第19話 合同授業③
翌朝、昨晩同様、快眠できたトアは、スルスルと木を下りると、爽やかに挨拶をした。
「皆、お早う! 最終日だし張り切って行こうね!」
そんなトアの様子をカミラは疲れた表情で見る。
(何を張り切って瘦せ我慢しているのかしら……見張りなんてしなくても、こんなに辛いんですもの。絶対、今日は途中で音を上げるに決まっているわ。ガルマ先生に褒めてもらうのは、私なんだから……)
ガルマはカミラへは、リーベンにも同じことを指示していることを伝えていた。ただその際に「リーベンだけでは少し心配なんだ」と言うことで、カミラの自尊心をくすぐっていたのである。
簡単な朝食を済ませると、すぐにトア達は森の奥へと歩き出した。
「地図によると、もう少しで規制線に当たるはずだ」
リーベンがそう言い、その言葉通りしばらくすると、赤い規制線が見えてきた。
さすがに三日目で森にも慣れてきたのか、今日は特にトアに絡んできていなかったカミラが、ここへ来てとんでもないことを言い始める。
「このままじゃ、何も魔獣を倒していないから表彰は愚か、何も点数がもらえないわ。見える範囲でなら規制線の向こうに行っても大丈夫なんじゃないかしら? 体力が有り余っているようだから、ちょっとトア行ってきてくれる?」
それを聞いたリーベンが青くなって止める。
「何を言っているんだカミラ! 先生に言われているだろう、規制線は越えてはいけないって!」
「どうせ先生も見てはいないわよ。これまでも先生方に会っていないし、それに……」
そう言うとカミラはリーベンに近寄り耳元で囁く。
「貴方もガルマ先生から指示を受けているんでしょう? このままだと貴方は協力的でなかったと先生に報告するわよ?」
それを聞いたリーベンは「ちっ」と舌打ちをする。
「しかし、それなら僕達も一緒に規制線を越える。先頭というだけでトアの負荷は十分だろう」
「ふん、意気地なしね。まあ、いいわ」
トアも「先生に怒られるから止めようよ」と言ったが、結局、多数決により規制線を越えて進むことになってしまった。
規制線を越えて少し進んだ辺りだった。振り返ればまだ赤い線が見えるくらいしか進んではいないのだが、それはいきなり現れた。
ガサガサと前方の草むらが動いたと思ったら、黒い靄に覆われた猪がこちらに向かって走って来た。
「トア、避けろ!」
リーベンがそう言った直後、後方が騒がしくなる。
「キャー!!」
「うわっ!」
トアは先頭を進んでいる為見えなかったが、後方ではカミラが後ろの男子生徒を押しのけて、我先にと後ろへ走って逃げ始めたのだ。
「ぅわぁああ!」
「くっ!」
トアのすぐ後ろを付いて来ていたリーベンたちは、もうダメだとばかりに猪の追突を予期して目を瞑る。
——バシュッ——
その音に「トアがやられたのか!」と、恐々目を開けたリーベンたちは、目の前の光景が理解できずに、しばしじっと見つめた。
「あ……れ? トア、怪我は?! 猪はどこに?」
「え、ああ、猪はここだよ」
トアが自分の足元に転がっている猪を足の先でツンツンと突いてみせる。
「倒したの?!」
「ああ、うん。でも、ちょっと小さいよね? もう少し進んでみる?」
「「「……」」」
男子生徒達は一瞬、キョトンとしたものの、一斉に首をブンブン振る。
「も、もういい! もう戻ろう!」
「もういいの?」
「うん、それにカミラはもう戻って行ったし」
「そうなんだ。一番行きたそうだったの、カミラだったのにね」
それを聞いた男子たちは、少し怒りの表情が出てしまう。これまでのカミラの言動や行動には、さすがに頭にきていたのだ。
その時だった。カミラが戻って行った方向から、絶叫が響いた。
「ギャー!!!」
凄まじい叫び声に、カミラの声なのか分からなかったが、トアが「急ごう」と言ったことで、皆一目散に声のした方向へ向かった。
ちょうど規制線の内側に戻った辺りだった。突如、「ビービービービー」という人工音が森に響き渡る。ずっと鳴り続けるその音に、トア達はそれが最初の説明であった警戒音だと思った。
「これを聞いたら、直ちに集合場所に戻るんだったよね?」
そうトアが言うと、リーベンが頷く。
「でも、カミラがいないよね。どこに行ったんだろう」
トアが周囲を見回した時だった。少し離れた辺りから「助けて……」と泣きながら言う声が聞こえた気がして、トアはそちらへ走って行く。
トアが止まったので、後ろから付いて来ていた男子生徒三名も止まって前方を見たのだが——。
「な、なんだ、あれは……」
皆の視線の先には、黒い靄に包まれた大人の背丈の二倍はある巨大なトカゲがいた。そして、その数歩前には、腕から大量の血を流してブルブルと震えながら地面に座るカミラがいる。
その光景を見て、リーベン以外の男子生徒二名は後方へ後ずさり、そのままダッと走って逃げ出した。
リーベンはトアの手首を掴んで後ろに引っ張ろうとしたが、振り払われる。
「ちょっと、待ってて」
そう言ってトカゲの方へ歩いて行くトアを見て、リーベンは「待てっ!」と叫ぶが、トアは言うことをきかない。
**
最初の集合地点で待機していた教師たちは、突然鳴り響いた警報音に慌てふためいていた。森の中は、生徒たちには見つからないように教師達が巡回しているのだが、この警報が鳴ったということは、その教師たちの誰かが警報スイッチを入れたということだった。
通常、魔獣は強さ別にレベル1から5に分けられており、今回の合同授業で生徒たちが相手にするのは、レベル1か2の魔獣のはずだった。規制線は念のために張られているが、この森ではほとんどがレベル1か2の魔獣しか出ないのだ。そして、警報音はレベル4以上の魔獣が出た際に鳴らされるものだった。
警報音が鳴ってしばらくすると、ワラワラと生徒達が森から出て集まって来た。「誤報だろうか」と疑問に思う者から、「遠くで異様な音を聞いた」という者など様々で、教師たちも正しい情報が掴めない。
そこへ、息も絶え絶えに森から走って来た男子生徒二名のうち一名が「きょだおトカゲが出たー!」と叫んだ。
その場にいた先生達が駆け寄り「キョダオトカゲとは何ですか?」と尋ね、それが「巨大トカゲ」だと分かる。生徒達が地図で場所を示したので、先生たち数名で向かうことにした。




