第13話 包囲されたウェスリッド家
皇帝ダルーガの命により、ウェスリッド家には屋敷の周りに兵が終結し始め、それを窓から見ているフローリアや使用人たちには不安が押し寄せていた。
「奥様のことはトマリが守ります」
「トマリ、皆でなんとか生き延びましょう」
「ですが……」
「一体、何が起きたのでしょう。トーマスやお父様に何か変化があったのかしら……」
フローリアは自身の身も危険に晒されるかもしれない不安の中で、しかし、それ以上に過酷な環境を耐え忍んでいるであろう夫や父親を心配していた。
「あ、あれは……!」
「奥様! 窓からおさがり下さい。危のうございます。あの豪奢な服を着た方ですか?」
「ええ、あれは、ダルーガ皇帝よ」
「あれが、そうなのでございますね」
自分の主人たちを過酷な目に遭わせている元凶を見て、トマリの視線が厳しくなる。
皇帝ダルーガは、牢での出来事の怒りを抱えたまま、ウェスリッド家に来ていた。
「ウィズダブラの目の前に娘を連れて行ってやる。さすがの奴も、目の前で娘が拷問されれば吐くに違いない。それにしても、あの牢は何だったのだ! 開きさえすれば直接ウィズダブラを痛めつけられたものを! これまでは何かの役に立つかと思い生かしておいたが、もういい、ちょうど政変から十年の節目だ。娘を始めとして、ウィズダブラの血族は根絶やしにしてくれる! 兵たちよ、屋敷の者を全て連れて来い! 一人も逃がすなよ」
ウィズダブラの号令とともに、兵たちは屋敷へ突入し…………。
「奥様、何か変です。兵たちが門を開けようとしているようなのですが、なかなか入ってきません」
「えっ、門が古くて開かないのかしら?」
「どうなんでしょう…………あっ、今度は斧で壊そうとしています! ですが……」
「あらっ、本当ね、斧が弾かれているわ」
フローリアも窓に近づき、二人はその攻防をじっと見つめる。
それから五分ほどが経過した。
「……おかしいわね」
「……そうですね。しかし……喜ばしいですね」
「……そうね」
待てど暮らせど門が開く気配はなかった。痺れを切らした皇帝ダルーガが怒鳴り散らしている姿が見える。
「貴様ら、何をしている!? 何故こんな簡単な門が開けられないのだ!! 貴様らなまっておるのか!」
ダルーガは額に青筋を立てたまま、自ら斧をつかんで門へ進んだ。そして、思い切り振りかぶると、その剛力のままに斧を振り下ろす。
——ゴゥーーン——
とても良い音色が辺りに響き、同時にダルーガは腕の芯まで痛みが深く浸透し悶え苦しみだす。
「うぐっ……うっ……」
そのまま何も言葉を発せずにその場に蹲るダルーガを、兵士たちはなんともいえない表情で見つめる。普段から肉体の強さこそ正義であると公言している皇帝ダルーガに「大丈夫ですか」と声を掛けることは不敬な気がして、皆沈黙したのだった。しばらくして、声を掛けたのは、付き人のドルク・ジーカだった。
「ダルーガ様、どうしますか?」
「……もういい、とりあえず帰るぞ」
「はっ」
それを聞いた兵士たちはほっとして、足早に引き上げて行った。
「一体、何だったのでしょうね」
「うちの門、そんなに頑丈だったのかしら?」
「普通の門でしたけどねぇ」
こうして、ウェスリッド家の一同は事なきを得た。そして、今回のことで「皇帝も入れないんじゃ、このウェスリッド家にいる限り安全なのでは?」という根拠のない安心感が使用人達の間に広がったのだった。
ハシルは、その話を夕食の配達時にトマリから聞き、内心で「トアさんが、やってくれたのだ!」と思ったが、とりあえず「不思議なこともあるもんですね」と言うに留めた。戻ってからそれをフロイスに伝えると、大変驚き、その場にいてニコニコ話を聞いているトアに質問を始めた。
「トア、君がやってくれたんだね?? 一体、何をやったんだい? 皇帝の剛腕が弾かれるなんて!」
「ただの結界だよ! 反射もつけてないんだけど、多分、皇帝の力が強かったから、その反動で痛がってただけだと思うよ。自業自得っていうんだよね、こういうの?」
「ははは、『ただの結界』か! ああ、そうだよ、自業自得だ!」
「本当に、トアさんのお陰で、奥様も使用人たちも無事でした。感謝いたします」
「どうも有難う、トア」
「うん、おじいさんとも約束したからね」
**
腕が痛むのか、城までの帰り道に口数の少なかった皇帝ダルーガを横目に、付き人のドルクは、牢での出来事について考えていた。
(あの牢で鍵が開かなかった現象は、今のウェスリッド家の門が開かなかった件と酷似していた。そうだとすると、やはり人為的なもの……それも同じ者か組織の可能性が高いか? しかし、あのような作用はどの魔法属性にもない。魔道具なのか??)
ドルクは、この不安要素を解決しなければ、計画が上手く行かないと考え、もう一度ウィズダブラの牢へと戻ることにした。
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「◇▼〇〇×■……■■△?」
ウィズダブラは、牢に響いてくる足音とともに、ブツブツと言う声が聞こえたが、それがどの国の言語とも違う、これまで聞いたことのない音だと思い、不思議に思った。誰が来るのかと待っていると、それはダルーガの隣にいた男だと気付く。黒地に赤い模様の入った服を着たその男ドルクは、誰にも聞こえていないと思い小さく呟いたつもりだったが、十年余り地下牢で過ごしているウィズダブラは、常人より聴覚が鋭くなっており聞こえたのだった。
ドルクは、牢の前に来ると、黒い箱を取り出し何かをしては首を捻っていたが、しばらくすると立ち去っていった。
牢を去りながら、ドルクは腑に落ちないといった様子で首を傾げていた。
(おかしい……鍵を差そうとすると何か強固な物に阻まれている感じがするので、新しい素材で作製された防御壁か何かかと思い、それならば物理的ではない力をと、呪術を試してみたが、ウィズダブラに掛かった様子はなかった……対物理だけではないということか。しかし、防御壁にしても、ウェスリッド家全体を覆っていると仮定すると巨大すぎて現実的ではないし、見張りからも何かが行われたという報告も入っていない。一体、何なんだ……)
トアが『ただの結界』と称したそれは、ドルクの頭を激しく混乱させるのだった。




