第15話 担任ロジャーは首を傾げる
教室の端に立った男子生徒二名がトアの方にペンを突き出すと、なぜか苦々しい顔で口を開く。
「投げるぞ?」
「いいよ」
「本当に投げるぞ?」
「だから、いいって!」
「なんで、詠唱始めないんだ? アホなのか?」
「まさか詠唱知らないんじゃ……」という心配そうな声が、見守るクラスメイト達の中から聞こえ始める。
「だーかーらー、もう投げていいって!!」
トアが面倒くさそうに言うので、怒った二人がペンを投げようと振りかぶったのだが、その瞬間——。
ブワリ
ガシャーン!
「「「「「キャーッ」」」」」
いきなりすごい風が巻き起こり、近くの机もろとも巻き上げ、ペンを振りかぶった少年二人めがけて飛んで行った。
「どうした!!?」
その直後に飛び込んできた担任のロジャーが目にしたのは、後方のドアにぶつかって重なり合った机や椅子と、その下から出ている誰かの手というカオスな光景だった。
「どうしたんだ、これは?! あれは生徒か? おい、手伝ってくれ!」
ギャーギャー騒ぐ生徒達を落ち着かせながら、机の下敷きになっている男子生徒二名を救出して医務室へ運ぶと、ロジャーはトア及び生徒達から事の次第を聞き取った。その話しぶりから、生徒達はトアの味方のようで、男子生徒二名については自業自得だとか、トアの魔法は凄かったとかそんな話で盛り上がっていた。
「はぁ~、まぁ幸いあの二人の怪我は大したことなさそうだし、最初に言いがかりをつけたのは二人の方みたいだからな。今日のところは皆お咎め無しだが、あの二人からも回復したら話を聞くから、それ次第では罰もあり得る。とにかく、今後こういう騒ぎを起こさないように。何かあったら先生に相談しなさい」
「は~い」という生徒達の返事を聞くと、ロジャーはまた医務室へと戻ることにした。廊下を歩きながら「それにしても……」とロジャーは先ほどの光景を思い出し考え込んでいた。
(トアは編入試験で火魔法を使っていた……しかし、今回の事象は生徒達の話からするに風魔法……一体、どういうことだ??)
この学校には様々な事情を抱えた生徒がいるため、これまでにも極稀に火魔法の使い手は在籍していた。しかし、火魔法は王家の血族であるということを意味する為、その情報には注意が必要とされていた。しかし、今回の件でクラスの生徒はトアが風魔法の使い手だと認識しているようだった。
(今回の様子を実際に見ていないから何とも言えないが、風魔法は火力を補助する際にも使われるし、そう考えると、編入試験の時は何らかの発火原因になるものが的にあり、先に的に火がついていて、そこに風魔法が当たったことで大きな火が起こった可能性もあるか?? いや、しかし直前に的に火がついたようには見えなかった。それに的も事前に点検されているはずだし……)
とりあえず風魔法であれば、隠す必要もないし都合がいいということで、校長にも相談しそのまま見守ることにしたのだった。
トアはと言えば、その後ロジャーから呼び出され「とりあえず皆の前では風魔法の使い手としておく」と言われたが、特にお咎めはなく安心していた。
例の男子生徒二人は、回復するとトアに謝って来た。トアの実力はよく分かったと素直に認めてくれたことで、トアも二人に対してはもう怒ってもいない。そもそも、トアとしては二人のことは初めからちっとも脅威に感じていなかった。
それから十日ほどが経った頃、昼休みの残り時間を学務室で小テストの採点に当てていたロジャーの元に「時計塔に登っている生徒がいる」という連絡が寄せられた。その生徒の髪色などの特長から「トアではないか」と真っ先に思ったロジャーは、すぐに時計塔に駆け付けた。
通常、時計塔の入り口は締まっているので生徒は入れないのだが、ロジャーが目にしたのは、何十メートルもの高さの巨大な時計塔の文字盤の下枠に腰かけて、足をぶらぶらしているトアの姿だった——。
一気に肝が冷えたロジャーは大声でトアに向かって叫んだ。
「トア! トア! トア——!!」
遠くの景色を眺めて楽しんでいたトアは、下から声がしたので見下ろす。すると、先生が叫んでいる姿や、生徒達が集まっているのに気づく。
「あ、なんかダメだった?」
そう呟くとトアはチロっと舌を出す。
「トア! いいか、落ち着け! そこから動くなよ!」
下から叫んだロジャーは、トアがこちらを向いたため、言ったことを理解したと安心しかけた。しかし、次の瞬間、トアの身体が宙に投げ出された——。
「ぅうわっ!」
思わず声が出たロジャーは、絶望で心臓にヒヤリと鋭い痛みが走る。同時に周りからも複数人の絶叫が鳴り響いた。
咄嗟に自分の属性である緑魔法の詠唱を始めたロジャーだが、いくらロジャーが力のある緑魔法の使い手でも、人の落下スピードより速く詠唱して、しかも足元の植物をトアの落下地点まで育成させることなど不可能だった。最悪を想像したロジャーだったが……。
「あれ……トアはどこだ…………ぇええ?!」
宙を彷徨ったロジャーの目は、先ほどの位置からやや下方をゆっくりしたスピードで落下してくるトアの姿を捕えたのだった——。




