第12話 ミラスのピンチ
皇帝に睨まれ、真っ白になりそうな頭を回転させたミラスは、ふと先日最下層の牢で嗅いだ良い香りのことが頭を過った。しかし——。
「いえ、特にありません」
「本当か? 嘘だったら、お前の家族もろとも牢獄行きだぞ?」
「はい」
ミラスは、その件を誰にも話すつもりはなかった。「誰にも何も言わない」と約束したことを違えるつもりはない。ミラスは誠実であるが頑固でもある。そして何より、ここの囚人たちが悪い人間とは思えなかったのだ。
(囚人の皆さんの方がよっぽど穏やかだし、あんな環境にも拘らず気遣いもしてくれる。こんなに悪意に満ちた視線を向けてくることもない……)
皇帝とはいえ、初対面の人間に脅しをかけてくる態度に、少なからず腹が立ってしまうミラスだった。
その後、その場から解放されたミラスだったが、皇帝は「囚人と馴れ合うなど、職務怠慢だ」と言い、所長やザットに向かって、ミラスに厳しい仕事をさせるよう命じたのだった。元々短気な皇帝ダルーガの八つ当たり先になってしまったことは、ミラスにとって不幸な出来事だった。
不機嫌な皇帝が帰ると、今度は苦々しい顔をしながらザットがやって来た。
「お前が余計に皇帝陛下の不興を買ったんだ。所長からの命令だ、こっちに来い!」
そう言われついて行くと、掃除用具などが入っている倉庫の前に来た。その扉を開くと、ザットはミラスの背中をドンと押す。
「ここに入って反省しろ!」
牢を掃除するための使い古した用具類が入っているこの倉庫は、換気もされないことから悪臭が漂っており、牢屋番達は用具出し入れの際も極力素早く出入りするようにしていた。光も差し込まない倉庫に外から鍵を掛けられ閉じ込められてしまったミラスは、次第に不安が募って行く。
(このままザット先輩が、忘れて帰ってしまったら……というか、故意にそういうこともするかもしれない。家で帰りを待ってる父さんや母さんが心配するだろうな。ああ、困った……)
暗闇の中、そう考えていると、突然後ろに人の気配がした。
「ヒッ!」
「あ、ああ、ごめんなさい! 私、トアって言います。助けにきました!」
「え、あっ、僕を助けに??」
「はい! 意地悪な人に閉じ込められたみたいだったので」
「うん、そうなんだけど……元からここにいたの? 君も牢屋番なの? どうやって分かったの?」
声から女性だと分かったミラスは、女性の牢屋番はいなかったと思いつつも、動揺してそんな質問をする。
「方法は……秘密だけど、貴方とここの人たちのやりとりを見ていたの。そしたら、何かひどい目に遭ってたから」
「そう、なんだ……あ、お礼言ってなかった! 来てくれて有難う!」
「うん! じゃあ、早速ここから出るけど、どこが安全かなぁ?」
「この近くだと……この倉庫の裏手は人が来ないので、そこに出られれば……でも、鍵を閉められてるから……」
「うん、大丈夫。じゃあ、ちょっと腕を貸して!」
「うん…………ぅうわぁ……」
何かよく分からない白い世界が一瞬目の前に広がったと思ったら、突然外の景色が広がった。
「あれ……出られた?? 君が……トアが、やったの? あれっ、トア?」
「あ、いるよ~、ごめんね、見えないと思うけど、見つかると面倒だから!」
「いるんだ?! すごいね、見えないよ! もしかしてトアは魔法が使えるの?」
「うん」
「あっ、じゃあ貴族様だっ……でしたか?」
「違うよ、だから普通に話して」
「あ、そうなんだ。とにかく、どうも有難う」
「こちらこそ、あの最下層での秘密を言わないでくれて有難う」
「あっ、もしかして、あれもトアが関係してるの?」
「ニシシ……うん」
「そっか、うん、分かった。全部秘密にする。約束するよ。だから、僕がいる時は自由に行動して。なんか、牢屋番失格かもしれないけど、僕はここの囚人さんたちが悪い人には思えないんだ」
「そうだね、悪い人たちじゃないと思うよ。だけど、それを言うと多分ひどい目に遭うから、言わないように気を付けてね」
「うん、言わないようにする。トアも気を付けてね! あ、言ってなかったね。僕の名前はミラス」
「うん、ありがとう。ミラスみたいな良い牢屋番さんがいてくれて良かった。もしかしたら、力を借りたいことも出てくるかもしれないから、その時は相談させてもらっていい?」
「もちろんだよ」
「じゃあ、行くね!」
「ありがとう、また!」
こうして、ミラスは危機を脱したのだった。
昨日、ウィズダブラから本を預かったトアは、食事を配布した後、待っていたフロイスとハシルの元に戻り事の経緯を話した。とても驚いた顔の二人だったが、本が価値の高いものであると知ると、二人ともウィズダブラの身を案じた。トアもウィズダブラのことが心配だった為、今日は遠視で牢を見ていたのだが、皇帝ダルーガが不機嫌な様子でミラスを呼び出した辺りから、透明化して近くに転移し会話を聞いていたのだった。そして、ミラスが昨日のことを皇帝に話さなかったことで、トアの中でミラスへの信頼度も上がった。
倉庫から出たミラスは、驚くザットの前に何食わぬ顔で現れ「偶然立ち寄った牢屋番が扉を開けた」と言い、特に詮索されることなくやり過ごした。
(いつか僕が役立てることがあるかもしれない。この恩を返すためにも、ここで目を付けられずに粛々と仕事をしてその時に備えよう……)
ミラスは新たな使命を胸に、立ち回りに気を付けて仕事をすることに決めたのだった。




