第6話 秘密!
トアがルルド王国各地の治療院を回るようになってしばらく経った頃、バール帝国の皇帝ダルーガ・バールの執務室からは、怒鳴り声が響いていた。
「なんだと? ふざけているのか貴様!?」
「いえ、各地に放っている諜報員からの情報が一致しております」
「ではなにか? ルルドの聖女なる者が空中を飛び回り、得体の知れない術で病人を治していると??!」
「からくりは分かりませんが、空中から何かが行われているのは事実かと思います」
「魔法でやっているだのと馬鹿げたことを言うのではあるまいな? 魔法など取るに足らん威力しかない! 近くで何者かが広範囲に薬か何かをばら撒いておるのだろう! 至急、その者を排除して来い!」
「はっ」
執務室を後にした黒ずくめの男ルカッドは、不機嫌な顔をして廊下を歩く。
「まったく、皇帝は未だに筋肉至上主義だ。この世には目には見えない崇高なものが存在するというのに……まぁ、今回の件は俺も目に見えない力だとは思っていない。ルルド王国にそんな力はないだろう。しかし、からくりが分からないのは腹立たしい……」
同時多発的にルルド王国内で起こした疫病は、思ったほど広まらず、ルカッドは焦っていた。
「デイン大陸の者達の様子も見がてら、ルルドの様子を確認するか」
そう言うとルカッドは、フードを被りルルド王国へ向けて出発した。
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トアがルルド王国の各地を飛び回っている頃、魔法学校では常駐医師のピーコロが、配布された治癒の箱を手に、室内を跳ね回っていた。
「なななな、なんて素晴らしいんだ、この魔道具は!! 一体全体、何がどうなればこんな物が作り出せるんだ?? これを作った者は世界を変えたと言っても過言じゃない! この箱が広まれば世界中の平均寿命が劇的に変わる。人は、延びた寿命の分、経験値が増えるんだ。人の歴史の変化が世界の歴史を変えるんだぁああ!!」
「…………ピーコロ先生、分かりました。もう何度も聞きましたから、そろそろ、その魔道具を手放してくれませんか? 先ほどから、生徒さんが鼻水出して待ってます……」
助手のミケーは、ここ数日で何度目かになる言葉をかけた。確かに、今回疫病の発生に伴い、緊急で支給されたこの魔道具は、こんな簡単に配布されているのが信じられないほど、素晴らしいものだった。
(疫病といえば、最近よく聞く『ルルドの聖女』も気になるわ。正体は分からないけれど、疫病の流行を押さえているのは確かみたいなのよね……)
ミケーはそんなことを考えたが、この話題を投下するとピーコロが更に興奮すると思い言うのを止めたのだった。
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ルルド王国に到着したルカッドは、現地の諜報員の情報から、どうやら「ルルドの聖女」と呼ばれる人物もしくは事象は、各地の治療院で起こるということを知った。そして、まだルルドの聖女が現れていない治療院を聞くと、すぐに数名の部下を連れてそこへと向かったのだった。
夜間に治療院近くで待機していたルカッドは、静まり返る夜の空気の中、突然、治療院の中から騒めきが聞こえてきて眉間に皺を寄せる。
(見張っていたはずだが、もしや患者に紛れて既に中に居たのか?)
そう思い急いで治療院の中へ入ったのだが——。
「な、なんだ、あの光は!??」
治療院の大部屋の天井近くには発光体が浮遊していた。
「お、お前たち、いいから呪機を構えろ!」
ルカッドに言われ、部下は呪機と呼ばれるデイン大陸由来の棒状の武器を構えた。
しかし——。
「あ、あれっ、消えました!」
「そんなわけ……なに? どこにいった??」
「部屋にはいないようです」
呪機で狙いを定めようとした途端に、発光体は消えていた。
その後、別の治療院でも待機していたが同様の結果で、発光体の正体はおろか、患者が治る仕組みも掴めなかった。
(おかしい……どういうからくりなんだ? 何か未知の動物か?)
このままでは同じことの繰り返しだと感じたルカッドは、作戦を変え、ルルド王国全体で他に異変はないかを諜報員たちに当たらせることにしたのだった。
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ルルド王国内の治療院を回る合間に、度々魔法連合を訪れてベージェルの様子を聞きにきていたトアはこの日、魔法連合の医師から「ベージェル様が目を覚まされました。お会いになれますよ」という報告を聞き、喜び勇んでベージェルの面会に向かった。
ベージェルが倒れて運ばれてから初めての面会に、トアは嬉しさとドキドキが入り混じる。
——コンコン——
「どうぞ」
「じいちゃ……あ、あれーっ?? ごめんなさい! 私、部屋を間違え……」
「トアよ、間違えてないぞ。じいちゃんじゃよ」
「え……ぇええーっ? じいちゃん、髪、髪!!」
「ふふふふふ、なんか起きたら黒々となっとったんじゃ! トアが一番いい反応じゃわい!」
ツルツルだったベージェルの頭は、今や黒く細い巻き毛で覆われ、綿のようにモコモコしていた。口の周りも同様の髭に覆われ全体的に真ん丸いフォルムになっている。その上、肌はツヤツヤになっていた。
「でも、なんで髪の毛が生えたの??」
「それをトアが言うかのぅ。まあ、いい……それはの……トア、こっちに来るのじゃ」
そう言われ、ベージェルのベッド脇に行くと、ベージェルにぎゅっと抱きしめられた。
「トア、じいちゃんのことを救ってくれたそうだのぅ……ほんとうに……ほんとうにありがとう」
それを聞いた途端、トアの心の中から感情が溢れ出てきた。
「じい……ちゃん——じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん!! 生きてて良かったよぉ! 私、どうしようかと思った! 絶対に嫌だった! そんなことさせないって思って……こ、こわかったぁ!」
わんわん声を出して泣くトアの背中をさすりながら、ベージェルは「ありがとう。もう大丈夫じゃ」と何度も繰り返すのだった。
(この子にまだそんな経験をさせてはならんのじゃ)
ベージェルは静かに己を律する。
しばらくしてトアが落ち着くと、ベージェルは自身の髪の毛についての推測をトアに語った。
「……というわけでのぅ。はっきりは分からんのじゃが、じいちゃんの髪が活性化したようでの。トアが治してくれた時の影響以外考えられんのじゃよ」
「そうなの!? あの時は必死で、とにかく『元気になれ』って思ってたんだけど?」
「それで髪も元気になったんじゃな」
「あはは、そっかあ」
「そんなこともあるんじゃのぅ。でも、これはトアと儂の秘密じゃ。皆がうらやましがるでの」
「うん、秘密! あはははは」
その時、魔法学校の校長テリウスは、自室でくしゃみをして一人呟いていた。
「はて? 誰か噂をしたかな?」




