第26話 燃える孤児院
ボウボウと燃え盛る火柱を見つめるナイル神父やシスターたちは、ただ茫然とするしかなかった。なぜこんなことになったのか……。
神父ナイルは、数日前に王宮から手紙が届けられてからのことを思い出していた。そこには、側妃カーラの慈善事業として、孤児院の子供たちを王宮に招待する旨が書かれていた。子供たちを全員連れてくるようにと書かれていたので、全員を連れて行ったのだが、そこで事件は起こった。三歳の子供がジュースをこぼし、カーラの靴を汚したのだ。
「きゃっ、汚い! カーラ様の靴が汚れているわ」
「どうしてちゃんと躾をしていないのかしら」
「靴は弁償するべきだけれど、孤児院に払えるのかしら?」
カーラの隣にいた貴族女性が真っ先に声を上げ、その周りの令嬢達も口々に非難する。
「も、申し訳ございません!」
「あら、神父様。私は心が広いから怒ってはいなくってよ。ただ、先ほどから見ていたけれど、子供達は全然、躾もされていないようだし、孤児院としてどうなのかしら?」
「それは……」
そもそも三歳の子供など握力もなく、用意されたような大きいグラスは持っているだけで大変だ。いつもの慈善事業であれば、子供用の食器を用意するなど配慮があるのだが、今日はどこか違っていた。ナイル神父はなんとなく、ただ慈善活動の為に呼ばれたわけではないように感じており、粗相をしないようにシスター達にも事前に伝えてはいたが、シスターは三人しかおらず、二十名ほどの子供たち全員を見るのは不可能だった。
「躾ができないようなら、屋敷の者にさせましょうか?」
そう声を上げたのは、酷薄な笑みを浮かべる令嬢だった。ナイル神父はその笑みにぞっとする何かを感じて、咄嗟に「いいえ、大丈夫です」と言う。
結局、靴の弁償は毎月少しずつ返していくということになったが、なんとなくお金の話だけで終わるような気はせず、神父は不安が募ったのだった。
あれから数日しか経っていない今日、火災は起きた。
茫然と火を見つめながら、そのことを思い出していたナイル神父は、思わず呟く。
「まさか、これは……おお、神よ……」
思わず過った自らの考えを戒めるナイル神父の顔は暗い。教会も併設の孤児院も燃えてしまった。幸い早くに気付いて、皆非難したので無事だったが、子供たちやシスターを今晩どこに寝泊まりさせればいいのか思いつかず、神父は途方に暮れていた——。
「神父様」
突然、背後から静かに呼びかけられ、びくっとしながら振り向いたナイル神父は、そこに静かに立つ白いマントの男性を見つけた。ただならぬ雰囲気を纏ったその男性は、静かに近づくと「大丈夫です」と静かに言う。
「大丈夫……になるでしょうか」
「はい、ご心配なさらず。私たちで対処させていただきます。とりあえず、皆様が泊まる場所が必要でしょうから、しばらくはこちらでお過ごしください」
そう言うとその男性は神父の手に地図を渡す。
「あ、あの、貴方はいったい……」
「そうですね、気になりますよね。私たちは、あなた方の味方です。ただ、この国の者ではありません。故あって、所属は今は明かせませんが、神のお導きとでもお思いください」
男性は微笑むとそう言って去っていく。その不思議な雰囲気に、そのまま会話を終えてしまった神父は、夕暮れの中やっと火の勢いが弱まり始めた無残な教会を一瞬見た後「ふぅ」と息を吐くと自分を鼓舞し、シスター達に指示を出し始めるのだった。
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「トア様の孤児院火災」の報告は、いち早く「叡智」に届き、叡智を統括しているベージェル・シュピーレはすぐに動いた。
「マゴット・リーレイ、これよりすぐにトアの孤児院の護衛に付くのじゃ」
「はい、承りました」
言うが早いか、マゴットは魔法連合所有の転移陣のある部屋へ向かった。マゴットは新米の自分が大役を任されたのは、子供たちも多くいる孤児院の護衛には、女性でありシスター達とも同年代の自分が適任であるからだと分かっていた。そういう理由であるが、それでも「あのトア様の役に立てる」と内心大喜びだった。
(トア様にはまだお会いしたことがない。でも、あのベージェル様が膝を突いたというお方。そんな方はこれまでいなかった。ということは……ああ、ダメダメいくら叡智の悲願とはいえ、勝手に期待をしてしまっては、トア様に失礼だわ)
そんなことを考えながら転移陣に着くと、マゴットは慣れた様子で転移を行った。
ベージェルはトアの元へ自ら赴き、事の次第を伝えた。孤児院が燃えたと聞かされた時には、思わず魔力を一気に放出させてしまい、またもや校長やルルド王国の魔導士から問い合わせが来る事態となってしまったが、孤児院のメンバーは皆無事で、暫く寝泊まりする場所や孤児院の再建も急ぎ進めるという話を聞くと落ち着いた。
「皆が無事で本当に良かった……じいちゃん、ありがとう」
「トアが心配しなくていいように、儂がススリード王の所に行って釘を刺しておくからのぅ」
「じいちゃん王様の所に行ってくれるの? だったら、私も行くよ。じいちゃん一人行かせられないもん」
「ふふふ、そうか。トアも来てくれるか。それは力強いのぅ」
トアの所から戻ったベージェルは、急ぎススリード王国の国王ダンデリアム・ススリードへ訪問を告げる手紙を送った。
叡智の統括であるベージェルの訪問は、どのような時と場合であれ受け入れる義務がある。
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「……その為、よほどの事態でなければ叡智は来訪しないが、今回はそのよほどの事態ということだ。誰か何かしたのか?!」
滅多に見られない父の焦る姿を珍しいと思いつつ、自身もそのただならぬ出来事に驚いているマルスミア第一王子は、ここ最近の王国内の事情をあれこれと思い浮かべていた。
「まさか……」
「マルスミアよ、何か思いついたか!?」
「ええ、最近とある孤児院で火災が発生しまして」
「ああ、あれか。確かリア嬢の出身の孤児院だったな」
「はい。その火災の折、白いマントの男の姿が目撃されていました。そのマントには紋章があったという報告が……」
「白いマントに紋章……! まさか!」
「はい、考えられるとすれば、そこに叡智が関係しているかと」
「しかし、なぜ叡智が孤児院の火災に……来訪されるほどの何かがあると?」
「これ以上は我々が考えても分からないことかと。とりあえず叡智のご来訪を待ちましょう」
「そうだな……」
大きな不安を抱えながら、国王ダンデリアム・ススリードは頷くのだった。




