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トア・リア物語~双子の妹は姉を助けるため無自覚に無双する~  作者: 河童紀心
第四章

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第9話 牢屋番ミラスの交流

 

 翌朝、トーマスもウィズダブラも久々に温かさの中で目覚め、あまりの心地良さに、なかなか起きられずにいた。寝ぼけた頭で、身の回りにまとわりつく柔らかい物は何だったか……としばし考え、昨夜の出来事を思い出した二人であった。

 多少寝坊したものの、今日は新人の牢屋番が入り手間取っていたため、食事の配布もまだだった。



 新人の牢屋番ミラスは貧しい平民で、両親を養う為に牢屋番になった。仕事にありつけたことを幸運だと思っており、初日の今日、はりきって朝から食事の配布を習っているが、覚えることも多く、時間がかかっていた。


「おい、ミラス! 早くこっちも配れ、遅いぞ!」

「すみません、スープがこぼれてしまいそうで」

「そんなもんこぼれてもいいんだよ! 誰も文句は言わねーよ」

「しかし、ただでさえ少ないので……」

「チッ! じゃあ、あとは一人でやれよ! ここに置いておくからな」


 そう言うと先輩の牢屋番ザットは、スープの入った大鍋を置いて行ってしまった。

 その後、時間はかかったものの、やっと最下層の奥の牢まで辿り着いたミラスは、牢の奥に向かって話しかけた。


「すみません、いつもより遅くなってしまいましたよね……本日から牢屋番となりましたミラスです」

「…………ありがとう」


 牢の奥の方から、そう言う声が聞こえてきた。

 ミラスは一通り食事を配布してみて思っていた。


(牢に入れられているのは元貴族の囚人達と聞いていたけれど、返事が返ってきた人たちは平民の僕にも普通に接してくれている……むしろザット先輩より丁寧だ……)


 その日から、ミラスはザットがいない時は、囚人たちになるべく積極的に話しかけるようになっていた。


 約十年ほど前に起こった帝国の政変時は、貴族の中でさえ情報は錯綜した。混乱の中、新皇帝の座に就いたダルーガは、前皇帝一派を城の地下牢に投獄し、噂や情報を巧に操作し歯向かう者は粛清した。前皇帝についても捕らえたことしか公にしておらず、地下牢にいるのが前皇帝だと知る平民はいなかった。最初の頃は、ミラスのように囚人と会話をする中で、そのことを知り得る者もいたが、それが分かるとその牢屋番は突然いなくなることから、元々温厚で善良な貴族である囚人たちはその意味を悟り、自ら話さなくなっていったのだった。

 しかし、もう十年も経ちその頃ほどピリピリとした空気はない。その為、囚人たちもミラスと話せるようになっていた。


 初日以降、ザットは食事の配布をミラスに任せるようになっており、ミラスも進んでそれを引き受けていた。


(ザット先輩は意地悪だし、食事の配布の時は離れられるからいいや。それに、囚人の皆さんとの会話は楽しいし……)


 囚人の中には話せない者も多くいたが、話せる者は、ミラスに悪意のないことが分かると、次第に外の様子などを聞きたがるようになった。他愛もない雑談だが、ミラスもその会話を楽しんでいた。


(本来なら自分なんて貴族の方々とはお話できないもんな……やはり貴族の方々の話し方は美しいなぁ)


 そんなことを思いミラスは今日も最下層の奥までスープを運んで来た。いつものようにスープを配り、そこではたと思う。


(そういえば、一番最下層で奥にも関わらず、この辺りはあまり臭くないなぁ)


 かなり臭い場所では口で息をすることもあるが、囚人と話す為、鼻でも呼吸をしていたミラスはそう気づいた。そして、改めて鼻呼吸をしてみる。


 ——スンスンスン——


(うん、やっぱり臭くない……あれっ? というかこれはいい匂い??)


 何故かとても美味しい香りがした気がして、ミラスは自分が持って来たスープの鍋の匂いを嗅いだ。


(やっぱり違う。このいい香りは、ふんだんに香辛料が使われている匂いだ!)


 そう気が付くと、ミラスは聞かずにはいられなくなった。


「あの……このいい香りは何ですか?」


 そう聞くと、いつもなら短くても返事が来る奥の牢からは沈黙しか戻ってこない。


「あ、あの、誰かに話そうとかそういうのじゃないんです。ただ、何だろうって気になってしまって。変なこと聞いてしまったようで、すみません! また来ます。あっ、もちろん誰にも何も言いませんから!」


 そう言って去って行くミラスを、ウィズダブラはヒヤヒヤしながら見ていた。


 一方、牢の隅にはまだそこにいたトアが、これまた驚いた表情で立っていた。

 勿論、ミラスが牢に来る前に透明化しているのでミラスからは見えていないのだが、初めてスープの香りに気付かれたのでびっくりしていたのだった。


(あの人、新人さんかな?)


 そう思ったトアは、その後のミラスの行動が気になり、その後しばらく遠視でミラスを観察してみることにした。


 トアが観察した限りでは、ミラスは特に牢屋番仲間にこのスープの件を話してはなさそうだった。会話までは分からないものの、特に牢屋番仲間が怪訝な表情をする場面もなかったからだ。印象的だったのは、空き時間は囚人たちと楽しそうに会話をしていることだった。


(これまでの牢屋番とは違うみたい……)


 そう感じたトアは、念のため今後は匂いが漏れないように牢に結界を張り、フロイスやハシルともその情報を共有しておいたのだった。



**

 ——トントン——


「ダルーガ様、よろしいですか?」

「ドルクか、良いぞ。入れ」

「少し、お見せしたいものがございまして……」


 皇帝ダルーガ・バールの執務室に入って来た付き人のドルク・ジーカは、そう言うと一冊の古めかしい革表紙の本を見せた。


「何だこれは?」

「はい。実はダルーガ様の寝室の裏側から見つかりました」

「お前の手の者によってか?」

「はい。ご命令通りに城の隠し部屋や通路を探らせている者たちからの報告です」


 政変によって皇帝の座を得たダルーガ・バールは、元々は軍部のトップにいた。肉体の力による武力を重んじるダルーガは、あまり政治的なことには詳しくなかった。その上、主だった当時の重鎮達は前皇帝派で、投獄してしまった為、本来、帝国皇帝が知るはずのもので未だ継承されていないものもあった。例えば、城の隠し部屋や通路などもそうだ。軍部のトップであったダルーガは一般的な隠し部屋や通路の類は知っていたが、皇帝のみに継承されてきた秘密の部屋や通路については分からなかった。その為、ドルク・ジーカが率いる部隊に探らせていた。


 本を数ページペラペラと捲った皇帝ダルーガの手が止まる。


「これは何だ? 何も書いていないではないか?」

「はい、我々にも空白のページにしか見えないのですが……ただ、見つかった場所が皇帝の隠し部屋と思われる場所でして……」

「そうか、確かに気になるな。他に何かあったか?」

「後で見ていただきたいのですが、その本以外には特に何も目ぼしいものはありませんでした」

「そうか」


 その後、実際にその部屋を確認したダルーガは、そこに何もないことが分かると「ふん、牢まで行かねばならんか」と呟いたのだった。


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