第16話 地下牢
バール帝国の城の地下牢へと続く、石造りの螺旋階段を下るラーラルは、顔を顰めていた。
「相変わらず臭い場所だ。貴族であっても人間落ちぶれれば皆同じだな」
下に進むほど日の光が届かなくなるこの場所では、閉じ込められたままの囚人は、そのうちに心身共に不調を来し死ぬ。そうならない為に最低限の日光浴の時間や食事は与えられていたが、それでも生き抜くには相当に過酷な環境であった。
最下層まで下りると、一番奥から三番目の独房の前で止まった。
「おい、トーマスまだ生きているか? 俺の楽しみが減るからまだ生きておいてくれよ?」
日の射さない独房は、手持ちのランプが照らす範囲しか見えないが、奥から魔力封じの鎖のジャランという音が響く。しかし声は聞こえない。
「ああ、そうだった。喉は切られて声は出ないんだったな、ははは」
ラーラルは愉快そうに笑うと「会話ができなくて残念だ」と、心にもないことを言う。
「せっかくだから、お前の家の近況を教えてやろう。今日、お前の家へ騎士をやったが、特に変わりはないそうだ。ああ、失礼、変わりがないというのは、変わりなく食料もほとんどない寂れた屋敷ということだ。奥方も生きてはいるが寝たきりで、もう長くはないのではないかな。まぁ、そんなこと貴様にはどうでもいいことだがな。どうせ会うことはないのだから。それにしても、私は親切だろう? こんなに君に情報を与えてやるのだから。ここからは、予測になるが、君の屋敷への食料の配給は明日からは更に少なくなるだろう。ああ、でも心配しないでおくれ、君への食事は変わらないから。君に死なれては困るんだよ。奥方の最期を君に話すことが、私の楽しみなのだから」
微かに鎖の音がした気がしたが、相変わらず反応がなく静かな独房に「チッ、少しは話せるくらいにしておけば良かったものを」と悪態をつき、ラーラルは去って行った。
ラーラルが去った後の独房で、トーマスは目を滲ませていた。しかし、その目から涙が流れることはない。脱水症状を繰り返す体からは、もうあまり水分が出なくなっていた。
(フローリアはまだ生きている。魔法学校にいるフロイスの話も出なかったから、恐らくフロイスも無事だろう。二人が無事であれば希望は捨てない。この独房でまだ正気なのは、毎日二人の無事と、そして家に忠誠を誓ってくれた使用人達が頑張っている事を信じられるからだ。それに、最近気配が静かになっているから心配だが、奥にはウェズダブラ・アラキス皇帝もいらっしゃる。皇帝がおられるのに、お傍にいる私がくたばるわけにはいかない……。しかし、フローリアは臥せっていると言っていたし、食料の配給も減らされるとは……どこまでひどいことを!)
普段はなるべく体力を使わないよう平静を努めているトーマスだったが、先ほどのラーラルの言葉には、さすがに怒りを抑えることは難しかった。
(私もまだ生きているとなんとか伝えたい……)
無限に続くような孤独な時間の中で、際限なく家族への思いだけが強くなり、トーマスはいつものように半ば気を失いながら眠りにつくのだった。
地下牢から戻ったラーラルは、ウェスリッド家を調べたことを皇帝に伝えるかどうかを一瞬考えた後、止めることにした。
(バール皇帝に報告するようなことは何もないしな。それに……)
ラーラルは頭に過った正妃カッシーナと、その息子のデミニン第一王子の顔が過って顔を顰めた。
(最近あの二人は、何かあると無理難題を言ってくる。そのほとんどが気に入らない者へ呪詛をかけたいということだが、万が一、何か未知のことが起こって解呪されたら、跳ね返ってくる先は私だ。先日からの不調のこともある。解呪できる者がいるとは思えないが、そんなリスクを負うのはごめんだ)
ラーラルは、既に何件もの呪詛を行っている身だが、そのほとんどは地下牢にいる者達に掛けた呪詛で、囚人達は呪詛で弱る一方なので特に気にもしていない。そして最早、誰に掛けたのかすら、よく覚えてはいなかった。
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その頃、ウェスリッド家では、健康な食事のお陰で、ここ最近すっかり元気になったフローリアが待ちきれない面持ちで、屋敷の台所に来ていた。
「奥様、いらっしゃいましたらお呼びしますと申し上げましたのに」
「だって、待ちきれないのよ」
「奥様、すっかり元気になられて」
「うふふ。これもフロイス達のお陰だわ」
そんなことを言っていると、目の前の空間が歪んで見え始めた。
はっと息をのむ二人の前に、男性の姿が現れた。
「ああ、フロイス! すっかり立派になって……!」
「坊ちゃま、立派になられて……」
そのまま言葉につまり涙をこらえる二人に駆け寄ったフロイスは、そのまま二人を抱きしめる。
「義姉上、トマリ、ただいま戻りました。遅くなってしまいすみません」
二人は首を振りながら、しばらく咽び泣くことしかできなかった。
しばらくしてやっと落ち着いた二人に、フロイスはこれまでのことを話して聞かせた。トアのことは秘密にしなければならないことが多いので、魔法学校の力を借りたということで、ハシルとも口裏を合わせていた。
学校での仕事ぶりなどを関心したように聞いていた二人だったが、転移の下りになると驚愕の面持ちになる。
「転移魔法……そんな貴重な魔法を使って助けてもらったなんて……」
「そうですね。魔法学校には魔力量の多い人間も多いので助かります……」
「魔法学校の生徒さんなのかしら?」
「すみません、あまり詳しくは話せなくて……」
「私こそごめんなさい。そちらにも事情があるわよね。ただ、こんな危ない状況の私達に手を差し伸べてくれることを本当に感謝していて……今は無理だけれど、きちんと家を復興できた時には、恩返しがしたいわ」
それを聞いて「いつかトアを義姉上に会わせたいな」とフロイスは思うのだった。




