第20話 制約
トアは「何から話せばいいんだっけ?」と思いながら、とりあえずトーマスや前皇帝ウィズダブラへ寝具を運んで、その際に賢者のものと思われる手記を手渡されたことや、牢屋番を助けたことなどから話し始めた。既にその辺りでもうお腹いっぱいだったリーニャは、リアやマゴットが襲われ、リアが連れ去られ、その背後にバール帝国やデイン大陸の者たちまでが関わっていることや、魔力封じの枷を試したというくだりになると、酸欠気味でぼーっとしてくる頭をブンブン振って正気を保つという動作を繰り返すようになっていた。
「……というわけでね、まだデインの人たち待たせてるから、ちょっと私の部屋へ戻るね」
「ちょちょちょちょちょ、ちょーーっと待った! 待ちなさい!!」
「あはははは、リーニャ、慌てすぎだよ!」
「私の反応が正常よ!! 貴女、仮にも自分を攫いに来た相手でしょ? しかも、呪術も使う得体の知れない相手じゃない!」
「ううん、ケイリュウさんとジキさんと……」
「そうじゃなくって! ああ~もうっ! ダメダメ、一人で行くのはダメよ。トアは、魔法は凄いけど、裏を読んだり駆け引きしたりは苦手でしょ?」
「うん、苦手……」
「じゃあ、私も連れて行って」
「えっ、危ないよ!?」
「ほらっ、やっぱり危ないんじゃない!」
「あー……」
いつもは無謀なトアも、この親友の前では歯が立たないのである。
結局、トアはリーニャも連れて行くことにした。
(まあ、ケイリュウさんたちはもう敵意もないし、大丈夫だと思うんだよね……でも、念のため……)
トアはリーニャに物理と魔法反射を付与した結界を張っておく。
——コンコン——
自分の部屋だけれど、一応ノックをして入ると、中の男達四人は瞬時に戦闘姿勢をとっていた。
「あ、驚かせた? ごめんね、私だよー」
そうトアが言うと、皆一気に顔つきが柔らかくなる。
「それから、この子は私の友達、リーニャ。一緒に付いて来たいって言うから連れて来たんだ」
「リーニャです」
リーニャは固い表情で挨拶をした。因みに、リーニャの侍女マルカも付いて来ると言ったのだが、リーニャがなんとか説き伏せたのだ。ただし、あまり戻りが遅いと来ることになっている。
「オドアイ様、リーニャ殿、つい警戒してしまった。すまない」
「大丈夫だよ。それから、私のことはトアって呼んでね」
「私のこともただのリーニャで大丈夫よ。そうそう、呼び方が気になったの。オドアイ様っ何のこと??」
「ああ、うん、なんかデイン大陸では私みたいな目の人の伝承があるんだって」
「それって、オッドアイから来てるんじゃない?」
「その瞳はこちらではオッドアイと呼ばれているのか……うん、そうかもしれないな」
ケイリュウがそう言うと、他の者たちも頷いている。
「それで、その伝承はどんなお話なの?」
興味を持ったリーニャがそう聞くと、ジキが語ってくれた。それによると、とある男性が突如デイン大陸に現れ、様々な知恵を人々に授け、時には難問を解決して民を救ってくれた。その男性は左右の瞳が青と紫でとても美しく、その男性が「オドアイ」と言ったことから、「オドアイ様」と呼ばれるようになったという。オドアイ様の隣には白い獣の眷属が付き従っていたと伝えられているそうだ。
聞き終わったリーニャは「そのオドアイ様もトアと同じように規格外な方だったのかしら?」と心の中で思った。
「ところで、貴方たちはもうトアのことは攫わないってことでいいのよね?」
「ああ、攫わない……」
ケイリュウがそう言うと、他の三人が心配そうにケイリュウを見る。
「その様子だと、トアを連れて行かないと何かまずいことがあるのね?」
「……」
「そう、それには答えられないってことね。じゃあ、質問を変えるわ。貴方たちの望みは何かしら?」
「……俺は、国へ帰りたい」
そうケイリュウが言うと、他の三人もコクコク頷いている。
「ここへ一緒に来たデイン大陸の人たちは、貴方たちだけなの?」
「……」
「そう。じゃあ、貴方たちはいつ国に帰れると思う?」
「分からない」
「じゃあ、最後の質問よ。貴方たちは人を殺したい?」
「「「「殺したくない!」」」」
それまでケイリュウが代表で質問に答えていたのに、最後は四人全員がそう答えた。顔には苦悩の表情が見て取れる。それを見て、リーニャが「ふぅ」と短く息を吐いた。
「トア、ちょっとこっちに来て」
いったん部屋の外に出ると、リーニャはトアに言う。
「あの人たちは、無理やりこの大陸に連れて来られて何かをやらされているみたいね」
「誰に?!」
「普通に考えるとバール帝国ね。だから……」
「私を連れて帰らなかったら、ケイリュウさんたちがひどい目に遭う?」
「その可能性はあるわ。それに、他にもこの大陸に連れて来られた人がいるみたいだけど、正確には分からないわね」
「本当に許せない……帝国はなんでそんなことしてるんだろう」
「帝国の計画はケイリュウさんたちからは聞き出せそうにないわね。あの首の制約がある限り」
「そっかぁ、じいちゃんが何か見つけてくれてるといいなぁ」
「そ、そうね……」
リーニャは「魔法連合の統括ベージェル様を『じいちゃん』なんて呼べるのは、世界中でトアだけね」と思うのだった。
とりあえずケイリュウたちに悪意がないことを実際に確認したリーニャは、少し安心した。
「マルカが心配しているから戻るけど、絶対に危ないことはしないでね。何かあったら相談して!」
「うん、分かった! あ、フロイスさんやハシルさんにも説明したいんだけど、時間がないから、リーニャに頼んでもいい? あと、牢へはここ数日、保存食運んでるけど、また温かい食事のお届けや、お屋敷への食材のお届けもすぐに再開するからって伝えて!」
「分かったわ。こっちのことは気にしないで。魔道具作製も出来ることは私たちで進めてるし」
「うん、有難う、リーニャ! 私も治癒の魔法陣用のピロウの薬草見つけたら集めておくね!じゃあ、またね!」
(「またね」って、まるで「また明日学校で」みたいな感じで言うわね、もうっ)
そう思いながらリーニャは苦笑する。
そして、トアはまたケイリュウたちを部屋に残すと、魔法連合のベージェルの部屋へ転移した。
「じいちゃん!」
「お、おお、トアか!」
「トア様~」
ベージェルの部屋にはマゴットもいて、二人は机の上に何冊か置いてある本を読んでいるところだった。
「デイン大陸の人の黒い模様のこと、何か書いてあった?」
「うむ。他国で捕らえた首に入れ墨のある者の記録があったんじゃ。どうやらあの模様は特殊な薬液で書かれておるようでのぅ……」
その記録によると、その特殊インクで術式を描くと、インクが体内の魔力回路まで浸透し本人の魔力を吸って、永続的に反射の魔法を発動するのだという。同じインクで上書きして模様を崩すと、効果は無くなるということだった。
「一生、魔力を吸い取られるなんて呪いみたい……」
「そうじゃな……今回のデインの者達の術式は、この記録の物に更に制約などの効果をつけておるんじゃろう。しかし、かなり高度な術式じゃ……高度じゃが悪意に満ちておる。昔のデイン大陸ではこのような物はなかったんじゃがのぅ……もっと平和で穏やかな雰囲気じゃった」
「じいちゃん、行ったことあるの?」
「昔だがのぅ……元々、デイン大陸の者達は『祝福』と呼ばれる一種の祈祷を得意としておったのじゃよ」
「『祝福』って聞くと、『呪詛』とは反対だよね……なんでそんなに変わったんだろう?」
「変わり始めたのは十五年ほど前かのぅ。そして、国も閉鎖的になったんじゃ」
「でも、ケイリュウさんたちは、普通の人に感じるんだよね」
「本来の穏やかさはまだ生きておるのかもしれん。今回のことはデインで何が起こったのか知る手がかりにもなるじゃろう」
「うん、それで、そのことなんだけど、やっぱり私、帝国に捕まろうと思う」
そう言った途端、泣きそうな目をするマゴットを見て、トアは慌てて付け足す。
「大丈夫だよ、捕まるフリをするだけだし! それに、ケイリュウさん達は制約で話せない上に、多分他にも連れて来られた人たちがいるから、これ以上何も情報は聞けないし。そうなると、やっぱりバール帝国の様子をもっと探らないといけないと思うんだ。首の入れ墨を誰が強制してるのかも気になるし……」
トアがそう話したところで、ベージェルの部屋のドアがノックされ叡智のメンバー、ビームス・トールが入って来た。
「あ、トア様もご一緒でしたか」
「どうしたんじゃ?」
「はい、魔法学校の校長テリウス殿から急報です」
「よい、ここで話せ」
「はっ。トア様の妹リア様を処刑すると帝国が通達してきたと……」
「え……」
あまりにも残酷な響きに理解が追いつかず、トアの顔は固まった。




