第7話 牢屋改革
トアは、ルルド国内での疫病への対応や魔道具作製の傍ら、一日二回はフロイスやハシルに協力して、バール帝国の地下牢へ食事を運び続けていた。
忘れないように、リーニャ達にも決まった時間になると教えてと伝えている。最初は皆「そんなこともしているの?!」「危ないよ!」「えっ、僕も引っ付いて行っていい?」と心配(?)してくれたが、もう慣れたようで、最近ではお使いに送り出すくらいの感覚で「いってらっしゃ~い」と作業をしながら声を掛けてくれる。
今日も昼前になり、リーニャがトアに声を掛ける。
「リア、そろそろ時間ね」
「あ、本当だ。じゃあ、ちょうどキリもいいし、行ってくるかな!」
「いってらっしゃい!」
そうして、いつものようにハシルが滞在している宿へと転移した。以前は、恐らく宿帳からハシルの出身国が帝国だと知った怪しい人間が、ハシルを訪ねて来たことがあったので、それ以来ハシルはススリード王国出身ということにしていた。
「あ、トアさん! 今日も来てもらって有難うございます」
「やあ、トア。忙しい時なのにすまないね。いつも有難う」
ハシルとフロイスが急に現れたトアにも、もうすっかり慣れた調子でそう言う。
「大丈夫だよ、すぐだから。それでね、前々から考えていたんだけど、ちょっと牢屋の環境を改善しようと思うんだ」
「改善??」
「掃除をするということですか?」
フロイスとハシルは少し驚いた調子でトアに聞く。
「うん、掃除も含めてかな。とにかく牢屋は汚いんだよね。今、疫病の治癒で治療院を回ってて思うんだけど、治療院は患者さんの病気がひどくならないように、どこも綺麗にしているの。だから、牢屋もせめて綺麗にして、あと、できることなら寝る場所ももっと快適にしてあげたいんだ」
「トア……有難う。その気持ちが嬉しいよ。でも、牢はかなり汚れているだろうし、大型の物資を運べばさすがに見つかって怪しまれるだろうしな……」
フロイスはトアに感謝しながら、それは難しそうだと腕を組んで考える。
「うん、それについて考えたんだけど、地面にマットを敷いて透明化の魔法をかければいいかなって。よく見れば、身体が浮いて見えるかもしれないけど、牢は暗いし、特に奥の方なんて何も見えないから大丈夫だと思うんだよね!」
「透明化?! そんな魔法もあるのかい!?」
フロイスもハシルも、トアの魔法にはこれまでも驚かされたが、今回も目をパチクリさせている。実際にトアが自分に透明化を掛けて実演して見せたら、二人とも目をキョロキョロさせ、再びトアが二人の目の前に現れると「「わっ!」」と声を上げていた。
その後、ハシルのベッドに敷いてあるマットを透明化してみたりした結果、いけそうだということになった。マットはハシルが屋敷に沢山余っているということで、古いものだし全部使って良いとフロイスからも許可を得て使うことになった。
「じゃあ、ハシルさんだけ先にお屋敷に転移してもらうね」
「はい、トアさんが来る夕方までに準備しておきます。例の台所に来てください」
段取りが決まると、とりあえず昼間は牢屋へ食事の配達のみを行って、夜間にマット搬入を実行することにしたのだった。
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夜の地下牢は寒く、身体が慣れていない最初の一年は誰にとっても特にきつい。冷えで命を落とす者も多かった。最初の頃は夜になるとすすり泣きがよく聞こえてきたものだが、もう聞こえない。生きていても、気がおかしくなっていたり、とっくに諦めの境地でただ虚ろに死を待つ者など、様々だった。
静寂が支配し始める時刻になり、以前はなるべく体力を使わないようすぐに眠っていたトーマスだったが、最近はそれが変化していた。
いつもと同じように、トーマスの周りの空気が揺れた。
(ああ、今日も来てくれたのか……)
スープの良い香りがしてトーマスの瞳が揺れる。喉を切られて声が出せず礼も言えないことを歯がゆく思いながら、今日も感謝してスープをいただこうと思ったが、いつもはすぐに消えてしまうその人物が、今日はまだいる気配がして、トーマスは「おやっ」と思う。すると、すぐ耳元で声が聞こえた。
「今日はマットを持ってきました。ちょっと待っててくださいね」
トアはそう小さな声で言うと、浄化魔法を掛け牢を綺麗にし、収納袋からマットを取り出して牢の奥に敷いた。
「よしっと! こっちです」
そう言うとトアは、トーマスの腕を掴んでマットを触らせた。
マットに触った途端、トーマスはその感触にビクッとして手を引っ込めたが、また恐る恐る触る……。
(な、なんだこれは……マット? マットと言ったのか?? それに、こっちの柔らかいものは!?)
トアが先刻立ち寄ったウェスリッド家では、ハシルが張り切って用意した寝具が台所に集められていた。昔は客人も多く訪れる家だった為、そういった物は沢山あるとのことだった。その為、マットだけでなく枕や毛布、羽毛布団など色々持って来られたのだ。
とりあえず、マットに枕、毛布に羽毛布団と一式をセットしたトアは満足だった。トーマスに近づいてヒソヒソと伝える。
「これで寒さはだいぶ防げると思います。まだ快適とは言えないけれど。それと、この寝具は透明になっているし、奥の暗い所に置いてるから見張りの人が来ても見えないと思うから大丈夫です。じゃあ、また明日きますね!」
そう言って去ろうとしたトアを、トーマスは慌てて腕を掴んで引き止める。
「ぅわっ、どうしたんですか?」
「……」
礼を言いたかったトーマスは、自分の声が出ないことに改めて気づかされる。暗闇の中、見えるかどうかは分からなかったが、手を胸に当てて礼をした。
トアはかろうじて見えるしぐさで、トーマスが感謝しているのだということが分かった。そして——。
「おじさん、もしかして……声が出せないの?」
トアが心配そうな声でそう聞いた。




