第一幕 車イスのシンデレラ
―――2007年
11月20日
品川プリンスホテル
鳳凰の間 控室
「……ねぇ…透さん。記者会見だなんて、やっぱ私緊張するよ…。」
シャンデリアの目映い光に包まれた隣の部屋とは違い、殺風景な控室で、20歳くらいの車イスの女性が、先ほどから落ち着きなく少し震えていた。
「なぁ〜に。すぐ終わるさ由佳里。君は、僕の横でじっとしていればいい。」
震える車イスの女性の肩に、両手をポンッと当て、先ほど透と呼ばれた男は優しくささやいた。
車イスの女性の名前は、一ノ瀬 由佳里。
そして男の名前は、朝比奈 透。
幼少の頃から、ずっと付き合ってきた二人は、今年の12月24日のクリスマスイヴに、晴れて挙式を上げる事になっていた。
しかし、このカップルは、どこにでもいるごく普通の挙式を控えたカップルとは訳が違っていた。
なぜならば、透の父である朝比奈 憲三は、司法官庁つまりは検察庁の中でも、非常に有能かつ、メディアなどにも取り上げられているほど有名な検事であった。
―――朝比奈 憲三
彼の手にかかれば、どんなに小さな調書からも『有罪判決』へと導く、まさに悪を漏らさず正義を貫く検事であった。
また、息子である朝比奈 透も、父と同じ道を歩き、弱冠25歳にして検事を勤めており、あの朝比奈 憲三の息子という事もあり、検察庁では『若きプリンス』と期待されていた。
―――つまりは
あの朝比奈 憲三の息子でもある、この『若きプリンス』が結婚するという話題は、マスコミたちの格好のネタとなり、記者会見まで開く運びとなったのだ。
―――しかも
この『若きプリンス』と、婚約者の一ノ瀬 由佳里は、一種の因縁めいた関係すらもあった。
透と由佳里は、同じ中学校で、サッカー部に所属しており、そこでキャプテンをしていた透は、3つ下のマネージャーの由佳里にずっと恋心を抱いていた。
また、透の父、朝比奈憲三が扱った事件で、『世田谷の放火殺人事件』という事件があった。
今からさかのぼる事10年前の
クリスマスイヴ―――
世田谷に住む、ある一家の家屋が放火により全焼した。それにより、そこに住む夫婦は焼死。
その夫婦のひとり娘だけは奇跡的に助かったが、当時まだわずか11歳だったその少女は、この大火によりPTSD(心的外傷後ストレス)を起こし、それまでの記憶を全て失ない、精神的障害からか両足が動かなくなり、車イスでの生活を余儀なくされてしまったのだ。
そして―――
その少女こそが、透の婚約者の一ノ瀬 由佳里なのだ。
そもそも、この由佳里という少女は非常に不幸な生い立ちを背負っていた。
由佳里が生まれたのは富山県の射水郡という場所だったが、由佳里の実の両親は、由佳里が生まれからすぐに失踪してしまった。
その後、由佳里は富山にある孤児院で育てられたが、10歳の時にそこの院長先生の紹介で東京に住む一ノ瀬家に養女として引き取られた。
―――しかし
この『世田谷の放火殺人事件』により、由佳里は一ノ瀬の父と母も失ってしまい、記憶喪失と両足の不自由という障害に加え、天涯孤独にもなってしまったのだ。
だが……
不幸中の幸いとはこの事だろうか!?
なんと、由佳里を引き取る事に、朝比奈 憲三が名乗りを挙げたのであった。
当時、憲三は由佳里という少女に対して一種の運命的なものも感じていたのだ。
実は、憲三が担当した『世田谷の放火殺人事件』は、一時は迷宮入りしかけていた。
出火場所が非常に奇妙だった事と、犯行があまりにも衝動的だったと思われたため、犯人の手がかりを全く掴む事ができなかった。
万策尽きた憲三は、とにかく何か手がかりになる事はないかと、入院中の由佳里を献身的に見舞っていた。すると、ある日の事、記憶を失ったはずの由佳里が、犯人をしっかりと覚えていると、憲三に目撃証言をしたのだ。
これが事件の解決の糸口になった。
結果、憲三は、解決困難だと思われていたこの事件で、由佳里の証言により容疑者を導き出し、見事に有罪判決を勝ち取る事ができた。
つまり、由佳里は朝比奈家にとって、透が恋する女の子であり、憲三が恩を感じる女の子でもあり、とてま大切な大切な存在であった。
そのような事から、由佳里は、不幸な生い立ちを背負いながらも、朝比奈家で憲三と透の深い愛情に包まれ育てられ、ついには今年のクリスマスに、透と挙式を上げる事にまでなったのだ。
「……そろそろ。時間かな…。透…由佳里くん…準備はいいかな!?」
憲三は、腕時計に目をやったあと、透と由佳里に優しく微笑んだ。
本日の記者会見は、透と由佳里だけではなく、憲三も出席する事になっていた。
「………大丈夫だ。由佳里。安心して。」
先ほどから、ずっと緊張している由佳里の頭を、透はポンとおどけて叩いた。
「………透さん…」
「ははっ。やっと笑ってくれたね、由佳里。やっぱり由佳里は笑ってる顔が一番可愛いよ。」
由佳里は、透のその言葉に、少し照れながらも幸せそうに笑っていた。
「……私。こんなに幸せでいいのかな……!?ねぇ透さん……。過去の記憶もない…車イスのこんな私と結婚して、透さんのこれからの人生の足手まといにならない……!?」
「……ばか。何言ってんだよ由佳里!! 君には過去がなくても、これから一緒に二人で未来をつくればいいじゃないか!! それに僕は……」
透は、そっとしゃがみこんで、車イスの由佳里と目線を合わせ、真剣な眼差しを向けた。
「……むろん、君は覚えてないだろうけど、実は君が記憶を失う前の10年前のクリスマスイヴに、君に告白をした。僕は中学の頃からずっと由佳里の事が大好きでたまらなかったんだ。」
「……10年前のクリスマスイヴに……透さんが私に告白をした!?」
「………あぁ。」
透の真剣な眼差しの中に、由佳里は、自分への溢れる愛を感じ、思わず涙がこぼれた。
「………ありがと。透さん。……私、今日ほど自分の記憶喪失を憎んだ事はないわ……。」
「どうしたんだよ由佳里、急に…!?」
「……だって、10年前の透さんの告白……覚えておきたかったなぁ………。その時…私…幸せそうだったでしょ。」
「…………」
由佳里の愛らしい涙に、透は胸の奥から由佳里を愛おしく感じぎゅっと抱きしめた。
透も由佳里も、これ以上ないほどの幸せだった。
透と由佳里の結婚に関して、マスコミは
『車イスのシンデレラ…若きプリンスと結婚』
と騒ぎたてていたが、あまりにも不幸だった由佳里の生い立ちを考えると、検事としての成功を将来有望視されている透との結婚は、まさにシンデレラストーリーだった。
………しかし…
シンデレラの靴は、あくまでもガラスに過ぎない。
ちょっとした事で…
脆くも壊れてしまう事を……
この時には誰も
―――気付いていなかった。




