第2話 不穏な勢力
孤児院放火の首謀者として投獄され、一生獄中生活が決定しているススリード王国の側妃カーラは、投獄されてから一か月ほど経つが、今日も看守に悪態をついていた。ススリード王国では、貴族と平民で牢屋は分けられており、貴族用は平民用に比べて若干、部屋の広さや窓が大きいが、食事は同じものが出されており、カーラは今日もそのことで朝から騒いでいるのだった。
「いつになったらマシなパンを持ってくるの? 私がここから出たら、真っ先にお前をクビにしてやるわ!」
しかし、牢屋番は欠伸をしながら、それを聞いていた。
(あの元気もいつまで続くことやら……これまでの最長記録は一年半年だったか……)
最初威勢のいい囚人も、一人で考える時間が増えるうちに、段々と「ここで騒いでも無駄」だということを学んでいく。多少の違いはあれど、平民も貴族も同じように扱われる毎日を過ごすことは、貴族だった者にとっては屈辱でしかない。しかし、制限された生活と、時間という何よりも重い罰が、徐々にだが確実に個々に変化をもたらすのだった。
しかし、カーラはまだここへ来て一か月、まだまだ変化するには至っていない。
「何か、書く物を持って来なさい! 私がお兄様へ手紙を書くわ! 早く、こっちに来なさい!!」
(あ~、煩いなぁ。それにしても、今日はなんだか眠い……このままじゃ本当に寝てしま……う…………)
牢屋番は凄まじい眠気に抗えず、カーラが叫び続けている中、意識を失ってしまう。
それを見計らったかのように、フードを被り黒ずくめの衣装を着た男が牢屋番の近くに現れた。
男は、牢屋番が起きないのを確認すると、奥のカーラの牢へと近づいて行く。
「カーラ様ですね……」
「そうよ、貴方は?」
「私は、ルカッドと申します。ある方の命で動いております」
「誰の命なの?」
「それについては、今は明かせません」
「まあ、いいわ。それで私に何の用かしら?」
「先ほど言われていた、カーラ様のお兄様への手紙の件ですが、是非、私に届けさせてください」
「それは助かるけれど……ちゃんとお兄様へ届けられるのかしら?」
「勿論です。兄君のガルマ様からお返事ももらってきましょう」
「そう、それなら頼むわ。ここの者は誰も使えないんだから!」
そう言うと、カーラはルカッドが渡した便箋に手紙を書いた。
**
ルーラル・アラキス魔法学校にある教員用の自室で手紙を読んでいたガルマ・バルザンは、その手紙をグシャグシャと握り潰すと、憎らしそうに頬を引きつらせた。
「なんということだ……妹が、カーラが……」
そのまま、あまりの怒りに言葉も出なくなる。
そんなガルマを心配そうに側で見ていたダストンが声をかける。
「伯父上、母上はどうなったのですか? その手紙は誰からのものですか?」
一瞬、甥であるダストン・ススリードにこのことを話すか躊躇したガルマだったが、知らせないわけにもいかないだろうと話すことにした。
「ダストン、残念だがカーラは……投獄された」
「そ、そんな!!」
「ダストン、お前が言った通りだった。今のススリード王国は何かがおかしい」
「伯父上、ご理解いただけて嬉しいです! なんとか母上を助けましょう!」
「そうだな、しかし厄介なのは、王家よりも魔法連合だ」
「伯父上もあんな組織を恐れるのですか?」
「ああ、私も父から聞いたことだから、恐れるべきだと思うのだ。しかし、手が無いわけでもない。この手紙を届けてくれた者、確かルカッドと言ったか?」
「はい、私が伯父上の元に辿り着けたのも、道中でルカッドと出会ったからです。彼は国境の抜け方なども教えてくれました」
「そうか。先ほど手紙を届けてくれた際、彼はバール帝国の皇帝に直に仕える者だと言っていた。そんな者がただカーラの手紙を届けてくれるなどとは考えられない。何か思惑があるのだろう。しかし、こちらに味方してくれるというのであれば、カーラを助ける道もかなり近くなる。また手紙の返事を取りに来ると言っていたから、その時に話を聞いてみるか……」
憤慨していたダストンも、これで母カーラを救えると喜ぶ。
ダストンは、ススリード王国の城が、カーラ側妃捕縛で混乱する中、息抜きをするからと強引に侍従に手伝わせて城を出た。
目的地は伯父のいる魔法学校だったが、市井に詳しくないダストンはどうしていいのかわからず、侍従を巻いたはいいものの、途方にくれていた。そんな時にルカッドが現れたのだ。困っているダストンに手を差し伸べてくれたお陰で、伯父の元まで辿りつけた。おまけに、道中、ダストンがここ最近起こった様々な信じられない出来事を語ると、深い理解を示してくれた。ダストンは、その時にルカッドが言ったことが、今でも心に残っている。
「ススリード王国も今のままではダメですね。もっと毅然とした態度を示せる国王でないと、民も困るでしょう。おっと、御父上のことなのに、このように申してしまい失礼しました」
実際に、ダストンもルカッドの意見に同意だった。
(父上はおかしくなってしまわれた。国王としての威厳に満ちていた父はもういない……誰かが強い国にしなければ……)
最近のダストンはそんなことばかりを考えるようになっていた。
**
ダストンが消えた一方で、リアは絶好調な毎日を満喫していた。ダストンが消息不明の為、婚約話も今は宙に浮いている。そして、本人がいない為、ダストンの取り巻きたちも静かで何も言って来なくなっていた。
(王子がいなければ、こんなに平和なのね……)
リアは最近、学院が休みの日は孤児院復興の手伝いに行っていた。町の人が手伝ってくれたり、白いマントの人たちが来てくれたりで、思ったよりずっと早く孤児院と教会は復興できそうだった。白いマントの人たちは魔法連合から来ており、個性的な人が多かったが、皆とても親切だった。中でもマゴットという女性は、最初から「リア様」という呼び方を変えず、何故か崇敬の念のようなものを抱いてくれているように感じる。
子供たちも白いマントの人たちが大好きだった。
最近はリアが寮に帰る時には、マゴットが送ってくれるようになっていた。今日も寮の入り口まで付いて来てくれたマゴットに礼を言ったリアだったが、そこで後ろから嫌味な声が響いてきた。
「まあ、リアさん、貴女まだ王子の婚約者のつもり? そんな護衛なんて連れて」
振り向くと、予想通りそこにはエイミー・デアーズ子爵令嬢が立っていた——。




