第5話 ルルドの聖女
「じいちゃん、いるー?」
そう言いながら、トアは魔法連合の最上階にあるベージェルの部屋に入って来た。今日は魔道具の進捗状況などを話すことになっていたのだ。しかし、ベージェルの姿は無く、代わりに机の上に美味しそうな菓子が置いてあるのを見つけた。近付くと、そこにはトア宛のメッセージが添えられている。
「わぁ、私にくれるって書いてある!」
メッセージには、少ししたら戻るので、菓子でも食べて待っててほしいと書いてあった。
目をキラキラさせて、可愛らしい包みを開き菓子を食べていたトアは、ガラス張りの部屋から外を眺めていたのだが、そこで異変に気付く。
「あれっ、何か遠くで火花が散ってる??」
急いでガラスに近づき遠視を使って見てみる。
すると、魔法連合の魔導士達が見えた。
「え、戦ってる……? じいちゃんもいる!!」
トアが見たのは、白いマントを着た魔法連合の叡智のメンバーが、黒い装束の集団と戦っている所だった。叡智のメンバーは魔道具の杖を使って黒い粉を放ったり、それが燃えて火花を散らしたりしていた。善戦しているように見えたが、そこから少し離れた茂みから突如、五つの黒い煙のようなものが放たれた。それは以前見た呪いに似ており、一人の人物に向かって行った。
まるで、スローモーションのように、それはトアの目に映った。一斉に茂みから放たれた黒い煙がベージェルの全身を覆い——。
ベージェルが膝から崩れ落ち……まるで小枝のように地面に転がった——。
ベージェルが崩れ落ちるのと、トアが転移するのは、ほぼ同時だった。そして、敵はベージェルが崩れ落ちると一斉にいなくなっていた。
その場にいた叡智のメンバーであるビームス・トールは、すぐにベージェルの元に駆け寄り状態を確認するが——。
「これは……もう……」
ベージェルの目から光が急速に失われ始めていた。ビームスは唇を噛み、拳を握る手は悔しさでぶるぶる震えている。他のメンバーも同じだった。どうしようもない残酷な結末が全員の心に浸透していく——。
「どいて」
その声にビームスがはっと顔を上げると、そこにトアが立っていた。オッドアイの瞳は涙を湛えながらも、ぐっと見開かれている。ビームス達がすぐに離れると、トアは片手をベージェルに翳し、もう片方の手はベージェルの身体の周りから何かを千切るような動作をし始めた。
「……いちゃんは……じいちゃんは……絶対に死なせない………絶対に……」
そう呻くように絞り出すトアの声が静かに響く。
ビームス達には、トアの全身が光り輝いて見えていた。誰も声を発することもできず、その光景をじっと見続ける。誰も微動だにせず、ただ重苦しい空気の中立っていた。
ベージェルの身体から剝がされた黒い靄は森の方へ飛んでいくが、トア以外にそれが見える者はいない。
その動作が三十分ほど続いた頃、トアが言った。
「じいちゃんを、安全な場所で休ませてあげて」
叡智のメンバーはそっとベージェルに触れて確認する。
「くっ……生きて……生きてる……ぐふっ…………」
ビームスはそう言って泣き崩れ、皆も涙を流す。
「トア様……ありがとう……ありがとうな!!」
ビームスが涙声でそう言うと、トアの目からもポタポタと涙が滴り落ちる。
「じいちゃん、失わなくて良かった……良かったよぉ……こ、こわ……かったっ!」
ベージェルが倒れるのを見た時、黒い煙の威力がなんとなく分かってしまった時、トアの身体に絶望が走り抜けた。しかし、トアはその心に抗って希望を信じた。細い命の光を掴んで離さないように、膨大な魔力を繊細に操り、ベージェルの命の消滅に抗った。消えていくスピードを凌駕する治癒を掛けながら、ベージェルの身体に絡みついた黒い煙を引き剝がしていった。そして、トアの執念が勝ったのだ。
ベージェルはその後、魔法連合に運ばれ手厚く高度な医療を受け容態は安定した。トアは魔法連合に戻って来ると、緊張の糸が切れたのか珍しく疲れを感じ、ビームスが案内してくれた部屋のベッドで深い眠りについた。
戦闘が行われた森一帯は、広範囲に念入りに調査された。その結果、そこから山一つ分ほど離れた場所で、五名の人間が死んでいるのが見つかった。目立った外傷は見られなかったが、持ち物からバール帝国の者だということが分かる。トアの報告により、恐らく返された呪いによるものだろうと推測された。
ひとまずベージェルの回復も順調ということで、落ち着きを取り戻したトアは一度、魔法学校の寮に戻ることにした。今は学校が休暇に入っているので、自由に行動できているのだ。しかし、寮に戻ったトアはドアにリーニャからの伝言が貼ってあることに気付いた。
——今すぐカミドさんのところに来て。リーニャ——
トアはすぐにカミドの薬草専門店へと転移した。
いつもの魔道具作製部屋に着いたトアは、真っ先にルミオンに声を掛けられた。
「トア! よかった、やっと来てくれた!! 大変なんだ、魔道具が足りない!」
「え、ええ? あれだけ作ったのに?? どうして?」
「また疫病が流行ったんだ。しかも、今回は色んな場所でいきなり! それで、ルルドの王様からも発注が入ったし、色んな町の商人も噂を聞きつけて買いに来てるんだ。もう在庫も底をついて、カミドさんは慌てて材木店に材料を買いに行って、それでも足りないだろうから、リーニャは本国の材木屋に聞きに行ったり、ミードル先輩もピロウの薬草を集めに奔走してるんだ」
「そんなに大規模な疫病なの?!」
「うん……でも、材料が揃っても、そこから製作に入るし疫病の蔓延を止められるかどうか……」
そう言うと、ルミオンは心配そうに俯く。トアも何か良い手がないかと思案し始めた。
「もう、手っ取り早く私が回って治癒魔法掛けて来ようかな……」
「え、一人一人回るっていうこと?」
「ううん、治療院とか大勢患者さんがいる所に転移して広範囲に治癒魔法掛けるのがいいかなって思うんだ」
「広範囲?? そんなことできるの?」
「うん、以前動物で試したらできたから、多分大丈夫。魔力や時間がどれくらい必要か分からないけれどね」
「じゃあ、父さんに各都市の治療院の地図がないか聞いてみるよ!」
「うん、お願い。ただ、絶対にそれだけじゃカバーできないから、同時に魔道具作製も進めよう」
「そうだね。ミードル先輩経由でそのことも王様に伝えてもらえたらいいね。でも、あまりトアが目立つのは良くないよね。リーニャも心配しそう」
「うん、それについては、透明化すればいけると思う。ちょっとやってみるから見てて」
そう言うと、トアは自身の身体が透明になるのをイメージしながら魔力を全身に漲らせる。
「わわっ! すごいね、それ。なんか、トアがだんだん薄くなって背景と同化した感じだよ!」
「そう見えるんだ? じゃあ成功かな……ちょっとこの状態で治癒魔法使ってみるね」
そう言ってトアが治癒のイメージで魔力を掌から放出する。すると、ルミオンの興奮した声が聞こえて来た。
「わぁ! トアの手なのかな? その部分が光っているよ! ほわっとした光でなんか綺麗だよ!!」
「そっか、光って見えるんだ。でも、私の姿は見えないから、まぁいっか!」
それから皆が店に戻って来ると、トアとルミオンは二人で相談した内容を話した。案の定、リーニャはトアのことを心配したが、トアが透明化して見せると「ふぅ」と諦めた表情をして了承してくれた。
ミードルが父ケーニス・ココルト財務大臣にこの計画を伝えたことで、ケーニスから国王ミカルダスへもすぐに話が伝わり、国王から各都市へ迅速に連絡が行われた。それにより、患者は治療院へ集められ、トアは効率よく治癒魔法を掛けることに成功する。広範囲に治癒魔法を掛けていた為、トアは全身が発光していたらしく、その存在は「ルルドの聖女」と呼ばれるようになった。
なお、その噂はリーニャの耳にも入り「やっぱり、そんなことになると思ったのよ」とぼやくリーニャであった。
しかし、広範囲に広がった噂はルルド王国を越えて、バール帝国にまで届くこととなる——。




