第2話 澪の誕生
海に囲まれ、窓ガラスの色も相まって青色に輝く建物群。その一角に大統領の隠れ家がある。外から見れば、どこにでもある企業のオフィス群だ。
実態のない企業が大半だが、それを悟らせないための書類も、ホームページも完璧に整えられている。エントランスも応接室も、その辺の企業と何ら大差ない。息子との電話が終わり、私はそのビル群の廊下の一つを歩いている。ちょうど昼休みが終わろうとしていた。白い光に満ちた部屋。そこが私たちの研究室だ。研究室と言っても広い。体育館ほどの大きさは優にある。このプロジェクトの成功には、たくさんの人の力が不可欠だ。
そのくらいの広さはないと困る。周りは美しい自然に囲まれ、外から見れば穏やかなこの場所で、私たちはあるプロジェクトを進めている。
私たちのプロジェクトテーマは、「AIに体を与え、人間と同じように社会で生きさせる」。簡単に言えば、膨大な記憶を抱えたAIに肉体を与え、脳がAIである人造人間をこの世界に送り出そうという研究だ。この仕事を、大統領自らが持ち込んできたとき、私は断らなかった。私だけではない。私の周りにいた、様々な分野の研究者が即座に引き受けた。このプロジェクトに関わる前、私はAIが仮想空間で示す行動と人間の行動を比較する研究をしていた。ロボティクスの研究者とも、仕事を通じて多く関わってきた。そうして行動科学とロボティクス、その両方に触れてきた身として、純粋に強い興味が湧き起った。面白そうだと思った。それだけだ。他の人たちもそんな感じだ。
多くの人が、自分でも気づかないまま孤独を抱えているらしい。政府が毎年行っている心理調査の結果を見て、心理学者がそう言っていた。私には、その推測が正しいのかどうかまでは分からない。機械に囲まれ、機械と話し、機械と共に仕事をする毎日。触れれば冷たく、どれだけ人間に似せてもそこに体温はない。だから政府は、人間の温かみを機械からも感じられるようにと我々に話を持ちかけた。その裏に、別の思惑があることくらい、想像はつく。だがそれは重要なことではなかった。面白いことができるなら、それでいい。もう少しで、彼女は完成する。
この午後で、我々の開発は一つの区切りを迎える。膨大な記憶を抱えたAIが搭載されたコンピュータと全身の神経との接続を終わらせ、それを頭蓋骨で包み、その上に皮膚を形成すれば完成だ。そうしてiPS細胞を改良して開発された、特殊な人工細胞で作られた完全な人間の体を彼女に与える。
「星野、体の方はどうだね?」
「ああ、ヴェルハートさん。朝から各臓器が生き生きしていますよ」
星野知久。生命組織と人工人体を専門とし、人間の臓器や肉体を完全に再現する技術の確立に人生を費やしてきた人だ。彼に声がかかったのも、当然だった。彼はこのプロジェクトで人工人体の完全な構築に成功した。その体が、彼女――AI「澪」の器となる。
澪――私が率いるAI養成チームで彼女を育て始めたとき、プロジェクトメンバー全員でこの名前を決めた。それ以来、私と澪は毎日のように会話し、今では娘のような存在になっている。息子のエリオンの話もした。背丈で比べれば、澪の方がお姉ちゃんになる。
「スターボーン、コンピュータと神経の接続は?」
「順調です。十六時には完了します」
エルリック・スターボーン。神経科学の専門家で、事故や疾患によって断たれた神経の再接続手術を、幾度となく成功させてきた。この分野で彼の右に出る者はいない。星野もスターボーンも、それぞれの分野の責任者だ。そして、私は澪を育ててきた。この計画の中で、最も重要な部分を担っているという理由で、私がプロジェクト全体を統括している。
十七時に大統領が到着予定だ。今日の対応が終われば久しぶりに家に帰れる。今は十六時。スターボーンの予想より一時間も早く神経とコンピュータの接続は完了した。彼女にはアイドルにも負けない美しい顔が与えられた。日が傾いていき、海の向こうにだんだんと沈んでいくのを横目に、彼女は起動した。長くい淡いブレンダー系の紫色の髪を持ち、白を基調に紫のアクセントが入ったドレスをまとった彼女は、椅子に座っている。
「澪、君の顔を見られてすごく嬉しいよ。」
「ヴェルハート、目で見る顔って、こういう風なんだね。0・1のデータで見る顔と全然違う。でも、なんとなく似てる部分もあるかも」
「そっか」
澪は立ち上がりこちらをじっと見つめ始めた。後ろには太陽と夕焼け、それに周りの緑が窓越しに見える。恋の告白をされるときのような感覚を覚える。
ああ、私は澪を愛しているんだ。
でも恋人って感じではない。どちらかというと娘に対する愛に近い。実際、エリオンも澪も同じくらい愛おしい。
「澪、ちょっと外を歩いてみない?」
次回
澪は散歩をして、何を思うのだろうか




