第4話 子爵家での生活
リアの一連の経緯はアンドールの耳にも入っており、トアの様子が気になっていたアンドールは、しばらく子供達の相手をした後、大部屋へ向かった。
部屋に入ると、沢山のベッドが並ぶ大部屋の隅にトアの姿があった。ベッドに腰かけ足をブラブラしているトアの背中に声をかける。
「トア、元気か?」
「あっ、アンドール兄ちゃんもう来てたんだ」
「もうとっくに来てたよ。皆うるさくしてただろう?」
「そっか、なんか聞こえなかった」
「どうした? 珍しく悩みか?」
「うん……あのね……私、強くなりたいの」
「トアも騎士団に入りたいのか? 女性もいないことはないけどな」
「騎士団に入って強くなったら、キゾクサマにも勝てる?」
「トア……」
トアの言葉を聞いて、先日のリアのことが原因だと分かったアンドールは口を噤んで思案する。
「……騎士団は王国に忠誠を誓ってる。王国は王族や貴族が中心になって運営してるんだ。まだトアには難しい話だよな。とにかく、騎士団に入ってもほとんどの貴族様には勝てない」
「……そうなんだ。じゃあ、キゾクサマに勝つにはどうすればいいの?」
「トア、勝ちたいっていうのはリアのことが原因だろう? 多分説明されたと思うが、リアは魔力があるから貴族様の養子になった。貴族様は魔法が使えるんだ。それは普通に剣が扱えるよりも強い。俺たち平民じゃ、力も身分も勝てないんだ」
「魔力……」
「ああ、普通平民には魔力がない。大昔に魔力を持つ人間が力を持って支配するようになって、それが貴族様の元だ。だから平民で魔力持ちは稀だし、突然変異か貴族様の血が入っていない限り魔力はないし魔法も使えない」
「で、でもリアに魔力があったってことは、私にもあるかも!」
「お前たちは双子だから可能性はあるかもしれない。でも、犬に襲われた時は何も出なかったんだろう?」
「うん」
「それに、リアだってすぐには無理でもそのうち外出もできるかもしれないし、きっと会える時が来るさ」
「うん」
「トアにはトアのできることをするんだ。俺は騎士団員として町やこの孤児院を守る。ここは俺たちの家だからな。それと、知らないことは怖いことだ。だから貴族様や王国について知ることも大切だ」
「うん、私勉強するよ」
アンドールはその大きな手でトアの頭をワシャワシャと撫でた。
**
その頃、リアは引き取られた先のレスト子爵家で過酷な生活を強いられていた。屋敷に着いた途端、そこに居並んだ使用人達からは悪意のある視線を受け、出迎えた薄茶色の髪のメゾット・レスト子爵婦人はちらりとリアを見ただけで言葉をかけることもなかった。一番最悪だったのは、長女のミシェルで、歩くリアの足をわざと引っかけて転ばせた挙句「あなたには地面がお似合いだわ」と酷薄な笑みを浮かべた。しかし、その際ミシェルと同じピンク色の髪をした次女のチェリーは眉を顰め心配そうな視線を送ってきたのは意外だった。
リアが与えられたのは屋根裏部屋だ。孤児院では大部屋での生活だったため、一人部屋というのは贅沢に思えたが、暖房設備はなく冬はとても寒いだろうと想像できた。連れて来られた日はそのままどうしていいか分からず部屋にいたら、いつの間にか夕食の時間も過ぎていたようで、そのまま寝ることにした。翌日は階下へ降りていき食事をさせてもらえたが、自分の食事だけは違っており、孤児院の食事より貧しいものだった。
(昨晩も食べていないからお腹が空いているわ。それなのにこのカチカチのパンと具のないスープだけというのは辛いわね)
なるべく静かに食事を済ませると、レスト子爵から貴族としての教育を行うことを告げられた。午前も午後もその教育を受けるのだという。教育を受ける時は階下の部屋に来るよう、それ以外は屋敷の仕事を手伝うよう言われた。
その日から、リアの過酷な生活は始まった。屋敷の使用人達はリアが孤児だと知っていて自分達より元の身分が低いと見下しており、こぞって自分達の仕事をリアに押し付けてきた。本来ならば、いくら孤児院出身だからと言って、今は子爵家の養子となったリアの方が身分が高く、そのような態度は許されないのだが、子爵を始め婦人や長女もまるでそれを認めるかのように振舞うため、使用人達の態度が改まることはなかった。
リアは日の出前から働いていた。掃除をしたり、野菜の下拵えや洗濯など、様々な仕事を押し付けられていた。朝食を食べ終わるとすぐに午前のマナーの勉強が始まる。これは昼食が終わるまで続き、カップなどが少し音を立てるだけで鞭で足を叩かれた。午後は一般教養や魔法の勉強が主だった。午後の先生は、鞭で叩くことはなかったが、その代わりに翌日までの宿題が膨大な量だった。その為、リアは睡眠時間を削って宿題をやらなくてはならなかった。マナーの先生が見ている昼食は一番ましなものの、朝食と夕食の量が圧倒的に少なく、その上過酷な労働と少ない睡眠時間で、リアの身体は急速に弱っていった。
そんなある日、リアが目覚めて部屋から出ると戸の脇に飴とクッキーが置いてあるのを見つけた。最初は警戒したリアだったが、それよりも空腹が極限まできており、パクッと飴を口に放り込んだ。久しぶりの甘味は、口の中を究極に刺激して一気に飲み込みそうになり、慌てて喉の奥から引き戻すと飴をゆっくり口の中で転がし、久しぶりに幸せな気持ちになったのだった。
その有難い差し入れは数日続いたのだが、しかしそれもすぐに終わりを迎えることとなった——。
「ちょっと、チェリー何してんのよ? 最近ドブネズミを餌付けしてるって、使用人達が噂をしてたわよ?」
「お、お姉さま、それは……」
「何なのよ? まさかアレが可哀そうなんて言うんじゃないわよね?」
「で、でもあまりにもお食事も少ないですし、あれでは持ちませんわ」
「やっぱり心配してるんじゃない、生意気ね!」
「痛っ!」
頬を叩かれたチェリーはその痛みでよろけてしまう。
偶然その現場を目にしたリアは、そのやりとりを聞いて差し入れをしてくれていたのがチェリーであることと、その為に姉のミシェルからぶたれたのだと理解する。そしてその途端、身体が動いていた。
「ミシェル様、おやめください!」
「え、ドブネズミ何をしているの? お前が私に口を聞いて許されると思っているのかしら?」
そう冷たい声で言うと、ミシェルは持っていた扇子でリアの頬を何度も叩く。
「お、お姉さま、もうやめて!」
「うふふ、つい顔を殴ってしまったわ。お父様に顔には傷をつけるなと言われていたのに。う~ん、そうね、この場合お前が勝手に転んで傷を作ったことにしましょう。いい? お前達もそう言うのよ?」
見世物とばかりにニヤニヤ見物していた使用人達は皆頷いた。




