第3話 侯爵家の招待
財務大臣であるケーニス・ココルト侯爵は、昨夜息子が見せてくれた試作品の魔道具のことを考えていた。その魔道具は起動すると、ほんわか温かい風が出て、それが持続していた。適度な温度を持続させることは難しく安定しないことがほとんどで、現状実用化されていない。熱くするには火魔法が有効に思えるが、火魔法の使い手は主に王族であることや、そもそも火だと熱過ぎること、それに、覆うと逆に火が消えてしまうことなどの理由から火魔法の魔道具はほとんど実用化されていない。
息子の話では、あの魔道具を制作したのはトアだと言う。先日、王宮で見かけて気になっていた少女だった。
早速、昨夜寝る時に息子のミードルと一緒に妻テリスの手にその魔道具を握らせてきたのだが、今朝は驚きの変化が起きていた。いつも青白い顔をしていたテリスの顔にほんのり赤みが射し、食事量も少し増えていたのだ。相変わらず精神は混乱しているようで、ぼーっと虚ろな瞳をしているが、寒さを訴えることはなくなった。
(国王もトアを気に掛けておられる様子だった……何か特別な理由があるようだが、ミードルもそこは言葉を濁していたな……)
そう思っていると、書斎にミードルがやって来た。
「お早うございます、父上。お呼びですか」
「お早う、ミードル。昨日届けてくれた試作品の魔道具だが、母さんの調子が良いようだ」
「本当ですか! それは良かったです」
「うん。それで、お礼にその魔道具を製作してくれた方々を、家にお招きしたいと思ってな。どうだろう? もし良ければ、その方々に母さんの助けになる魔道具が他にないか、相談もしたいんだが」
「そうですね……聞いてみます。ただ、リーニャさん以外は平民の方々なので、貴族式の作法などは気にしないでもらえれば……」
「ははは、大丈夫だよ。父さんもかつては学校で平民貴族の区別なく学んでいたし、今だって仕事上で平民の商人達と接することもある。こちらが招待するのだから、そんなことは無礼講だ」
「有難うございます。父さんならそう言ってくれると思いました。では、皆に聞いてみます」
そう言って、嬉しそうに書斎を出て行く息子の姿を見て「勉強以外にも大切なことをちゃんと学べているようだ」とケーニスは嬉しく思うのだった。
放課後、薬草店でミードルから家に招待したいと話を聞いた面々は、最初は驚いたものの、先日の王宮を経験した後で緊張も少なかったこともあり、招待を受けることにしたのだった。実際のところトアとリーニャは、ミードルが「美味しい焼き菓子とお茶を用意するから」と言った途端に目を輝かせていた。
カミドは店番があるので、トアとリーニャとルミオンの三人で行くことにした。ココルト家の準備はいつでも良く、むしろ早い方が良いということだったので、翌日にはミードルの屋敷へ行くことに決めた。
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「ミードル先輩も貴族なんだよね~、世の中の貴族がリーニャや先輩みたいな人達ばかりだったらいいのに」
「ははは、そう言ってもらえると嬉しいよ。先日のトビアーヌ子爵はひどかったからね」
「うん、でもそれだけじゃないんだよ、嫌な貴族」
「トアはススリード王国出身だったっけ? ススリードにも嫌な貴族がいたのかい?」
「うんうん、特に第三王子ね。本当にひどいんだ。私、大嫌い」
「えっ、王族なの?!」
「うん、だからここに来る前、ちょっとぎゃふんと言わせて来た。でもちょっと足りなかったかな……」
トアがぶつぶつ言うのを聞きながら、三人は青い顔でヒソヒソ話す。
「トアってさ、貴族様のこと怖いって思っている割に、貴族でも出来ないことさらっとやってるよね?」
「ルミオンも気づいたわね。そうなのよ、多分、トアの場合、固定観念として『貴族は怖いから気をつけろ』っていうのがあるんだと思うのだけど、いざ目の前にすると、小物に見えて『この貴族は例外だ』とかなってるんだと思うのよ」
「第三王子も小物枠だったわけかぁ」
ミードルが残念そうに呟いた。
ミードルの屋敷に到着すると執事に出迎えられた。綺麗に手入れされた庭を歩き屋敷に入ると、正面の階段からミードルと同じ水色の髪と目の男性が降りてきた。
「皆、よく来てくれたね。私がミードルの父のケーニスだよ。君達が作成してくれた魔道具で妻のテリスがよく眠れたようでね。どうも有難う」
三人は緊張しながらもリーニャに教わった通りに挨拶をする。
「ははは、そんなに畏まらないでくれ。普通にくつろいでくれて構わないから」
途端にトアが「良かった~」と言い、皆の笑いを誘う。そのまま庭園の一角へと案内された。
「ここなら皆、気軽に話ができるんじゃないかな」
そこは小さな噴水の周りに色とりどりの花が咲いていて、そのすぐ側には白いテーブルと椅子が用意されていた。すぐにテーブルの上に焼き菓子とお茶が並べられ、トアとリーニャのテンションが上がる。
「うわぁ、これも美味しい!」
「あっ、トア、そんなに頬張らないの!」
「でも、美味しいんだもん」
「トア、そんなに気に入ったなら、お土産に持って帰ってよ」
「えっ、ミードル先輩いいの? やったあ! あれっ、ルミオンお腹でも痛いの? 食べてあげようか?」
「ち、違うよ! 僕はトアより常識があるから緊張してるんだよ!」
そんな会話を微笑ましく聞きながら、ケーニスは一度書斎に戻ろうと歩きかけたのだが——。
「あれっ……」
突然、トアが上の方を向いてそう言ったので、ケーニスも歩みを止めた。
「どうしたの、トア?」
「ミードル先輩、あそこの部屋は何?」
「え、あそこは母上の部屋だけど、どうかした?」
「そうなんだ。ええっと、あれは……ああ、そうか、マルカさんの呪いの時と同じ……」
『呪い』という不穏な言葉が聞こえてきて、ミードルもケーニスもはっとする。
「トア、何か分かるの? 呪いってどういう意味??」
「トアさん、何か気づいたのなら何でも言ってほしい。何であっても他言はしないと約束するから」
ミードル親子の必死な様子を見て、トアはリーニャにも確認を取り、覚悟を決める。
「多分、ミードルのお母さんは呪いの影響を受けていると思う」
「君は、それが見えるのかい?」
「はい。黒い靄のようなものが見えます」
「トアはその呪いをどうにかできるの?」
「以前、呪いと思われる物に対処したことはあるけれど、これはその時より規模が大きいかも」
「……見てもらえるかい?」
「私からも、どうか頼む。妻を……テリスをどうか見てくれないだろうか」
「はい、連れて行ってください」
そうしてトア達はミードルの母の部屋へとやってきた。
「すごい靄……ミードルのお母さんが靄で見えないくらい……」
「そんなに強い呪いってことなんだね。僕たちには残念ながら見えないけれど」
「どうだろう、呪いはどうにかできるだろうか? しかし、呪いとなると浄化魔法……いや、何でもない。トアさん、どうか妻をお願いします」
「やってみます。ただ、靄で見えないのでベッドまで連れて行ってもらえますか?」
ケーニスはトアの手を引いてベッドサイドまで連れて来た。早速、トアが手を翳し始めると、翳した場所を中心に光を帯びて行く。
「これは……」
思わずケーニスから感嘆の声が漏れたが、トアの邪魔をしてはいけないと口を噤む。
少し離れた所で見ているリーニャとルミオンは真剣な顔で見守っている。
「マルカの時より長いわね……」
暫くしてリーニャが心配そうに呟く。
浄化魔法は時間的にマルカの十倍くらいはかかった。トアは黒い靄が段々小さくなっていくのを見ながら驚いていた。
(なんて強力な呪い……こんな酷い呪いを掛けられるなんて……何があったんだろう)
いよいよ呪いが全て消える寸前、トアはその中から断末魔のような叫びが聞こえた気がした。
「ふぅ——。終わった。強力だった」
「本当かい!?」
ミードル親子はベッドサイドに近づき確認する。
「母上……」
「テリス……」
二人が呼びかけて暫くすると、テリスの瞼が開いた——。




