第2話 新しい仲間
トアが在籍しているルーラル・アラキス魔法学校で、常に上位の成績を取っているミードル・ココルトには、最近、気になっている子がいた。ミードルは、ルルド王国の財務大臣ココルト侯爵の息子なのだが、尊敬する父の口から珍しく学校の生徒の名前が挙がったのがきっかけだった。その子の名前は「トア」と言い、ミードルより三学年下なのだが、最近は休み時間の度にトアのことを注意深く観察するようになっていた。
(父上はすごい子だと褒めていた。でも、肝心の何がすごいのかは分からない。国王にも謁見して褒められていたらしい。それにしても、トアは平民と聞いているけれど本当だろうか? あんな綺麗な瞳の子、貴族でも見た事ないなぁ……)
そんなことをぼんやりと思いながら、放課後校内を歩いていたミードルは、前方にトアを見つけた。学生寮がある方とは違う方向に歩いて行くので、好奇心からついて行くことにした。
トアは人気のない校舎裏の林の方へと、ズンズン歩いて行く。
(歩き方はやっぱり全然貴族じゃないな、ははは)
覗き見はよくないと分かっていながらも、好奇心に勝てず隠れて見ていたのだが、林の入り口の辺りで、いきなりトアが消えた——。
「えっ??」
本当に一瞬のことだった。見ていたはずなのに、気が付いたら消えていた。すぐにその場に走って行って、草木の影にいないか確認したが本当にいない。
(何が起こったんだ?? 本当に一瞬だった……あの消え方は、もしかして何かの魔法なのか??)
しかし、成績上位のミードルから見ても、何の魔法を使えばあんな芸当ができるのか、全く分からなかった。確か属性は風という噂だったと思い出す。そして、その瞬間から好奇心がより一層高まり、一日中、気になって気になってしかたがなくなってしまった。
翌日の昼食時、トアはいつものようにリーニャと一緒に食堂で食事をしていたのだが、急にリーニャが怪訝な目である方向を見ていることに気付いた。
「リーニャ、どうしたの? なんか変な顔してるよ?」
「あのね……ゴニョゴニョゴニョ」
「ぇえーっ、ストーカー??!」
「しっ、声が大きいわよ! 彼に聞こえるじゃない!」
「ストーカーってなんかひっつき虫なんでしょ?」
「貴女、それ誰情報?」
「アンドール兄ちゃん」
「……まあいいわ、それは忘れてちょうだい。ストーカーっていうのは、虫じゃなくて人なの。で、多分トア、あなたが狙われてるわ」
「え……なんかイヤだ~それ取れるの?」
「だから、虫じゃないって。でも、なんか貴女を見ている感じが恋とかそういうのじゃない感じなのよね……。そうだわ、こっちは二人いるんだし、ちょっと驚かせてやりましょ!」
いつになく悪だくみ風のリーニャが面白くて、トアはその作戦に乗ることにした。
昼食を終えると、何食わぬ顔をして二人は足早に廊下を歩く。
「いい? トア、あそこの角を曲がった所で壁沿いに待機よ」
「うん、分かった」
壁沿いに待機していると、段々と足音が近づいてきた。そろそろ曲がると思ったところで——。
「「わっ!」」
「ぅわぁあああっ!!!」
そこまで驚くとは予想しておらず、尻餅をついているミードルを罰が悪そうに見下ろす二人だった。目も髪も水色で、爽やかな青年であろうミードルだが、そんな風貌も形無しだ。
「で、何をしているんですか?」
リーニャがミードルを助け起こしながら、そう質問する。
「す、すまない。僕はミードル・ココルト。ちょっと気になることがあって……ごめん、別にストーカーしていたわけじゃないんだ……あ、結果的にストーカーか、僕は」
「先輩が虫なんだぁ~」
「へっ?」
「いえ、この子の言うことは、今は気にしないで大丈夫です」
「あ、いや、トアの言うことだから気になるというか……」
「え、やっぱりストーカー……」
リーニャが引いた目つきで睨むと、ミードルは慌てて訂正する。
「違うんだ! 実は……」
これ以上誤解を生むのは良くないと思い、ミードルは父が褒めていたことや、昨日トアが消えた瞬間を見たことなどを全て話した。
「というわけで、不快な思いをさせていたならごめん! でも、本当に消えた謎が知りたくて……」
「トア! あれほど注意してって言ったじゃない!」
「ごめん~まさか見られていたとは……」
「はぁ~、どうしたらいいのかしら……うーん……えーと、先輩はココルト財務大臣の息子さんですか?」
「うん、そうだよ」
「私は他国の貴族家出身なので、ほんの噂でしか知りませんけれど、ココルト大臣は誠実で真面目な方と聞いています。先輩も今回のこともきちんと話してくれましたし、まぁそれに、トアに関わってしまったら、好奇心に蓋をすることは無理ですよね。トア、ミードル先輩も仲間に入ってもらえばいいんじゃないかしら? 人手もちょうど欲しかった所だし」
「うん、皆が良いなら私はいいよ!」
「じゃあ、カミドさんとルミオンにも聞いてみましょう」
放課後、ミードルを連れてカミドの薬草専門店に行き事情を話すと、二人とも快諾してくれた。最近は平民からの注文はもちろん、騎士団などでも例の箱を使用したいとのことで国からも注文が定期的に入るようになり、人手が全然足りていなかったのだ。
「じゃあ、実際に作成する工程をミードル様に見てもらったほうがいいんじゃないかな」
「カミドさん、どうぞ敬称など無しで、皆と同じように話してください」
「では、ミードル君と呼ばせてもらおうか」
ミードルがにこやかに頷いたので、早速、それぞれの持ち場で作業を開始する。作業工程の順に、箱の作成やピロウの薬草液で書いた魔法陣などに、なるほどと興味深げに頷いていたミードルだったが、トアが行っている仕上げの治癒魔法付与の前で、固まったまま動かなくなっていた。他の皆は「だよね~」と思いながら黙々と自分の作業に従事する。
およそ十分後——。
「……んぱい……ミードル先輩…………ひっつき虫!!」
「んへっ?」
「もう! だから、気が散るって言ってるのー!」
ついにトアが痺れを切らしてしまった。それもそのはず、ミードルはトアの手元に釘付けとなり、ついには作成する魔道具に顔が引っ付くほど近づいていたのだ。
「もう、先輩! 治癒魔法を込めすぎて、効き過ぎたらどうするの!?」
「治癒魔法……」
「うん、あまり効きすぎると、重病人が起き上ったりするの!」
「重病人が……」
「うんうん、だから、集中するから、あそこに座ってて! それか、他の皆のお手伝いしてて」
「治癒魔法……」
「え、ミードル先輩も治癒魔法できる? だったら……」
「そんなわけあるはずないじゃないかぁああ!!」
そこでやっとこちらの世界に戻って来たミードルは、盛大に叫んだのだった。
その後、少し落ち着いたミードルに、リーニャがトアの規格外な魔法について説明する。
「ふ——。ちょっと待ってくれ、とうことは、トアは治癒魔法だけじゃなく……五大魔法以外の魔法を色々使えるのか……」
「正確には、五大魔法も含めて色々使えるのよ」
「ははははははは、それってもう——」
「そうね、私もそう感じるんだけれどね。当の本人はあまり自覚がないのよ」
「それは危険だね」
「そう、だから私達は私達にできることで、あの子を守ろうと思っているの。ほら、貴族社会のこととか、あの子の苦手な部分もあるでしょ?」
「ははは、トアなら貴族社会も捻じ曲げられそうだけれどね」
「うん、トア一人ならできるでしょうね。でも、あの子はあの子の大切な人達も守りたいのよ」
「確かに、それには仲間が必要だね。あーなんか良かったよ。自分にも役に立つことがありそうで」
「ふふふ、その気持ちは分かるわ」
リーニャとミードルはそう言って笑い合うのだった。
元々優秀なミードルは、新たな魔道具も作成しようと言い、早速良いアイデアを出し始めた。その過程でも「しかし、温かい風を送るとなると複数の魔法属性が必要だけれど、威力の検証が難しいな……」と言うミードルの前で、トアが事も無げに魔法の複数同時発動を展開したりして驚かせる場面もあったが、二週間もするとその異次元さにも慣れたようだった。
こうして、ミードルのアイデアで温風の出る魔道具が完成した。実は、ミードルの母は長らく病に臥せっており、いつも寒い寒いと言っていた。そのことが、今回の発想に繋がったのだった。ミードルは母のことを皆にも話しており、皆もこの魔道具の試作品を、まずミードルの母に使ってもらおうと言ってくれていた。
(これで母上も少しは温かく過ごせるだろうか)
ミードルは試作品を大切そうに抱えると、希望を胸に屋敷へと急いだ。




