自分は少し前にあった、闇の鏡の間であった出来事を振り返り、思い出す。
ヴィル・シェーンハイトがオーバーブロット化し、その対処としてグリムが青褪めた炎をぶつけた衝撃で、一点物だと云う闇の鏡が修繕不可能なほど粉々に破壊されてしまった。剣から詳しい『漂流』の経緯を聞くと、氷……もしくは鏡が割れるような音が響いた後、時空の揺らぎが生じたらしい。
時空の揺らぎ……その現象は『妖精の丘』で頻繁に目撃される、特筆すべき固有の異常現象らしいのだが、鋭い物が罅割れた音を皮切りに博物館の空間そのものが縦横無尽に動いた。
縦、横、斜め、前のめり、そして後ろに傾くような強烈な重力の流れにこの剣は逆らうことも出来ず建物内を飛来していたらしいのだが、その中で突如として建物内の空間に現れた黒い洞に吸い込まれた。その巨大な引力は正しく風のない台風の如き強烈な力で、その場に留まろうとしても思うようにままならない。
結果的にこのお喋りな剣は様々な時代を逆行し、時には遡り、別の次元を渡り歩いて、ようやく元の世界に戻った。過去を遡ったり、未来に突き進んだその挙句、ツイステッドワンダーランドの『表の世界』に戻ることが出来たのだと云う。
「それは正しく、漂流だった。暴風と荒波に踊らされる哀れな一枚の木の葉の気分だったさ。見惚れるほど美しい物を見たし、目を背けるほど醜悪なモノも見た。次元の狭間を漂流し続けた時間はどれほどなのか正確な時間は分からないが、やがて……『無』の空間に投げ出され、いよいよ床どころか空すらない透明な空間の中で漂い、やがては発狂を迎えるのだと覚悟を決めた瞬間、またしても博物館から私を次元の狭間へ吸い込んだ黒い洞が現れてね……やることもないし、この場に留まり続けるよりマシだろうと思い、自ら進んでその洞の中に入ったのだが、そのあなぐらの先にあった最終地点が、ナイトレイブンカレッジの闇の鏡の間と云うわけさ」
無の空間から己以外の物質を目撃した時、さすがに感嘆の声をあげたらしい。
事情はよく分からないがその広間は水で濡れている。割れた鏡――鏡の額縁がある……と事実を呑み込んでいる最中、サムが現れて、この物珍しい剣を商品として持ち帰り、今はこうして倉庫にしまわれていると云う話であった。
「黒い洞……」
「うん? そこが疑問かい。黒い洞だなんて随分古風な表現をしたがね……君たちの時代の言葉に置換すれば、何の言葉が当てはまるのだろうね。何と云ったかな……星が泣く……これは流星のことだ。星の落書き……は、星座」
ああ、それは……と、自分は頭に二本のツノを持つ学生徒を思い出す。
彼が独特な感性で表現していた、どこか詩的な言葉だと思いながら……。
「そうそう、思い出した! 黒い洞、その言葉を現代風に表現するならば、ブラックホール、だね! 懐かしいな……妖精の丘で私の持ち主と話をした時に、ポロと出た言葉だったんだ」
「えっと、どう云う経緯でその話になったんで?」
「およそ百年前の出来事だよ。人間と妖精が対立し争いを起こしていた戦時中に、私は自身の持ち主に向けてこう云ったんだ。『その黒い洞に気を付けたまえよ。中に吸い込まれればたちまち、戻れなくなってしまうからね』、と。そうしたら、私の所持者はこう述べたのさ。『黒い洞とは、妖精の丘内で頻繁に目撃するブラックホールのことか?』と。そこではじめて私はその言葉を知ったと云うわけなのだよ」
別に感動的な出来事ではないが、記憶が虫食いのように欠如している私にとって、どのように些細な記憶の断片でも特別なものだからね。
自分は剣のその言葉を受け、だからどこか自信満々と云うか……誇りに反して壊れ物に接するような大切さがあるのかと思ったのである。
「戦後の記憶は更に曖昧で、終戦後の時空の乱れまくった妖精の丘はどうなったのか分からない。ただ、春と秋のとこしえを維持し続け、酷暑を夕焼けの草原に、冬の季節を珊瑚の海に肩代わりさせていた妖精種のことだ。戦に敗北後、大規模な魔法の行使こそしていないものの、小さな箇所では未だ古き箇所に囚われた手法を日常的に使用しているのだろうね」
「古いことはそう悪くないと思いますが……」
「それは正気から来る言葉かい? 緑のドレスや帽子屋の手の震えを思えば、そうとは断言できない。便利なものほど、支払うべき代償は大きい。世の常だね。思わぬ副作用は悪魔の代価としていつかは支払う時がくるものなのさ」
「代償、ですか……」
「そう、代償。本来どの時期、季節、年月、日時でも温暖だったはずの珊瑚の海は、冬季になればあり得ない漂氷におおわれる。その凍てつく季節はどこから来たものだと思う? 妖精の丘さ」
「少し話で聞いたことがあります」
……その話をしてくれたのは、オンボロ寮の談話室。裏の世界から表の世界に戻った時に、少し触れた内容だった。話の本題は自分が次元の狭間をさまよい続けるのではないかと、帰らぬ人になるのではないかと心配した内容であったが、その話の一端に妖精の丘は緩やかな季節を維持するために、芽吹きの春と収穫の秋の季節を大規模な魔法で保ち続けているとの話であった。
しかし、緩やかなその季節を維持するには……酷暑と極寒の季節を妖精の丘に訪れないようにするためには、誰か……どこかの地域に肩代わりしてもらう必要があり、その負債を支払っているのが、人魚が多く住まう珊瑚の海と夕焼けの草原であるとの話であった。
「……もしかして、季節の代替が原因で人間と妖精は戦争したのですか?」
「それも原因のひとつだね。大まかに……大雑把に云えば、人間が妖精の丘を侵略する理由は『開拓』。未知の領分を切り開くことが目的にあった。妖精の前は……前途多難な海の底、人魚。いや……人魚の制圧と云うよりも、原因不明で海底に沈んだ浮遊都市、アトランティカ大陸の『開拓』が目的であったか……」
アトランティカ……と聞けば自分が自然と思い出すのは、博物館の方である。かつてオンボロ寮が短期間乗っ取られた時に、人魚になれる薬を飲んで件の博物館に乗り込み、アズールの弱点と思わしき、海底二万マイルの原本をゴーストカメラで撮影しようと悪巧みを画策していた。その作戦は事前に露呈し水泡に帰したが……。
「ねえ……君、知っているかい? アトランティカ大陸は、かつて破壊するものが奈落より出で、手を突いた衝撃で粉々となり、浮遊都市は海底に沈んだことを」
「知っているかい、と云われましても。自分はこの世界の住民ではないので。でも……浮遊都市……浮いている大地か。見てみたい気もします」
「海底に赴けば、粉々に散った大地の破片を見ることはできるがね。いやはや……破壊するものが奈落から出て、最初に手を突いた衝撃で各地方面に散らばり、その衝撃で各地に飛び散った石の大礫。それは大隕石の衝突と変わらないほどの災害だったんじゃないかな、当時は」
「悲惨ですね……いや、悲惨だなんて簡単な言葉で片付けて良いものか……」
自分は一体全体、破壊するものがどういった存在で、どのような外見をして、何が目的なのか分からない。空飛ぶ浮遊都市を、人が転んで床に手を突くのと同じように、単なる動作、単純な仕草で大陸と呼ばれた大地が粉々となり、土台の欠片は海や下の大陸に降り注ぐ。その影響の深刻度はどれほどのものだったのか、想像することさえ出来ない。
「それにしても、破壊するもの……ですか。どんな存在なのだろう?」
「さあ、それも私には分かりかねるね。言い伝えで知っている、それこそ『神話』のような物語だし、破壊するものに関する外見の記載はない。云い伝えるべき人物が口を噤んだか……それとも見ることが出来なかったのか。大規模災害の混乱を収束させる内に、浮遊都市を破壊した事実のみが残り、他が欠落したのか……いくらでも想定はできる話さね」
そもそも実体のある存在なのか分からない。
妖精の丘は時空間の乱れた土地だと云うが、時空間に関する災害が原因かもしれないのだ。下手に生物や物体だと想像するのはやめたほうがいいかもしれない。未曾有の大災害を引き起こした存在だ。凡人の想定なんぞ、軽々しく上回るモノだと仮定した方が十全だろう。
「……ただ年長者として一言云えることがあるのならば、破壊するものは生命の源であったとも伝えられているね。もしくは、死の顕現」
「生命の源……そして、死の顕現ですか?」
矛盾している。
自分は一蹴するように短く述べると、剣は「今は言葉のチョイスが悪かったかな。別に矛盾はしていないんだが」と、少しだけ考えるような時間を置いたあと、適切な表現が見付かったのか、破壊するものに対して端的な表現を用いるのだ。
「……今の言葉は誤りだ。もっと簡単かつ簡潔に述べると――」
命の死蔵庫。
常に海の地平線の果てから、海の匂いを漂わせていた存在なのさ。




