第13話 ルーラル・アラキス魔法学校
トアはルーラル・アラキス魔法学校の編入試験を受けに来ていた。古の賢者ルーラル・アラキスの名を冠したこの魔法学校は、七歳から入学でき、初等科、中等科、高等科、研究科と年齢の上限はなく門戸を開いている。
魔法学校は、ススリード王国の隣国であるルルド王国内にあるが、ルルド王国が所有しているのではなく、どこの国にも属さない完全に独立した組織である。大陸全土から能力のある学生が集まり、どこの国にも肩入れすることなく、基本的に公平で中立な立場で運営され、学生の学ぶ権利を守ることが最優先とされていた。
王太子マルスミアから頼まれたこともあり、休日を利用して騎士団のピオットがトアの付き添いで一緒に来ていた。魔法学校の大きな門まで来ると、ピオットがトアの肩に手を乗せる。
「じゃあトア、頑張って! 終わる頃迎えに来るから」
「うん!」
ピオットは、そう言うと町の中心に向かって歩いて行った。
魔法学校は白地の壁に、水色と金色の装飾で彩られており、複数の尖塔型の建物が空中でつながっている。トアが「なんかお城みたい」とつぶやきながら門から前方の建物を目指して歩いていると、後ろから声をかけられた。
「君、ここは初めてかい?」
振り返ると、スラッと背の高い男性がトアを見下ろしていた。逆光で最初はよく顔が見えなかったが、男性が自分の横へ来ると茶色の髪に、綺麗な緑色の瞳の男性が優しく微笑んでいた。その色彩がピオットと似ていて、トアはなんとなく親しみが湧く。
「あ、はい、トアって言います。今日は編入試験を受けに来ました!」
「ああ、君がトアか! 僕はロジャー。試験官の一人だよ。それでは一緒に試験会場まで行こう」
他愛のない話をしながら試験会場まで向かう道すがら、ロジャーは数日前のことを思い出していた。
編入試験自体は特に珍しいことではない。ただ、編入試験を受けに来る者は大抵は略歴を知らされる。貴族なら、どこの国のどの家の出身で、使える魔法の種類は何かなどで、平民だとどういった経緯で魔法を発現したのかや、すでにどこかの貴族の養子になっている場合などは、その情報も知らされる。しかし、トアの場合はその情報が一切なかった。校長であるテリウス・アーベンハーから試験を実施すると言われたのみで、どうやら王族直々の依頼のようだということは分かったが、それだけだった。「訳ありの貴族か何かか?」と思って勝手に納得していたのだが、トアに実際に会ってそれも怪しいと思い始めた。というのも、トアと話していて貴族らしさの欠片もなかったからだ。ロジャー自身平民なので、貴族と平民の纏う雰囲気はすぐに分かる。
そんなことを考え謎が深まった頃、試験会場であるドーム型の魔法訓練室に着いた。すぐに反対側にある扉が開き、他の試験官三人と校長が入って来た。ロジャー含め五人が座ると、トアの名前の確認をしてから、試験の説明があった。と言っても試験内容はとてもシンプルで、何の魔法でも良いから発現させるようにとのことだった。前方に的も用意されているが、使っても使わなくても良いらしい。
少し考えたトアだったが、とりあえず分かりやすい魔法にすることにした。「よしっ!」と気合を入れると、前方の的に身体を向けた。的まではトアの足で走って十秒といったくらいの距離だ。
トアが的の方に身体を向けると、即座に的から「ゴォッ!」という大きな爆音が轟き、火柱が上がる。そして、的は瞬時に燃え尽き消えた——。
試験官達には校長も含め、離れた的が一瞬で燃え尽きたように見えた。
そして皆が沈黙した——。
頭の中で、ある者は数式を、ある者はこれまでの魔法の歴史を考えた。そして一番先に口を開いたのは——。
「あ、あの! まだ何かやった方がいいですか?」
四人の教員はそれを聞くと一斉に校長の方を向いた。そして校長の口から「会議室で一度審議を行うので、ここに座って待っているように」とトアへ向けられた言葉を聞くと、皆ほっとした顔になったのだった。
会議室は再び重い沈黙に包まれていた。正確に言うと、皆訳が分からず、しかし元来考えることが好きな教師達は各々が、また思考を巡らせていた。魔法学校の教師をしているからこそ分かる異常な事態。無詠唱、発動距離、本来王族のみが使える火魔法、威力……そのどれをとっても異常だった。しばらくして、校長が重い口を開いた。
「はっきり言って、儂にも分からぬ。皆これがどれほどのことか感じていると思う。今の我々はまだ放心状態じゃが、じきに興奮状態に陥るであろう。しかし、これは絶対に他言禁止じゃ。我らは純粋に魔法を学ぶ者に知識を与える為にここにいる。トアがきちんと学ぶ為には、どんな国のどんな貴族の横やりも阻止せねばならん。トアを正しく導き、そして自由に学べる環境を与えることが我々の使命じゃ。心せよ」
「「「「はい」」」」
混乱しながらも、校長が言ったことの大切さを理解した教師達は互いに顔を見合わせ再度無言で頷き合った。
しばらく待っていたトアは、再び入って来た校長に「合格」と告げられると飛び上がって喜ぶ。
「やったー! アンドール兄ちゃんもピオットさんも喜んでくれる!!」
それを見た校長は「ふふふ、普通の少女じゃわい」とつぶやいた。
ススリード王国の第一王子マルスミア・ススリードから、直接、校長であるテリウス・アーベンハーに手紙が届いた時は、訳アリ貴族の関係かと思ったが、手紙には「平民のトアという少女の編入試験を行ってほしい。実力はそこで確認してくれ」と書いてあった。「わざわざ王族が平民の試験依頼とは……」と不思議に思ったが、納得した。これは下手に文書にも残せない。また、本来火魔法は王族のみが使用できるもので、平民が火魔法を使うなど大事になってもおかしくなかったが、王族からの手紙があったことでそれについても特に問題にせず、王家承知済みということにした。
それにしても……とテリウスは考えずにはいられない。
(あの火魔法は、手元から着火剤で発生させた火を操ったようには見えなかったのぉ。的がいきなり火魔法で包まれたように見えたのじゃが……)
そんなことが可能なのか……と、考えれば考えるほど深みにはまる。テリウスは、背中がゾクリとしたところで、それ以上考えるのを止めた。
自身の長い髭を指先にクルクル絡めると目を輝かせる。
「なかなか楽しいことになりそうじゃわい」
そうつぶやいた校長テリウスの言葉は、そのまま実現されていくこととなる。




