第4話 政変
ケーニスの妻テリスは元々、バール帝国の侯爵家出身で、ケーニスとはルーラル・アラキス魔法学校の同級生だった。結婚後、ミードルも生まれ幸せな日々を送っていたが、アラキス帝国の実家を訪れ、帰ってきてから徐々に体調が悪くなっていった。その頃、ミードルはまだ三歳だった。ミードルの記憶では、自分が五歳くらいまで母は歩けていたように思うが、それからどんどん状態は悪くなり、もう長いこと起きていても虚ろな状態になっていた。
テリスは目を開けると、不思議な感じがしていた。まるで、長い間悪い夢を見ていたようだった。見慣れた天井や窓のカーテンを見て、自分の部屋だと思い出す。
「テリス!」
「母上!」
「あなた……、それにミードル? 随分大きくなったわね……あら、私どうして……」
起き上がろうとするテリスを慌てて二人が止める。
「テリス、混乱しているだろう。君は長いこと……病に侵されていたんだ。しばらくゆっくり休むといい。侍女が控えているから、何かあったらいつでも呼ぶんだよ」
「ええ、分かったわ……」
妻と久々に会話が出来たことにとても驚き、嬉しさで涙が出そうになるのを堪えながら、ケーニスは皆を連れて部屋を出た。呪いの件はショックが大きいと判断し、とりあえず病ということにしたのだった。
長い廊下を歩き、一階の応接室へ入るまで無言だったケーニスは、部屋に入ると途端に膝から崩れ落ちるように座り込み、トアの手を握りしめる。
「トアさん、どうも有難う……本当に……また妻と話せるようになるなんて……」
「本当に有難う……ずっと、ずっと母上の状態が悪くて、もうこのままかと思っていたから、夢みたいで……久しぶりだったのに、ちゃんと僕の事分かってくれてて……トア、有難う!!」
ケーニスもミードルも涙でぐちゃぐちゃになりながら、トアに笑顔でそう言った。リーニャやルミオンもそんな二人の話を聞いて鼻をズビズビ言わせている。
その後は、ココルト家も忙しいだろうということで、三人は帰ることにした。門まで送ってきたケーニスがトア達に言う。
「トアさん、君の力はこの国、いや世界の希望だよ。この恩は忘れない。それから、君達には魔道具の件も含め本当に感謝している。この先、何か助けが必要なことがあれば、力になると誓おう」
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(何故今まで忘れていたのかしら)
部屋で一人になり、色々なことに思考を巡らしていたテリスは、あることを思い出すと、急いでケーニスを呼んだ。
トア達を送り戻って来たケーニスは、妻が呼んでいると知らせを受け、ミードルと共に急いでテリスの部屋へ駆けつけた。
「どうした、テリス、大丈夫か??」
「ええ、私は大丈夫。でも、思い出したの、大変なことを。帝国で政変が起こるわ!」
「政変?」
「ええ、私、実家に戻った時に寄った雑貨屋で、そこの商人と客の会話を偶然聞いてしまったの……それでびっくりして慌てて店を出て……」
「どうした?」
「おかしいわ、それから思い出せない……」
「そうか……。テリス、落ち着いて聞いてくれ。その時からもう八年くらい経っているんだ」
「八年?……そう……ああ、だからミードルは大きいのね。じゃあ、政変は……」
「残念ながら、政変は起こった。前アラキス帝国は無くなって、今は……バール帝国という名前になっているんだ」
「そんな! 私の実家は?」
「大丈夫、皆さん無事だよ。色々と知りたいだろうが、今は回復が第一だからね、もっと話せるように、とにかく今は養生するんだ」
「分かったわ。あなた、ミードル、こちらに来て」
そう言うと、テリスは二人を抱きしめた。その腕は細くはなっていたが、テリスの意思がちゃんと宿った抱擁に二人とも胸が熱くなった。
自室に戻ったケーニスは、じっと空を見つめる。
(テリスの話からするに、恐らくテリスは政変に関する密談を聞いてしまい、その後呪いを掛けられたのだろう。しかし、魔力量の多いテリスがあんなにもやつれた呪いとは……相当強力なものだ。政変は既に起こってしまっているが、このことは国王とも共有しておいた方がいいだろう)
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解呪された呪いは、その呪いを掛けた者へ返る。
バール帝国の城の一室では、現皇帝の側近で筆頭魔導士であるラーラル・ダハンが身体に不調を感じ始めていた。
(これは何だ? まさか誰かの呪いが解かれたか? いや、そんなことのできる者はいないか……。では、たまたま魔力の多い者が呪いに打ち勝ったのか? ふむ、いずれにしろ念のために探らせておくか)
魔力量が極めて多いラーラル・ダハンは、撥ね返った呪いのせいで不調だとしても、呪力が弱まり消えるまで耐えられるので、さほど問題にはしなかったが、誰にかけた呪いなのかが気になった。
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ミードルの家から戻った翌日、トアは久しぶりにアンドールから手紙が届き小躍りしていた。ちょうど登校するところだった為、急いでアンドールの手紙に目を通したのだが、そこには信じられない内容が書いてあった——。
「勝手にリアを連れて行ったり追い出したり……あんなに努力しているリアをなんで悲しい目に遭わせるの……許せない許せない許せない……」
リアがレスト子爵家から追い出され、泣いていたことを知ったトアの怒りが爆発する。まるで毛穴から何かが噴き出すような感覚がするが、そんなことには構わずどんどん激情が膨れ上がっていく。
その瞬間、膨大な魔力の噴出は、魔法学校の魔力計測器を破裂させた。王宮でも魔導士達が、その場全てを圧倒するような魔力の圧を一斉に感じた——。




