破壊するもの-4
「ハイ……スティークスの臨時代表、イデア・シュラウドです。どうも」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……あの、この沈黙とその目配せ、いつまでやるつもりデスカ?」
現実世界の時間に直すなら二分程度の時間が沈黙に必要されたが、自分と学園長を除く皆が体感した秒数は久遠と思しきものであっただろう。ヴィルは『なぜか』スティークス内の施設の壁を見ないようにしながら腕組をして、「何かの冗談でしょう」と云う。本来ならばその声はにわかに震えていたことだろうが、長年の俳優経験が一見平静を装って見せるのだ。
彼ら……スティークスのヘリに乗せられ、本施設に招かれた多くの人の反応もそうだった。特にリドルなんかは「どうして、イグニハイドの寮長がここにいるんですか?」といかつい研究施設には場違いな存在がいると口にするのである。
「あー……分かってたけど、今日のデイリーミッションだる……三大欲求の一つである食事するのさえ面倒なのに、来訪者への説明とか高難易度ミッション過ぎませんか」
「兄さん、一日の栄養素を満たしてくれる携帯食やレーションだけじゃなく、ちゃんとした……普通の食事を摂って欲しいんだけどな。健康上、問題はないから……と云うより携帯食を取り上げたらスナック菓子ばかり食べて不健康になりそうだから止めてないだけで、僕としては人間らしく暖かい食卓について欲しいものだよ」
「あー……ハイハイ。オルトの云う事も分かるけど……今は臨時の代表として出てるけど、どうせナイトレイブンガレッジ卒業後、スティークスに代表になることは決まってるわけでして。ここにいる研究員が日夜何に勤しんでいるのか分かっているよね。原始的な本能に逆らってまで究明にすべてを費やしてるんだ。食事ぐらい……携帯食で我慢してよ」
ボソボソとした覇気のない調子で、ナイトレイブンガレッジの代表寮のひとつ、魔導工学に秀でたイグニハイドの寮長に就任しているイデアは、傍に控えていた彼とは兄弟のようによく似たアンドロイド――オルトに向けて語り出す。レオナは見知った顔がいることに茶番を感じ取ったわけではないが大欠伸をした後、「どういうことか説明しろ、カイワレ大根」と説明を促すのであった。
「それともアレか……今は名を変えスティークスと名乗っている御大層な組織……古い呼び名を使うなら、『嘆きの島の番人』の代表はいつものタブレットがなきゃ、まともな話がすることが出来ないほど意思疎通が難しいので?」
「レオナ氏……確かに説明する義務と責任があることは確かだけど、何もチクチクした云い方せんでもよくね? どうしてナイトレイブンガレッジの人たちはこう……仲間意識は一切なくとも、同胞や同士だと思っている我ら研究員を見習ってほしいものですな」
「研究員、ねえ……」ヴィルは鼻を鳴らした。「聞いたところの話によると、血も涙も魂もない連中だと聞いているわ。一言で云えば、非人道な外道の獣道。研究対象は、人としての倫理もなく権利もなく身を費やすオーバーブロット解明のピース。そういった怖い、恐ろしいおふれを聞いたのに出て来たのが、あんたなんですもの。肩透かし……いいえ、違うわね。予想の斜め上にこちらは面食らっているのですけど」
「それに対しては同意です。イグニハイド……イデア先輩のことはよく知りませんが、カリムから話には聞いています。魔導工学に秀でていると云う必要最低限の情報なのですが、工学に対して優秀だからって、なぜどうして貴方が出て来るのかそれが分からないんです」
「……そこから? まず、そこからの説明が必要? 非常にめんどいのですが。こう……パパっと事情聴取をして、精密検査。スムーズにいけば恙無く終わるデイリーミッションなのに、もしかしてこれイベント扱いですかな?」
「そうは云っても兄さん……」オルトはチラリと自分を見た。「初見の方もいるみたいだし……ある程度の情報開示は必要だと思うよ。まずはこちらの正体をある程度明かして、話を聞かないと。親しみ易さ……身構えた強張りをほぐさないと、事情聴取しようにも話を誤魔化されたり偽情報を掴まされたら元も子もないんじゃない?」
「オルトの意見に一理ある。じゃあ、説明しながら歩きますんでついて来てください。茶をしばくわけじゃありませんけど、とりあえずまだここは『外』なので施設の中に入りましょう。こっちです」
覇気のない口調はそのままで、ヘリから降ろされた皆は巨大な白い建物に向かって案内される。自分は遺跡のような建物を眺め、古代遺跡のようだと感じながら周囲を興味深げに観察していた。好奇心に満ちた目であるが、それがヴィルの気にとまったのだろう。「ちょっと」と声を掛けられたかと思うと彼は自分の真横に並び、注意を促すのだ。
「あまりジロジロ見るのは、良くないと思うわ」
「あ……そうですね。家の内装……と云うよりも、そもそもオーバーブロットの研究施設でしたっけ? うっかり機密情報に触れたらどうなるか、分かりませんものね」
「違う、そうじゃない。あんたには『見えない』んだろうけど……」
ヴィルはそう云ったかと思うと、隣接するように立ち並ぶ建物の屋根を見て顔を顰める。
学園よりひどいじゃない……。
そう独り言を忌々しげに呟いた直後、「ヴィル氏」とイデアが立ち止まって振り返った。
「その洞察力……いや、観察力には驚きの一声ですが、見ない方がよろしいかと。ただそこにいるだけで害はないですが、精神的なめびりが心配。被検体には健康でいてもらわないと。こちらは正気度チェックの為、わざわざダイスロールを振りたくはないですからな」
「そう、ね……アレも同じように害がないと云うのなら、『見ない』ようにするわ」
「ぜひそうして下さい。それに伝播性……『見えて』いない人には何があるのか確定していないシュレディンガー状態なんですわ。目視性が伝播して余計なトラブルが起きると、ちと面倒。見ない、黙る、無反応……この三つを守ってくれるとありがたい」
何せウチの研究員でもまだ知らない人がいますから。
イデアは嫌そうに首を振った後、再び足を動かし始めた。ヴィルは無言のままであったが、イデアの要求に対しては賛同と同意を示しており、そのまま何も云うことも反応することもなかった。恐らく、『見ない』ようにしているのだろう。
「ヴィルサン、何の話をしてたんだろう?」
「ムシュー・姫林檎。私は毒の君と同等の視座を持っているわけじゃないが、圧迫感は感じるね。恐らくは……好奇心は猫をも殺す、と云うことだ。シュレディンガーとは云えて妙じゃないか」
「ルーク・ハントさんは『見えない』けど、存在は感じているんだね」
突然の横やり。
子供特有の溌剌さと云うべきか……それとも合成音声特有の声調を伴った声に少し驚きながら音の発生源を見ると、そこにはオルトの姿があった。自分はヴィルとの一連の会話が夢中で気付かなかったが、初登場時はイデアの傍にいたオルトは音もなくこちらの方に急接近したようである。
「こんにちは、監督生さん、グリムさん。僕はオルト。イデア・シュラウドの弟だよ」
「弟さん……」
「うん、そうだよ。弟」
そう云ったオルトはにこやかな表情を作った。その朗らかな調子はこちらの警戒心を解こうと目的されたものであったとしても、とても自然な表情のように思えた。
「道中、説明しながら施設に向かうって兄さんが云っていたよね? オーバーブロットした寮長や副寮長ならまだしも、あなたは異世界から来た来訪者。この世界について何知らず未知の部分が多い。無知の領域が広い。僕が説明するよ」
簡単な説明だけど、スティークスがどういった存在なのか軽く説明したい。
オルトは「ダメかな?」と小首を傾げながら、こちらの様子を窺う。胸元に抱きかかえたグリムは鼻をスンスンと鳴らしながら警戒心をあらわにしていたが、無知の知である自分にとって、この世界について粗末で些細な情報でもありがたいものである。右も左も分からない赤ん坊と云うわけではないが、それでも知は嵩張らず持ち運びの出来る宝だ。非常にありがたい話だった。
「うん、ありがとうオルト君。スティークスについて教えて?」
「協力的な気配を察知。スティークスに関する一般的な情報開示を行います」
「……えっと、まず……自分として一番気になるのは、古くは嘆きの島~とか云っていたことなんだけど、それって一体どういう事なの?」
「それはスティークスの古い名前ですね。時代も変われば名前も変わる。ホラよくあるじゃないですか。地名の変化。不吉な忌み名から、やけに明るい名前に変化した土地名。それと似たようなものですよ。きな臭いことを隠すために、よくやる手口ですね」
オルトではなく、一番背後に控えていた学園長は嘴を挟む。オルトは「そういう見方もあるかな?」と云い、余計なことを云われないように警戒したのか、それとも単純に話の主導権は握っておきたいのか、少し声の音量を上げながら喋り出すのである。
「スティークスは、かつて嘆きの島の番人と呼ばれていたんだ。そもそもこの場所、土地は本当はただの普通の島だったんだけど、神代の時代からオーバーブロットに関する研究を行っていくうちに『嘆きの島』と呼ばれるようになって、こんにちに至る……と云うのが呼び名の由来だね」
「番人と云うのは……?」
「それは、嘆きの島で研究の主導権を握っていた代表、シュラウド家の古い異名みたいなものだよ。さっき学園長さんが云っていたように、古く不吉なイメージを払拭すると云うわけじゃないけど、戦後……研究施設は様変わりしているんだ。体制そのものも変わった。古い技術は捨て、最新鋭のテクノロジーが集結する研究機関へと変貌。嘆きの島の番人……その施設の内容と呼び名が似つかわしくないから、新しい名前……スティークスに改名したんだよ」
勿論、悪いイメージを払拭することが副次的な目的としてある。
社名の改名。
それは特別ではない……一般的な事象の範疇に収まる出来事だった。
嘆きの島の番人からスティークスへ。
その変貌と変化による印象の変異は、倫理なき研究施設として認知されている以上、完全にイメージの払拭に成功していないが、医療界に最新の技術が搭載された医療器具を提供していると云うのであれば、そのうち一般的なイメージも変わることだろう。
やっていることが変われば印象も変わる。
行動が内面を体現するのだ。
「スティークスはオーバーブロットの研究と究明を第一としているけど、それが全てと云うわけではない。研究の一環で発明された魔導具なんかは医療用に再開発されたり、色々な資金繰りをしているよ」
「妖精との百年戦争の時分からですね、最新鋭の技術がこの組織に集うようになったのは……」
「わあ、学園長さんはさすが長生きしているだけあって色々知っているね。そうだね……戦時中、天文学……並行世界の実在を証明するために様々な技術の収集。戦時中の影響でテクノロジーの底上げが行われ、世の中に貢献している。そんな感じかな……」
天文学の分野である並行世界の実在の証明に使うべきはずであったその技術が、戦争に利用された。
妖精との百年戦争、か……。
一体どれほどの規模、投資が行われた『開拓』なのか分からないが、自分はその話を耳にした途端、黙することが出来なかった。
「元来はオーバーブロット解明のために使用されていた技術だけど、その鉄は兵器となった」
「妖精は鉄に弱いという俗諺がありますものねえ。まあ実際は触れれば火傷するようなアレルギー反応などではなく、最新鋭の技術についていけない、いにしえの存在を揶揄した言葉なのですが……もっと分かり易く云うなら、時代遅れ、と云う奴です」
実際、うちの生徒に妖精の方々がいらっしゃいますが、電子機器に触れても拒否反応を示すことはありません。喩えと云う奴です――と、学園長は云う。
「あの……批難すると云うわけじゃありませんけど、スティークスは妖精の丘を焼き払う兵器を作ったからこそ、暗いイメージが完全に払拭できていないんじゃあ……」
「その側面もあるだろうね、監督生さん。完全には否定できないな。でもまあ、人間と妖精の終戦として、お互いに和睦の品を贈り合ったんだ。戦争による傷は未だ尾鰭がついて回っているものだけど、渦中にあるわけじゃない」
和睦の品。
ナイトレイブンガレッジ入学時に、損害したシャンデリアのことを思い出す。アレは学園長曰く、「はじめて魔導工学が平和利用された和睦の品」との話であったが、ここで関与するのかと思った。そしてそれと同時に、なぜその一等大事な品が有名校とは云えども学園内に存在しているのか、実に不思議であった。
「さ、つきましたよ皆の衆。オーバーブロットした被検体と聴取者はA棟、監督生氏と学園長はB棟、そしてグリム氏はC棟にそれぞれ移動を願います」
目前にあるのは三つの巨大な塔の如き建物だ。三つの柱に似たその建物は、分かり易く表現するならば高層ビルのようである。A棟に行くよう指示されたリドル、レオナ、アズール、ジャミル、ヴィル、ルーク、エペルは建物の出入り口に出迎えていた研究員にゾロゾロと連れられていく。
皆の背中が細長い建物の中に完全に消えた頃に、イデアは自分の方へ近づいてグリムを渡すよう手を伸ばすのであった。だがしかし、胸の内の獣は拒否反応を示す。
「嫌なんだゾ!」
「グリム氏、我儘云わないで。こういう事はあんまり云いたくないけど、A棟に入ったみんなは君が大人しく検査を受ける為の人質みたいなものなんだ。反抗するのであれば、無意味な抵抗をするのであれば……無事は保証できないなあ。健康状態のチェック、精密検査を受けるだけだったけど、あまりにも反抗的ならどんなことをするか分からないよ」
「ふなー……子分……」
「人質と云いますけど、身の安全とその保障はグリムにも約束されているのですか?」
自分はグリムの助けを求める目に同情を覚えたわけではないが、イデアに質問を行った。態度や声が反抗的だと思われないように、細やかな注意を払いながら……。
「監督生氏、なにか勘違いをしておいでで……確かにウチの組織は時には倫理のない人権なき行動を研究の為にやることがありますが、それはあくまで倫理を持ち合わせず人権のない『獣』が相手、なんですわ」
「獣って……つまり、動物実験ってこと……?」
「グリム氏が動物なのか魔獣なのか一考の余地はありますが、スムーズに対話して会話が可能な以上、横暴にして乱暴な真似をするようなことは想定していない。こっちもA棟に入ったみんなと同じように精密検査をするだけだから、そう身構えないで欲しい。無事は……安全は保障するよ。怪我ひとつ負わせることもなく、精神的負荷もなるべく軽減して独自の調査を行いたいんだ」
「それなら、A棟に入った皆と同じく……」
「グリム氏は皆と同じように……急速にオーバーブロットしたワケじゃありませんからな。また違った機材による調査が必要で、違う建物に入ってもらうだけですわ」
そういうことだから……。
おずおずと手を伸ばす、イデア。
自分は完全にスティークス代表である彼を信用したと云うわけではないが、ここで無駄な抵抗や反乱を起こすのは愚の骨頂だと思い、大切なものを預けるようにそっと渡す。グリムは不安そうな顔を隠すことなく、いつも自信満々に立っていた両耳さえ垂れさせていたが、暴れたり噛みつく等といった粗暴な行動をすることはなかった。
イデアはグリムを預けられた中、C棟から出て来た研究員に手渡して、こちらの方へ戻ってくる。
「それじゃ監督生氏と学園長は、B棟で話をしましょう。色々、聞きたいことがありますから」
共犯者。
イデアは学園長に向けてハッキリと口告げ、次いで出て来た言葉は――。
「ところで共犯者――学園長……理事長って一体誰なんです?」




