第17話 解呪
しばらくトアが目を凝らしてマルカの首の辺りを見ていると、リーニャがマルカに声を掛けた。
「マルカ、大丈夫? もう大丈夫だから下がって休んでいて」
「しかし……」
「本当に大丈夫だから」
「……すみません」
申し訳なさそうに下がるマルカをリーニャは心配そうに見ている。トアは以前リーニャが、マルカのことを姉のような存在だと嬉しそうに言っていたことを思い出していた。リーニャにとって実の姉は、リーニャのことを馬鹿にして虐げ、危害を加えてくる恐怖の対象でしかなく、そんなリーニャをずっと側で支え見守って来たマルカは、唯一の味方で肉親よりも身近な存在だった。
「マルカさん辛そうだね」
「うん、実はこの学校に来る少し前から体調を崩しててね。無理して来なくていいよって言ったんだけれど、私と一緒にいたいって言ってくれて……」
「そうなんだ。お医者さんには行ったの?」
「うん。でも、検査ではどこもおかしい所は無いって言われて……でも、絶対に何かあるはずなの! だってマルカは少しくらい辛くても辛いって表情にも出さないの、それがあんなに辛そうなんだもの!」
目に涙を溜めて悔しそうにそう言うリーニャを見て、少しの間考えていたトアの決心は固まった。
(ロジャー先生、ごめんなさい! まぁ、人助けは大切だし、今回はそんなに目立たないから)
心の中でぶつぶつそんなことを言い訳すると、トアはすっとリーニャの目を見る。
「あのねリーニャ、マルカさんのことでちょっと試させてほしいことがあるんだ」
「マルカの体調のことで?」
「うん」
「何か分かるの?!」
「う~ん、実を言うと良くは分からないんだけれど、なんかマルカさんの首の周りに黒い靄みたいなものが見えるんだよね」
「え……私、見えなかった」
「そうなんだ。一回マルカさんを見てもいい?」
そう言うと、リーニャはすぐに隣の部屋からマルカを連れて来た。
「ほら、ここら辺に黒い煙みたいなモヤモヤが見えるんだよ」
「やっぱり私には見えない。それが何か、トアには分かる?」
「うーん、合っているかは分からないけれど、感覚で言うと良くないものだっていうのは分かる。何か付与された悪い念みたいな、そんな感覚かな」
「もしかして、呪い……」
「ああ、呪いって見たことないけれど、これが呪いですって言われたら納得かも」
「それで、どうしたら取れるんだろう?」
「ちょっと取れるかやってみるね。そう言えば授業で呪いって習ったよね。詳しくはやらなかったけれど、魔法とは呼べない崩れたもので邪悪だとかなんとか先生言ってたよね?」
「うん、大昔に作成された呪いの魔道具がちらほら残っていて、現在の呪いはその魔道具で実行されるか、他の大陸の呪術具が使われるとか。即刻呪いを消すには、今は幻の魔法と呼ばれている浄化魔法が必要だって。だから呪いを掛けられたら今は対処療法しかなくて、時の経過と共に呪力が弱くなるまで耐えるしかないんだよね……」
「そうだね。魔力が強い人だったら跳ね返すとも先生言ってたよね。それじゃあ、ちょっと試してみるね」
そう言うが早いか、トアがマルカの首の辺りに手を翳す。すると、マルカの首の周りが白く輝き始めた——。
「え……」
思わず驚きで声が出たリーニャだったが、目を見開いたまま、トアの邪魔をしまいと声を押し殺す。
「あ、これを燃やすようなイメージかな……」などとぶつぶつ言っていたトアは、それからすぐに手を離すと「黒いの無くなったよ!」と嬉しそうに言った。
「マルカ! 具合どう?」
「ああ、お嬢様、首を中心に身体中にあった痛みが無くなりました! 不思議です、全然もう痛みも何も感じません!! トア様、有難うございます!!」
「ああ、よかった!! トア、有難う! 本当に有難う!!」
抱き合って喜ぶ二人の姿を見て、良かったと嬉しくなるトアだった。
「それで、このことなんだけれど……」
「分かってるわ、もちろん秘密よ! ね、マルカ?」
「はい、もちろんでございます。それに私には本当に何が起こったのか分かりませんから」
「本当にそうよね。でも、これが私達の推測通り本当に呪いだとしたら……もしかしたら犯人は……」
「二人が秘密にしてくれて良かった。またロジャー先生に怒られちゃうからさ。う~ん、そうだね、もしこれが本当に呪いだったとして、そしたらこれから犯人は大変だね。だって確か呪いって解くと、呪いを掛けた人に返るんでしょ? でもほら私達にはこれが何なのか分からないしさ、そんなことどうでもいいよね! とにかくマルカさんが良くなって良かった」
そう朗らかに言うトアを見ながら、なんとなく犯人の想像がついているリーニャは、心の中で「そう自業自得よね」と思うのだった。
それからしばらくして実家から送られてきた執事からの手紙には、姉のシルビアが少し前から体調を崩していると書かれていた。
**
ガルトア王国のルストン子爵家の長女シルビア・ルストンは昼になってもベッドから起き上がることすらできず、侍女に当たり散らしていた。
「何をやっているのよ! 私が今の時間にお茶と言ったら、あのハーブのお茶に決まっているでしょう!! こんなこともできないならクビよクビ!」
「申し訳ありません。ハーブのお茶は朝かと思っておりました」
「そうよ、今は朝でしょう! もうこの家から出て行きなさい!」
「はい……」
ここ最近でもう五人目となる新しい侍女は、シルビア付きになって三日で出て行くこととなった。今はもう昼だと言おうものなら、もっとひどい目に遭うことが分かっているので、そのまま何も言わずに去る。そもそもシルビア付きと言い渡された時点で、退職が近いことは予期していたため引き際は良かった。
(まったくなんなのよ! 最近の侍女ときたら! それにしても身体中が痛いわ! 特に首の周りが……)
「い、痛っ! ちょっと誰か!!」
そう言っても誰もシルビアの部屋には来ない。最近病に臥せるようになってから、今までヘコヘコしていた家の者達は息を潜めたように静かになり、身の回りの世話をする侍女一人しか部屋に訪れなくなっていた。そしてその一人にたった今、解雇宣言をしてのだから、誰も来ないのは当たり前だった。
(リーニャが学校に行ってマルカも付いて行ったし、本当につまらない。マルカには、たまたま懇意にしている商人から手に入れた魔道具を使ってみたけれど、あの時は面白かったわ。ああ、またあんな魔道具ないかしら。一回使い切りなのに、呪いの魔道具はなかなか手に入らないからって高いのよね)
まさか自身が使った呪いが返されて、自身の不調に繋がっているとは夢にも思わず、未だに苦しんでいるであろうマルカのことを思いほくそ笑むことが、ベッドの上での唯一の楽しみとなっているシルビアだった。




