第1話 温かい感情
ススリード王国第三王子の婚約者であるリアへの風当たりは、いよいよ強くなっていた。
第三王子ダストン・ススリードの母で、国王の側妃であるカーラ・ススリードは、息子が学院で気に入っているエイミー・デアーズ子爵令嬢を茶会に招いていた。
「息子のダストンが気に入っている貴女なら信頼できるわ。それで、どんな様子かしら、リアさんは? ここに集まっている方々は、私の親しい友人達なので、何でも話してくれて結構よ」
「信頼なんて恐れ多いことですわ。でも、だからこそ真実をお伝えしなければならないと思うのです。ダストン殿下の婚約者ですのに、リア・レスト子爵令嬢はまるでその自覚がないようで、ダストン殿下も困っていらっしゃいます。元孤児だからああいう振る舞いしかできないのかと、陰口まで叩かれる始末で……」
「まあ、何てことでしょう!」
「元孤児が殿下の婚約者になれたからって、勘違いしているのではないかしら?」
「ダストン殿下のストレスを考えると心配ですわね……」
「皆様、私と心情を共にしてくれて本当に有難いわ。陛下も何を考えておられるのか……この件に関してだけは、私も大変心配しておりますの。ただ、魔力量が多いことは事実のようだから、側妃になっていただいて、正妻になる方の補佐に当たってもらうのがいいのではないかと思うのだけど……私一人の考えで陛下がご納得されるかどうか心配で……」
「でしたら、私からも夫にそれとなく伝えて、カーラ様の後押しができるように動きますわ」
「私もでしてよ」
「ええ、皆でカーラ様にご協力いたします」
「皆さん、ご協力ありがとう」
こうして側妃の嘆願にも似た訴えと、ご婦人方の夫による根回しもあり、リアの婚約は正妻ではなく側妃ということにされたのだった。リアはそのことを、学期末試験後のパーティーの場で、ニヤけた顔のダストンから聞かされることになる。
学期末試験もトップの成績で終えたリアだが、誹謗中傷は変わらず続いており、重い足取りでパーティーに参加していた。壁の花と化してやり過ごしていたのだが、会いたくない面々が近づいてくるのが見えて、心の中で溜息をつく。
「おい、お前は側妃に格下げになったぞ。やっと父上も分かって下さったのだ。今更、後悔して態度を変えても遅いからな」
いきなりそう言われ、理解するのに少しかかったリアだったが、自分の婚約のことかと分かると「正妻より責任の低い側妃のほうがまだましかな。本当は、婚約を破棄してほしい……」と思ったくらいだった。ただ、そのことをレスト子爵家が知れば、ひどい目に遭うのではないかと、そのことが心配になる。ちょうど今日から学院は長期休暇に入る為、リアもレスト子爵家に戻ることになっていたのだ。
パーティーが終わり、暗い気持ちでレスト子爵家に帰ると、案の定、既に側妃にされたことは通達されていて、ダーミー・レスト子爵が待ち構えていた。
「只今、帰りました」と言うより早く、レスト子爵がズカズカと速足でリアに向かって歩いて来て、目の前で拳が振り上げられた。衝撃と痛みを覚悟したリアだったが、しかし、拳は降りて来ない——。
実際に、ダーミーは振りかぶった拳を勢いよくリアの肩めがけて下したのだが、その拳がリアに当たることはなく——。
「ぶっ、ぶごっ! 痛い!」
何故か、レスト子爵は自分で自分を殴っていた。その後、三度ほどそれは繰り返され、ようやく学んだようだった。
「お、お前……何かしたのか? したんだな?? 許さん、許さんぞっ!! もう出ていけ、この恩知らずめが!」
そう怒鳴り追い出された。はっきり言ってリアは何もしていないのだが、以前、トアがリアに贈った透明の収納袋に掛けられた反射の魔法によって引き起こされた事象だった。
リアが屋敷を追い出されトボトボと門の方へ歩いていると、後ろからチェリーが追いかけてきた。
「リア、リアごめんなさい、お父様があんなことして……」
「チェリー、有難う。私、チェリーがこの家に居てくれて本当に嬉しかった。何も恩返しできなくてごめん……」
「そんなことない、私にとってもリアが来てくれて……リアと姉妹になれて嬉しかったの。なのに、何も出来なくて……」
そう言うと二人は抱き合って涙を流す。
「これ、ほんの少ししかないけれど持って行って」
「え、貰えないよ」
「ううん、少しでも足しにして」
そう言って硬貨を入れた袋を渡したチェリーは、リアの姿が見えなくなるまで門から見送っていた。
リアは日が暮れ始めた道を歩きながら、レスト子爵家に来てからこれまでのことを考えていた。色々な悪意に晒されながら、しかし全力で勉強に打ち込んだ。でも、最後までそんな悪意が消えることはなかった。勝手に自分が品定めされ悪評を流される。そもそも、出自で悪評を立てられているのだからどうしようもないのだ。けれども、リアにとって自分の出自は卑下するものではない。だから仕方ない——そうは分かっていても、何だか虚しさに襲われる。
とぼとぼと歩くリアの足取りは重かったが、貴族の屋敷街からしばらく歩いてくると商店が立ち並ぶエリアに辿り着いた。
(学校にいる間も結局、町に買い物になんて来られなかったな。なんかトアとお遣いに行ってたのを思い出すわ。そうか、私、教会でまた生活できるんだ)
教会の孤児院の皆の顔を思い出すと、ポロポロと涙がこぼれた。
(皆に会いたい……)
「あれ? トア? ん、いや、リアか! 学院の服着てるもんな!」
後ろから、懐かしい声が聞こえて振り向く。
「アンドール兄ちゃん!」
「うおっ、どうしたどうした? おい、リア、お前泣いてるのか?! 何があったんだ?」
一気に心配な顔になるアンドールに、リアは堰を切ったように今日あったことを話した。
「そうか……そんなことが。よしよし」
「私、もうお姉さんよ」
「まだ、ちんちくりんだろ? それにいいんだよ、お姉さんでもなくても。よしよ~し」
「もう、髪ボサボサ! あはははは」
リアは、ほっとしたのとなんかくすぐったい気持ちで無邪気に笑う。
(あ、なんか私、久しぶりに笑ったかも)
「アンドール兄ちゃん、私やっぱり貴族社会は無理みたい」
「そりゃそうだよなぁ、俺達の実家はあの賑やかな孤児院だもんなぁ」
そんな話を噛みしめながら、夕焼けに染まる町をアンドールとリアは共に歩いた。
一緒についてきてくれたアンドールと共に孤児院のドアを開けると、懐かしい面々が一斉に「リアだ! リアが帰って来た!」と嬉しそうに飛びついてくる。二年くらい見ない間に大きくなっている子達にびっくりしながら笑顔で答えるリアだったが、トアがいないことに気付いた。
「トアは出かけているんだ。詳しい話は今度な」
そうアンドールに言われ寂しくもあったが、心配させたくもなかったので、少しほっとした。
「トアは、リアのことで奔走しているからなぁ。一応、現状を知らせておくか」
そう呟いたアンドールは、騎士団に戻ると、すぐに手紙を書いたのだった。
**
リアを追い出したダーミー・レストは清々しい気持ちで自室にいた。そこへ、長女のミシェル・レストがやって来た。ミシェルは学校でリアの悪評を広めているが、その度に皆が自分に同情してくれることが快感となっていた。今回、父がリアを追い出したと知って「余計なことをしてくれた」と思っている。妹のチェリーは実の妹なので、孤児院出身のリアほどうまく悪評を立てられないのだ。ミシェルにとってリアは、自分を引き立てるために必要な存在だった。
「お父様、リアを家から追い出したそうですわね」
「ああ、あんな生意気で恩を仇で返すような奴、もっと早くにこうしていれば良かったんだ!」
「でも、仮にもまだ第三王子の婚約者ですわよ? 側妃でも結婚後に王室からは金銭が与えられるのですから、それを送らせて恩返しをさせる手もあると思いますの」
「…………それもそうだな。少々早まったかもしれん」
「遅くはありませんわ。どうせ孤児院しか行く当てはないのですから、呼び戻せばいいんですのよ」
「そうだな……まあ、すぐじゃなくていいだろう。アレも反省する時間が必要だ。少ししたら呼び戻すとしよう。教育してやった分は役にたってもらわないとな」
「さすが、お父様ですわ」
その頃、温かい環境に戻ったはずのリアはなぜか寒気を感じ、ブルっと震えたのだった。




