第5話 トアの怒り
突如訪れた膨大な魔力の圧力に、魔法学校の教職員は苦しみ恐れ慄く。そして、その魔力の広がりは、ルーラル・アラキス魔法学校の敷地と隣接するルルド王国の王都にも及んでいた。
王宮では突如起こった魔力圧に皆が驚愕し、少量の魔力しか持たない者は自身が壁にでも押し付けられているような圧迫感で震えている。その凄まじい威力に、太古にいたとされる魔人など未知の生物ではないかと叫ぶ者までいた。
事態が起きてから、ルルド国王ミカルダス・ルルドの執務室へは、各所の大臣からの報告などが行われているが、情報は錯綜している。そんな中、国王ミカルダスの脳裏には、先ほどからチラチラとトアのことが過っていた。
(トアの能力は未知数だが、まだ少女だ。それに、学校からここまでは隣接地とはいえ、かなり距離はある。個人の魔力量でこんなことが起こり得るだろうか? いや、確たる原因が分からない今は、万が一にも備えることが最善か。しかし、もしもトアが原因だった場合、魔力圧の中心であるトアに近づくには、並大抵の魔導士では敵わないだろう……)
国王ミカルダスは魔力量は多い方だが、そんな自分でも魔力圧は感じていた。全身に魔力を巡らせて内部を守っているので普通に動けているのだった。
「筆頭魔導士コアトールを呼んでくれ」
「はっ」
すぐにやって来たコアトール・ヘイゲン侯爵にミカルダスは指示を出す。
「コアトール、今すぐルーラル・アラキス魔法学校へ行って状況を確認してきてくれ」
「承知しました」
すぐにコアトールは王宮を出た。コアトールはルルド王国魔導士団の筆頭魔導士であり、魔力量はこの国随一だ。魔力発動時以外も常に魔力を巡らせていて、不意の攻撃にも即時に対応できるよう備えている。なので、この魔力圧が起こった際もすぐに、より多くの魔力を巡らし、普段通りに行動できていた。
(この非常時に国王は学校へ行くよう指示された。何かあるのだろうか……)
そう思いながら学校の方向へ馬を走らせていたコアトールは、次第に魔力圧に変化を感じる。
(すごい魔力圧だ……学校に近づくほど濃くなっているようだ。一体、学校で何がおこっているというのだ……)
学校まで辿り着くと、さすがのコアトールも身体をムッと押されているくらいの圧力を感じる。
(これでは、魔法学校の生徒達も立ってはいられまい。これの中心に早く行かねば……)
より魔力圧を多く感じる方向を確かめながら徐々に進んで行くと、学校の女子寮に辿り着いた。外もそうだが、女子寮の中の廊下にも生徒達が倒れていて、苦しそうに呻いている。
ついにコアトールは女子寮の二階の奥の部屋へとたどり着いた。すると、微かに部屋から声が聞こえて来た。
「トア……トア……どうしたの……これは……トアがやってる……の? トア……お願い」
コアトールがその部屋に入ると、苦しそうに床に這いつくばる少女と、立って窓の方を向いて拳を握りしめている少女がいた。
(この子が、発生源なのか……?)
驚きながらも、コアトールはトアに話しかける。
「お嬢さん、私はルルド王国の王宮からやってきた魔導士です。コアトールと言います……」
声が聞こえていないのか、反応がないので、コアトールはトアに近づき肩を軽く叩いて、もう一度名乗った。
振り向いたトアのオッドアイに、一瞬魅入られたコアトールだったが、冷静に話しかける。
「実は、お嬢さんの魔力が多量に漏れていて、皆に影響が出ているようです。それを沈めることはできますか?」
表情は変わらないものの、しばらくしてトアは口を開いた。
「私は怒っているの。この怒りを鎮めるなんてできない」
「それほどのことがあったのだろうと推測します。でも、この少女はお嬢さんの友ではないですか? 苦しめることは貴女の本意ではないのではないでしょうか?」
途端にトアがはっとする。と同時にコアトールは、少し魔力が収まり圧迫感が減るのが分かった。
「リーニャ、ごめん!!」
そう言うと、トアはすぐに自分の周りに結界を張り、魔力を閉じ込めた。すると、常時、体内に魔力を巡らせていたコアトールがトアの結界に気付き目を見開く。
「なに?! これは……結界か!?」
それきり言葉が出てこないコアトールの頭の中は、様々な疑問で大忙しだった。
(無詠唱? 結界? この魔力量を閉じ込めた……一瞬で?!! 一体、このトアという少女は何者だ!! ……ん、トア? 先日、国王に褒章を与えられた魔法学校の生徒達の中に、そういう名前の生徒がいなかったか??)
「お嬢さん、いや、トア、君は先日ルルド国王に会っていたかい?」
「王様? うん、会ったよ」
「そうか……ちょっとまた王宮に来てくれるかい?」
そう言われたトアはヨロヨロと立ち上がったリーニャを心配そうに見る。
「トア、私は大丈夫だから、王宮に行ってきて。それから、帰ってきたらなんで怒っているのか教えて」
「うん、分かった。ごめんね、リーニャ」
「もう大丈夫だって」
そう言われて少し落ち着いたトアは、コアトールと共に寮を出た。学校の生徒を連れ出すので、コアトールは校長にも許可を取って来た。
コアトールが校長室に行くと、案の定、様々な教師が校長室に慌ただしく出入りして混沌とした状態だった。人払いをしてもらい、校長に見たままを話すと「やはり、そうじゃったか」と言われ、トアの連れ出し許可をもらった。
(じいさんも、こんな子を隠していたなんて……)
魔法学校出身で校長のこともよく知っているコアトールは、心の中で苦笑いをする。
王宮に着き、トアを衛兵に預け、まず国王ミカルダスに報告に行くと、すぐに国王自らトアの元へとやって来た。
「トア、何があった?」
「王様……あのね、お姉ちゃんのリアがね……」
ミカルダスとコアトールはトアの言うことを聞きながら、表面上は平静を装いつつも、内心では隣国のススリード王国へ向けて、盛大に悪態をついていた。
((ススリードは何をやっているんだ!!))




