第5話 シスターの憂鬱
「ふぅ……」
最近、シスターマリーは何かに悩んでいるような様子で元気がないことにトアは気付いていた。
「ねぇ、マリーどうしたの? なんか元気ないよね?」
「あ、ああトア、そうかしら? 大丈夫よ、特に何もないから」
(マリーはああ言ったけれど、あれは絶対に何かある)
なんとなく心配でマリーのことを気にしていたトアは、ある日マリーが憂鬱そうな顔で外出するのを見て、お遣いの役目を買って出た。そうすれば、自分もマリーの後を追って町に出られると思ったからだ。でも、トアはあまり町の中心へは行ってはいけないと言われているから、マリーの行先によっては途中で引き返さないといけない。
なんとなくマリーに見つかりたくなくて、こっそり後ろの方からついて行くと、少し行った辺りでマリーの歩みが急に早くなった。
(なんであんなに急いでるんだろう?)
そう思った所で、ある店から一人の男が出てきた。男は親しげにマリーに話しかけている。少し距離を縮めると、二人の会話が聞こえてきた。
「よぉ、マリー、暇そうだな?」
「暇ではありません」
「どうせ神父から頼まれた用事だろう? 用事が終わったら帰りに寄れよ」
「夕飯の準備がありますので、用事が終わったらすぐに教会に帰ります」
「俺の所に来いよ、悪いようにはしねえって言ってるだろ? だいたい親父も寄付してやってるのに、俺にそんな態度取っていいのかね、マリーちゃん?」
その会話を聞いたトアは眉を顰める。貴族ではないようだが、立派な服を着ているその男は、町で権力があるのか、周りの大人は心配そうにマリーを見るものの、声をかける者はいない。
「気が変わった、今すぐ寄っていけ!」
「痛っ、やめてください!」
「大人しくしろよ! 可愛がってやるって言ってんだよ!」
(マリーが大変だ! どうしよう、神父様に知らせている時間はない!)
トアは孤児院に預けられてから親のように面倒を見てくれたマリーを肉親のように思っていたし、そのマリーのピンチに心臓がぎゅっと締め付けられる。そして思わずぐっと身体に力を込めた次の瞬間、身体の中心から何か温かいものが全身に広がるのを感じた——。足元を見ると、足の周りの砂埃が風を伴ってシュウシュウと回転している。
(え、何これ…………も、しかして? 魔法??)
先日リアの魔法発現があって以来、魔法のことをよく考えていたトアは真っ先にその考えに至った。しかし、これが魔法だとして、それを誰かに見られるのはまずいと咄嗟に思う。キゾクサマに見つかったら今の生活が出来なくなる。
「ほら、大人しくこっちに来い!」
「や、やめて!」
男はマリーの腕をつかんで戸口の中へ連れ込もうとしている。
(マリーが!! もう何でもいい、風よ飛んで行って!!!)
トアは心の中で叫んで、自身の体の中にある温かい何かを男に飛ばすイメージで手を突き出した。すると——。
「う、ぐぼっ!」
「えっ……」
男は何かで殴られたように後ろへ倒れ、驚いたマリーがよろよろ後ろへ後ずさっている。見ると、男は額から血を流していた。
(私、魔法できた??)
半信半疑ながら、トアは自分の手を握ったり開いたりしてみる。特に違和感はないようだ。
(マリーに見つかったらまずい!)
まだ周りの誰にも、魔法を放ったと気づかれていないことを確認すると、トアは元来た道を戻って行った。自分でも動揺していたのか、お遣いをすっかり忘れてしまっていた。
後から帰ってきたマリーが神父様に報告しているのをこっそり聞いて知った所によると、シスターマリーは、町の商人の息子ギリックに付きまとわれていたようで、最近それがだんだんと強引になってきて、先日はごろつきたちに囲まれて、ギリックの妾になれと言われたということだった。心配させまいと相談していなかったが、あまり眠れず体調も悪くなってきていた所に今日の事件が起こったということだ。
「それにしても、ギリックが自分で転んだのは不幸中の幸いでした。貴女が無事で本当によかった。町の人達もギリックの父親と面倒は起こせないでしょう。しかし、この件は町の自警団やアンドールにも報告しておきます」
「面倒をおかけしてすみません」
「いいえ、面倒をかけているのは貴女ではありませんよ、マリー。ギリックが引き起こしたことです。これからは何か心配なことがあったらすぐに相談してくださいね」
「はい、ありがとうございます」
(ふぅ~、よかった。あれは、ギリックが勝手にすっ転んだと思われてるんだ。にしても、う~ん、あれどうやったんだっけ。確かこの身体の温かいのを出す感じで……)
「う、うわっ!!」
急に身体がフワッと浮いてびっくりしたトアは、バランスを崩して尻もちをついてしまった。




