第27話 叡智来訪
いよいよ叡智が来訪する日、ススリード王国の王城は各部門が最終準備に追われ、朝からてんやわんやの大騒ぎであった。そんな空気を煩わしく感じながら、側妃カーラ・ススリードは外交用のドレスに着替えていた。
「あら、貴女見ない顔ね? いつもの侍女はいないの? まぁ、いいわ。早くやってちょうだい! まったく、なんでこんな最上級のドレスで出迎えなくてはいけないのかしら?」
「そ、それは魔法連合の上層部の方々のご来訪で、国賓級対応をすると聞いていますから……」
叡智の存在は、一般には知らされていない為、魔法連合の来訪ということになっていた。カーラは事前に国王ダンデリアムから、叡智の来訪だと告げられているが、それでも納得がいかない。
(叡智叡智って皆何なの? 前にお父様もそんなこと言っていた気がするけれど、結局よく実態も分からない組織じゃない! 国家より偉いとでもいうの? ふんっ、まぁいいわ。うふふ、それより、先日はうまくいったわ。あの忌々しい者たちの出身の孤児院が消えてなくなって、本当にせいせいしたわ!)
そう思うと、少し気分が良くなるのだった。
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謁見の間には、王族及び叡智の存在を知る一握りの大臣達が今か今かと緊張の面持ちで並んでいた。いつもの謁見と違い、王族は壇上から降りていた。
叡智の存在は、叡智が望んで公にはされていない。しかし、それでも噂はどこからか流れるもので、過去にはその権力を良く思わないどこかの国の王族や高位貴族が、叡智の存在を探り、圧力をかけようとしたことなどがあった。その結果は、教訓としてここススリード王国でも代々国王から王太子に語られている。
父、ダンデリアムからその話を聞かされた時のことを思い出して、王太子マルスミアはブルッと思わず震えた。
(叡智にとって、王族や貴族などどうとでもなるということだ。今は賢者の魔道具を多く保有している魔法連合という組織に忠誠を誓っているが、元々、彼らが忠誠を誓っていたのは、古の賢者だった。普通の王族や貴族の地位というのは、彼らには何の意味も持たないのだ。唯一、認めているとすれば、旧アラキス帝国の皇族や、賢者の名を冠した魔法学校だろうか。ああ、魔法学校といえば、トアは元気にしているかな……孤児院が燃えてしまって残念がっていることだろう……)
マルスミアがそんなことを考えている横で、弟のダストン第三王子がぶつぶつ言うのが聞こえて来た。
「まったく、なんでこんな下手に出て迎えなければいけないんだ……」
「叡智」という存在について、まだ知らされていないというのはあるが、それでも国王がそう判断してこの出迎えの形式にしているのだから、そこには意味があるのだが、弟はそういう理解はまだ出来ないのだな、とマルスミアは残念に思う。しかし、側妃カーラも同じように面白くなさそうな顔をしているのを見て「ああ、これではダメだな……」と感じるのだった。
いよいよ、衛兵が魔法連合一行の来訪を告げて広間の扉を開けた——。
合計五名の魔法連合一団は、先頭の紫のマントを着た老人を先頭に、他は青のマントを羽織っている。その中の一人を見たマルスミアは、思わず「うわっ」と声が出そうになり、慌てて喉で止める。
(なんで、トアがいるんだ!? 魔法連合と言っているが、実質あれは叡智の集団のはず!!)
マルスミアは思わず目を見開く。もしかしたら、トアに似た別人の可能性を考えて、穴があくほど凝視してしまう。本来、王族の振る舞いとして礼儀や品に欠ける行為かもしれないが、そんなことに構ってはいられなかった。もし本当にトアだとしたら、これから何が起こるのか、それまでは単に叡智に関する興味だけだったのに、今では何が起こるのかと心臓がバクバク音を立てている。
そうして、凝視していると、近づいてきたその人物がにこーっと笑いかけてきた。
「……うん。トアだ……」
それが分かると、もうマルスミアは、あまり深くは考えないことにした。「もう、万事仕方がない」「何が起こっても、それは偶然であり必然」なぜかそんな哲学的諦観の念に襲われ、不思議と心が凪いだ。
しかし、そんなマルスミアを現実に引き戻したのは、トアが鋭い視線を自分の隣に向けたからだった。トアは、ダストンを睨みつけ、そのままその視線を側妃カーラの方へも向けているようだった。隣でダストンが驚きと同時にたじろいだのが分かり、まずい事が起こりそうな気配に、マルスミアの首筋はチリチリし始める。
「ベージェル・シュピーレ魔法連合総長殿、皆様をお迎え出来て誠に光栄です。我が国へようこそおいで下さいました」
そう言って国王が頭を下げると、滅多に見ないその光景に側妃カーラやダストンは驚いた様子だったが、慌てて頭を下げた。
「ダンデリアム国王、そう畏まる必要はないぞ。ちと一言、言いたいことがあった故、寄らせてもらったまでじゃ」
「は、はい。どのようなことでしょうか」
「実はな、最近この国の孤児院が燃やされてしまったようなのじゃ」
「孤児院……」
そう聞いて、先日マルスミアと話したことを思い出す。
「はい、私の息子第三王子の婚約者にも所縁のある孤児院のことですね。火災で燃えてしまったと聞いています」
その途端、居並ぶ王族のうち、側妃カーラと第三王子ダストンが「「ヒッ」」と妙な声を出し、苦しそうに胸を押さえ始めた。
他の者たちは、何が起こったのか分からず眉をひそめる。
「一体、何が……?」
驚くダンデリアムを、ベージェルが手を上げて制する。
そして、ベージェルが隣に立つトアの背中をさすると、カーラとダストンの呼吸も正常に戻っていった。それを確認して、ベージェルが口を開く。
「正確には『燃やされてしまった』んじゃ」
「燃やされて……放火ということですか?」
「そうじゃ……しかも、その犯人はここにおる」
「な……」
その衝撃的な一言を聞いて、国王ダンデリアムは王族と重鎮しかいない広間を見渡し、絶句した——。




