第21話 合同授業⑤
今回の合同授業が始まってから、生徒達が誰も発煙筒を使っていないことに違和感を覚えたロジャーは、最終日のこの日、森の中の様子を念入りに見て回っていた。しばらく歩いてやはりおかしいと感じる。
「魔獣がいない……」
普段は少し歩けば、小型の魔獣に出会うはずなのに結局、規制線の辺りまで来ても魔獣は現れなかった。
「これでは魔獣討伐数も低くなってしまうな……しかし、なぜだ?」
そう思った時だった。少し先と思われる辺りから複数の生徒たちの叫び声が聞こえて来た。
一瞬、小型の魔獣に出くわして驚いているのかと考えたロジャーだったが、その後,、警報音が鳴り響いたことや生徒たちの声の様子から、尋常でない事態が起きていることを確信する。
木々の間を全速力でその場に向かうロジャーは、遠目だがその場に自分のクラスの生徒であるリーニャ・ルストンがいることに気付く。そして、その脇を生徒と思しき人間が数名何かによって吹き飛ばされていくのが見えた。
その場に到着したロジャーが見たものは——黒い靄に覆われた巨大なムカデのような魔物であった。
巨大ムカデは、唯一立っているリーニャに狙いを定めていた。その頭の下から出ている牙がリーニャに刺さろうとする寸前、走りこんできたロジャーがリーニャを抱えて地面を転がった。牙での攻撃は防いだものの、このムカデ型の魔物には鞭のような尾がついており、それが地面を這って容赦なく二人を打つ。素早い鞭の攻撃は獲物を弄ぶかのように何度も放たれ、避けきれない二人の身体は打撲と切り傷が増えて行く。ついにまたムカデの目の前まで打たれながら転がされてきた二人は、ムカデの前で、なんとか立ち上がる——。しかし、最後の攻撃の前にまるで楽しんでいるかのように鎌首をもたげて牙をガチガチいわせるムカデの前に成すすべがない。
ロジャーは既に呪文の詠唱を始めているが、自分の土魔法で壁を作る程度では、その攻撃を防げないことは明白だった。リーニャを庇うように前に立つロジャーが、リーニャに言う。
「いいか、俺が土の壁を作ったら、すぐ後方へ向かって走れ。絶対に振り返らず、全力で走るんだ」
「はい」
リーニャは素直に返事をする。ここで言い争う暇もないことは明白だった。
「行け!」
ロジャーが土の壁を作り始めた直後にそう叫んだ。
ダッと走り出したリーニャのすぐ後ろで、土壁に穿たれたと思われる攻撃音と、ロジャーの呻き声が聞こえた——。
リーニャはロジャーの言葉通り振り返らず全速力で走った。しかし——。
「ぐわっ!」
鋭い鞭の攻撃がリーニャの腰を直撃した。そのまま近くの木に身体を打ち付け、リーニャは痛みで起き上ることはできない。近くまで移動してきたムカデは、それを確認すると、またロジャーの方へ戻っていく。
「先生……誰か……」
草むらに横たわったままリーニャの目から涙が流れる。巨大ムカデが通ったせいで草がなぎ倒され、ロジャーの姿が見える。
同じく地面に横たわるロジャーがなんとか起き上がろうとしているのが見えた。しかし、ムカデは両方の牙でロジャーの頭を今にも咬もうとしている。
「先生!!」
全身の痛みを感じながらもリーニャは叫んだ。
叫んだ後、痛みを堪えて見た先に——ムカデの手前に誰かが見えた気がして、リーニャは必死に目を凝らす。
「……トア……」
そこに銀髪の友が見える気がした。
ロジャーは、もうダメだと思った。そしてリーニャが逃げられるよう願った。巨大な影が差し、自分の頭上に巨大ムカデがいるのが分かる。すぐに来る「その時」を覚悟した——。
「うわっ、気持ちわるっ!」
ロジャーの側で突然、そんな声が響いた。これは——。
誰の声か認識した途端、ロジャーは叫んでいた。
「トア!! 逃げろ!! なぜ来たんだ!」
「分かりました。とりあえず倒してからでいいですよね」
場に不釣り合いなほど、冷静な声に、一瞬ロジャーは怒りが湧いたが、自分を覆っていた影が離れたのを感じて気が逸れる。
「トア、いいから——」
トアが居るであろう方向を振り向きつつ、そう言いかけたロジャーはそこで言葉を失った。
居ると予想した場所にトアはおらず、そこから上空に——ムカデの頭上より更に高い位置にトアが居た。
(そういえば、トアは空中に浮けたんだっけな……)
血を失いぼんやりし始めた頭で、ロジャーはそんなことを思う。
目線より高くなったトアを警戒したムカデがトアに頭を向ける。牙をガチガチと言わせながら更に体を起こし、トアに狙いを定め飛び掛かろうと頭を後ろに引いた——。
「気持ち悪いなぁ、触れるのも嫌だな。でも……こいつはリーニャやロジャー先生を傷つけたから許さない」
そうつぶやいたトアは、風魔法の刃をムカデの頭から振り落とした——。
ムカデの頭から縦に切り裂いた風の刃は、勢いあまって地面も切り裂く。
——ズズズドドーン——
凄まじい地揺れが辺り一帯に響き渡り、木々を振るわせた。
ロジャーの側で、ムカデの長い身体が二つに割かれていた。少しの間足が動いていたが、それもやがて動かなくなった。
唖然とするロジャーは、頭が追い付かない……。トアが何か言っているがぼーっとしていた。
「……んせい、怪我見せて」
「へ、怪我?」
トアがロジャーの身体に手を翳す。すると痛みが無くなった。
トアはその後、スタスタとリーニャがいる草むらへ歩いて行き、しばらくするとリーニャを連れて戻ってきた。ロジャーはリーニャが歩けているのを確認し、ほっとする。
地面に倒れている生徒達は意識はないものの重症ではなかった為、軽く治癒魔法を掛けたトアは、ロジャーの方を振り返る。
「じゃあ、皆を連れて行こう」
まだ意識が戻らない生徒達をトアが風魔法で浮かせて歩き出すと、呆けた様子のロジャーがリーニャの方を見た。
「これまでの全部風魔法?」
「……そんなわけないでしょ」
一瞬間を置いた後、リーニャが先生にぼそっと呟いた。




