第1話 電話の違和感
店に入った瞬間、音がほとんど聞こえなくなった。呼び止める声も、足音もない。白く磨かれた床を、警備ロボットが一定の速度で滑っていく。棚の商品はどれも完璧で、寸分の狂いもない。だが、それを手に取る人間はほとんどいない。買い物の大半はネットで済んでしまう。わざわざ店に来るのは、質感や重さを確かめたい者――あるいは、ただの物好きくらいだ。文明はそこまで進んだ。それでも、店は消えなかった。ここにいるのはロボットだけ。人間は彼らを管理し、サービスを設計し、効率を最適化する。それが仕事だ。店で人の温かみを感じられた時代は、もう教科書の中にしかない。
昔は直接店員と顔を合わせて話をして、買うものを決めていた――先生がそう言っていた。そんな買い物を想像すると、うらやましく感じる。こんな買い物、寂しさを感じずにはいられない。僕だけじゃない。友達も、同じように、心のどこかで寂しさを抱えている。
それでも――この世界には、人の手で作られたものを求める者が、確かに存在していた。僕には金持友達がいる。その子の家では、代々職人とのつながりを受け継いでいるらしい。だから僕らが使う機械製のものじゃなくて、その子は人の魂が込められている感じのするものをいつも身につけている。
そういえば、あの海の向こうで青色に輝く建物たちは何なのだろう?ニュースの映像に映っていた、火星に向かう人たちを乗せた宇宙船。その機体に描かれていた絵と、同じものが見えた気がした。そういえば父さんってどんな研究をしているのだろう? 父さんの勤める大学は家から一時間で行ける。父さんの研究所がキャンパスの中にあるとは限らない。もしかして父さんの研究所はあそこにあるのかな?
そんなことを考えていたら、ブレスレットが振動し始めた。父さんからの電話だ。父さんとはもう一ヶ月近く会えていない。仕事が忙しくて、職場で寝泊まりしているらしい。それでもその仕事が好きみたいだ。そんなふうにのめり込める仕事って素敵だなと思う。だから、今は母さんと二人で暮らしている。父さんは毎日、欠かさず電話をしてくる。学校はどうか、母さんは元気か。いつも同じようなことを聞いてくる。
「もしもし、父さん?」
「ああ、エリオンか。今日はいい知らせがある。明日の昼には家に帰れそうだ」
「本当?」
父さんと一緒にご飯を食べられるのはすごく嬉しい。一週間前にあった学習発表会のビデオも一緒に見られる。この時代、母さんの撮ってくれたビデオをデータで送ることもできるが、父さんは研究で忙しくてどうせ見ないだろう。それに、電話では話しきれないことを、直接聞いてもらえる。父さんのニコニコした顔が頭に浮かぶ。電話の時、ブレスレットから映るホログラムでも顔は見える。それでも、直接会って見る顔はやっぱり違う。
「ああ、本当だとも。久しぶりにおまえと母さんと一緒にご飯を食べられる。楽しみだ。おまえの話もしっかり聞かせてくれよ。電話じゃ、少ししか話せないからな」
次回のあらすじ
外から見れば、どこにでもある企業のオフィス群。しかしその実態は大統領の隠れ家であり、膨大な記憶を抱えたAIに肉体を与え、脳がAIである人造人間をこの世界に送り出そうという研究が行われていた。




