第15話 皇帝ダルーガの怒り
皇帝ダルーガ・バールの執務室では、蹴飛ばされた木彫りの置物が本棚のガラスの扉に当たり、ガラスが粉々に割れ散乱している。
ウェスリッド家から帰って来たダルーガは、両腕の痛みが引かず、頭には血が上っていた。
「なぜだぁ!!」
何度目になるか分からない怒りをぶちまけるが、その答えは出ない。そんなダルーガの執務室には、八つ当たりされるのを恐れ、しばらく誰も寄り付いていなかったのだが、ここで無謀にもドアを叩く者が現れた。
——コンコン——
「なんだ!」
「お取込み中すみません、陛下。各国に放っていました調査人から連絡が入りました」
「ああ、ラーラルか……何か重要な情報が得られたか?」
「気になる情報がありまして。最近、ルルド王国の貴族達の間で『銀髪の美しい少女』という言葉がちらほら聞かれるようなのです。それだけだと、特に気に留めないのですが、先日、魔法連合のベージェルを倒した後、銀髪の少女を見たという証言がありまして……」
「その銀髪は、その場で何かしていたのか?」
「いえ、私の部下が五名山中で死んでいるのが見つかった際、周囲の聞き込みを行った者が村人に聞いたようなのですが、遠目だったので銀髪の少女ということしか分からず……あと、例のルルドで流行らせた疫病の件でも、治療院で銀髪の少女が目撃されています」
「ああ、ルカッドが対応していた件だな……ふむ、銀髪か……」
そう言って皇帝ダルーガの脳裏に浮かぶのは、今日行ったウェスリッド家の当主の妻でウィズダブラの娘のフローリア・ウェスリッドのことだった。
「まあ、恐らく関係はないと思うが……ふん、まったく腹立たしい! そいつの出身は分かるのか?」
「ルルドの貴族の話では、魔法学校に所属しているようでした」
「そうか、ならばちょうど良い。いずれ襲う予定の学校だ。偵察がてら探って来い。そして、その銀髪かその家族を連れて来い!」
「承知いたしました」
筆頭魔導士であるラーラル・ダハンは、すぐに魔法学校へと出発した。
その後、魔法学校に着いたラーラルが銀髪の少女のことについて尋ねると、存外知っている生徒は多く、すぐに情報は集まった。しかし、空中に浮いていただのという荒唐無稽な話もあり、ラーラルは「子供の言うことだからな」とうんざりする。
(それにしても、生徒達が沢山いて騒がしい……生徒は寮で生活しているというし、ここでこれ以上聞き込みをすると目立ちすぎる。学校側に感づかれでもしたら、今後の計画にも支障が出るし、銀髪の少女を狙うのは得策ではないな……陛下は家族でもと言っていたな。ススリード王国の孤児院出身というのは多数の証言があったし、当たってみる価値はあるか? 孤児だと家族はいないかもしれないが、近しい者ならいるだろう。あいつらを連れて行くか)
そう思ったラーラルは、そのままススリード王国へと向かったのだった。
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リアは、久々の休暇を孤児院で過ごすことにし、とても楽しみに学校を出た。レスト子爵家で、部屋とは名ばかりの庭の倉庫を当てがわれてからは、ほとんど誰も倉庫を訪れない為、休暇で倉庫に戻る時も、勝手に行動することが多くなっていた。食事は倉庫の外に置かれている時もたまにあるが、無いことの方が多い。しかし、リアの元には親切な誰かから時おり物資が届けられ、その中に保存食や菓子もあったため、特にレスト家から食事が出されなくても支障はなかった。
学校の門まで行くと、そこに魔法連合から孤児院に派遣されているマゴットの姿があり、リアは駆け寄る。
「マゴットさん、どうしたんですか?」
「うふふ、リア様のお迎えに上がりました。本日は孤児院にいらっしゃると伺ったので」
「まあ! ありがとうございます!」
リアは自分で持つと言ったが、マゴットは細身ながら鍛えた腕でヒョイとリアの鞄を持つと、嬉しそうに歩き出す。
「皆さん、リア様のお帰りをとても楽しみにしていましたよ」
「私もなんです。やっぱりあそこが私の家だから」
そんなことを話しながら、貴族街や町の中心も抜け、郊外に差し掛かった辺りだった。ふいにマゴットが止まり、リアの鞄を地面に置くと、リアを背に庇い臨戦態勢をとった。
「マゴットさん、どうし……」
リアが言い終わらないうちに、ヒュンという風切り音がして何かが飛んで来る。マゴットはそれを短剣で払い落とすと、即座に呪文の詠唱を始めた。
驚きながらも、リアもすぐに風魔法の呪文の詠唱を始める。しかし、同時に物陰から四名の男達と、茶色いマントを纏った黒い長髪の男が出て来る。マントの男も、呪文の詠唱を始めたが、マゴットはその詠唱が正確な上に早いことに驚いていた。男はたちどころに土魔法の壁を作ると、マゴットが繰り出した火魔法と、リアの風魔法を両方防いでみせる。
「ほう、火魔法ですか……これはこれは」
自身に向けられたその言葉に、マゴットはキッと睨み返す。普段、孤児院では火事が起こったこともあり、極力自身の火魔法は使わないように配慮しているマゴットだった。火魔法が王家を象徴するということもあり、これまでも何かと面倒臭い見られ方をしてきた為、マゴットは魔法だけでなく剣も鍛えて生きて来たのだ。
マゴットは短剣から長剣に変えて構えると、冷静に男達を観察する。
(狙いはリア様だろう……しかし、この人数、それにあの男たちの首の模様……デイン大陸の者達か)
四人の男たちも剣を抜き、切りかかってくる。しかし、あまり剣には慣れていないのか、マゴットはギリギリで躱したり、受け流すことができていた。しかし、それを見ていたマントの男が舌打ちをすると、男たちに声を掛ける。
「お前たち、やる気はあるのか? もういい、アレを使え」
そう言われた男たちが怯むのが、マゴットには分かった——。




