第12話 ある少女
ルーラル・アラキス魔法学校の理事であるフロイスは、今日も実家の執事であるハシルの宿に来ていた。
実家の窮状をなんとかできないかと知恵を絞るが、どんな手段を取ったとしてもリスクが高く実行は不可能に思えた。
(リスクを冒して義姉上まで投獄などされることはあってはならない……どうすれば……)
打開策のないまま頭を抱えていると、ふいにハシルが声を上げた。
「そういえば、魔法学校で大変奥様に似た生徒を見かけました。銀髪がとても美しく、目はオッドアイでしたが」
「義姉上に似ているとあれば、それは美しいだろう」
義姉フローリア・ウェスリッドは、前皇帝ウィズダブラ・アラキスの娘である。初めて兄が家へ連れて来た時、間近でその姿を見たフロイスは、その美しさに周りの空気が変わったように感じた。当時は友達に「あんなに美しい人、誰でも好きになるだろう?」と言われたが、あまりに美しいとそういう感情が湧かなくなるのだと初めて知った。
(最近、書類仕事に追われて学校の様子を見て回れていないな……)
そう思ったフロイスは、学校内を歩きながら頭を整理することにした。
学校に着いて、校舎の周りを歩いていたフロイスだったが、校長が呼んでいると職員が言いに来たことで散策を中断する。
校長室に入るとそこには、坊主頭に長い髭と耳たぶが特徴的な校長のテリウス・アーベンハーがいた。小柄なテリウスは、お気に入りの紫色の椅子に腰かけ、自分の髭を指先に絡めている。
「校長、お呼びでしょうか」
「おお、フロイス。ちょっと共有しておいた方がいい情報があってな」
テリウスは片方だけクルクル巻きの髭を、チョンチョン指先で突きながらそう言った。
(校長の髭がクルクル巻かれている……これは色々思案された証拠だな)
そんなことを咄嗟に思いフロイスはその先の言葉を待つ。
「実はの、ルルドの財務大臣の妻が長らく臥せっておったのが、最近回復されたそうなんじゃが、どうも不調の原因にバール帝国が関係していたようじゃ」
「!」
「お主からもちょうど帝国の実家の話があったからの。本国の情報もほとんど入って来ないじゃろうから、共有しておいた方が良いと思ってな」
「ご配慮有難うございます! あの……そのお話を財務大臣殿に聞くことは……」
「そう言うと思ってな、先方にはその旨聞いておるところじゃ」
フロイスはテリウスに再度礼を言うと、校長室を後にした。
その後、先方から快諾の返事がすぐに来たため、数日後には校長室で会うことが決まった。
数日後、ハシルも伴って校長室へ入ったフロイスは、校長や財務大臣と思しき人物の他に、魔法学校の制服を着た少女を見てとても驚く。同時にハシルも驚いている様子が伝ってきた。
(とても義姉上に似ている! もしかして、あれがハシルの言っていた少女か……しかし、なぜ生徒がここに……)
疑問は湧くが、その少女が財務大臣とも、にこやかに会話している様子から既知の仲なのだと分かる。
「それでは、揃ったようじゃの。こちらは、ケーニス・ココルト財務大臣じゃ」
「初めまして、ココルト大臣。私は帝国のウェスリッド公爵家のフロイス・ウェスリッドと申します。こちらは実家の執事のハシルです」
「よろしくお願いします。どうぞ私のことは、ケーニスとお呼びください」
「私もフロイスと呼んでください」
お互いの自己紹介をしたところで、校長がトアを紹介した。
「見ての通り、この学校の生徒のトアじゃ。今回の話に関係しておる故、ケーニス殿とトアの了解を得て同席してもらった」
幼さの中にも凛とした美しさを持つトアは、オッドアイの瞳をキラキラ輝かせてフロイス達を見ている。
「それから、重要なことじゃが、この話は全て秘密にせねばいかん。守れるかね?」
その問いには、フロイスもハシルも即答で頷いた。まず、帝国の情報というだけで、取り扱いには危険が伴うことは百も承知している二人だった。
「勿論守ります。帝国に知られれば、ケーニス殿やご家族も危険に晒されるかもしれませんし」
「それもそうなんじゃが……」
そう言って言葉を濁した校長に、フロイスは少し不思議な感じがした。
そして、いよいよケーニスによって、妻テリスが臥せっていた時の様子や、トアによる治療、そして妻が語った過去の出来事らが語られたのだが、それはフロイスとハシルを混乱の渦へと巻き込むものだった——。
ケーニスが話し終えても、フロイスもハシルも黙ったままだ。
静寂の中、出されたお菓子を頬張るトアの咀嚼音だけが響いている。
「まぁ、じゃろうな……儂も聞いた時はびっくりしたわい」
「び、びっくりしたどころの騒ぎではありません、校長!」
突然叫んだフロイスに、トアはポカーンとしている。
それに気付いたフロイスは、はっとして咳払いをした。
「皆さん、すみません。つい取り乱しました。あまりのことに……あの、確認ですが、その治療で使われたのは、やはり浄化ですよね?」
「フロイス殿の気持ちはよく分かります。そして、はい、恐らく浄化だと思われます」
「ただな、フロイス君。トアはここの生徒じゃ」
「そう、ですね……」
「この先もまだ色々学ぶことがあるじゃろう。儂らがその場を提供し、その環境を守らねばならん」
「はい」
「まぁ、なので今回、その話は置いておいてじゃ。解呪されたその呪いじゃが、話からすると帝国のクーデターを起こした者達の仕業じゃろう」
「しかし、そのような強力な呪いを掛けられる者がいるということですか?」
「ある種の魔道具を使ってだとは思うが、もしかしたらデイン大陸と繋がりがあるのかもしれん」
「呪術具を作成しているというあの大陸ですか?」
「ああ。最近この大陸でも呪いを掛けられた者が出てきておる」
「なるほど……」
「それらの連中がトアの存在に気付く可能性もある」
「そうですね。解呪されると、呪いを掛けた者に跳ね返ると聞いていますし、そうなると気付くかもしれませんね」
「なので、この件は秘密じゃ」
「承知しました」
「そして、そういう呪いを使う者達が帝国にいると思って行動するのじゃ」
「大変、有益な情報でした。ケーニス殿、トア、どうも有難う」
大変驚かされたフロイスとハシルだったが、自国に繋がる情報を得て警戒感が高まるのだった。




