第12話 側妃との茶会
「う、うわぁああ、助けてくれぇ! ひ、火がぁあああ!!」
「王子、ここにある水をかけます!」
「そんな水じゃ足りない! 水道から汲んでくるんだ!!」
ダストンが着火剤で起こした火は、操ろうと呪文を詠唱した途端ダストンの腕から顔の方へ駆け上っていったのだ。
リアは自分の目の前で繰り広げられる展開が理解できなくて、一瞬茫然としてしまったが、すぐに頭を働かせて一番近くにある裏庭の水道へと走った。
(一体、何が起こったんだろう? ダストン殿下が私にいきなり火魔法を使ったと思ったら、ご自身に火がついていた?? 風向きなのかしら? でも、最近襲ってきた人達もおかしくなって帰って行ったし……私は何もしていないけれど、何でこんなことが起こるのかしら。でも、何にしろ、両方とも私が怪我を負っているはずだった……怖い……)
そんなことを考えながら、近くにあった庭師が使う桶を拝借して水を汲むと、ダストンの元へ戻り盛大に水をかけた。
——バザァ——
「つ、つめたい……」
皆の迅速な水の提供により消火されると、何か所か火傷をして痛そうに顔を歪ませたダストンは、今度は寒さを感じブルブル震えている。
「殿下、お風邪をひくといけないので……」
「う、うるさい! 寄るな!!」
「下がれ! ダストン様に近づくな!」
「そうだ、これもお前のせいだろう? 何をしたんだ、ダストン様に!!」
「私は何も……」
「勝手にしゃべるな! さ、ダストン様、早く医者に診せましょう」
取り巻き達に囲まれて去っていくダストン一行の姿を見送ったリアは、心の中で「はぁ」とため息をつくのだった。
(なんでこんなことばかりなんだろう。孤児院の皆は元気かな……トアどうしてるだろう。トアに会いたい)
それから数日モヤモヤしながら過ごしたリアの元に、側妃カーラから茶会の招待状が届いたのは、それから間もなくのことだった。
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息子である第三王子ダストンから「婚約者が自分に火傷を負わせた」という報告を受けた側妃カーラ・ススリードは、元々孤児院出身のリアが気に入らなかったこともあり、本来、少し考えれば「何故、火魔法の使い手で、火の扱いには心得のあるダストンの方が火傷を負っているのか」と疑問が湧くはずなのに、短絡的にリアへの憎悪を膨らませていた。
「ダストン、母にまかせなさい」
そう言って微笑んだねっとりとした母のいつもの笑顔を見て、これからのリアの処遇が想像できたダストンは、少し晴れやかな気持ちになったが、次の瞬間には顔面の火傷がジクジクと痛み、顔を歪ませるのだった。
側妃カーラから茶会の招待を受けたリアは、断ることはできず重たい足を引きずって茶会に出席した。そこにはカーラの取り巻き三名もおり、茶会は側妃への美辞麗句から始まった。予想していた通り、話題はすぐに第三王子ダストンが火傷をしたことに移る。
「本当にお可哀そうなダストン様」
「ご容体は大丈夫ですの? 私、心配で居ても立ってもいられませんでしたわ」
「カーラ様のご心痛いかばかりか……しかし、それも原因は……」
「皆さまの優しさ、このカーラ大変嬉しく思います。なぜダストンばかりがこんな不幸な目に遭うのでしょう。婚約する前までは順調だったあの子が……」
「ああ、本当にお可哀そうに。今回の火傷もやはり……」
「ええ、皆さまもご存じということで話が早くて助かります。私は本当に、何故なのか知りたいの。何故、あんなに王族としても日々立派に努めを果たしている我が息子が、あんな仕打ちをうけなければいけないのか。婚約してからも、孤児院出身にもかかわらず慈悲深く接してきたでしょう? ねえ、何故なのかしら?」
自分の名前すら出てきていないが、その言葉が自分に向けられたものであると理解したリアは、しかし、何と答えていいのか分からず黙ってしまった。リアはとにかく何もしていないのだ。しかし、すでに自分がやったと断定されているこの状況で何を言っても無駄なように思える。
「自分の罪の大きさを自覚しているのかしら? 貴女みたいな下賤な者が王族の婚約者だなんて、まずそれが罪なのよ? そのうえ危害を加えるなんて……」
「本当ですわ。なぜ投獄されないのかしら?」
「なんでも証拠がないとか」
「証拠なんて、ダストン様達が見ていたから、それで充分でしょうに」
これについては、カーラも不思議に思っていた。第三王子が害されたのに、何のお咎めもないなんておかしい。
しかし、これは側妃カーラが分からないのも無理はない。王族周辺は、常に「影」によって見張られている。しかし、この影について知らされているのは、国王、正妃、王太子のみで、側妃カーラには知らされていない。そして、その影から、今回の件が、第三王子ダストン自らによって起こされたものだと報告されており、その自業自得でしかない行為を聞いた国王ダンデリアム・ススリードは「やれやれ」と言ったのみであったのだ。
茶会で出された茶には、実はリアの分だけに腹下しが入っており、側妃カーラはそれが効いてくるのを今か今かと待っていた。ダストンの悔しさを晴らすには、もっと身体に直接的な罰を加えたかったが、傍目に見える傷をつけると、仮にも王命で婚約者となっていることから後々まずいことになるだろうと、まだ自制をきかせていたのだ。それに、茶会で腹を下したなどという噂が広まれば、貴族令嬢の醜聞としてはかなりのものだ。貴族社会ではもう終わったも同然である。さすがに、そんな醜聞が広がれば、王もこの婚約を考え直すだろうとカーラは考えていた。しかし——。
「うっ?!」
「カーラ様?」
「な、なんでもない……う、うわっ……ギュルギュルギュルギュキュ——」
「「「え?」」」
急遽訪れた破壊的な体内の衝動に、カーラはもう自分の身分やプライドなど、頭の片隅にも置いてはおけない状況となった。あるのはただただ「楽になりたい」それだけだ。しかし、その誘惑を取り巻き達の声が妨げる。
「誰か! カーラ様が! 早く来て!」
「だ、だれも呼ぶな……」
「し、しかし!」
「いいから、私を庭の隅へ!! 早く!!!」
今までに見たことのないようなカーラの迫力に、取り巻き達は言われるがままカーラを庭の隅へと引きずっていった。そのままの剣幕で「もう戻れ!!」と言われて、そのまま戻って来た三人は、しかし、かなりしっかりとその惨状を把握してしまった。人間の五感というのは時に酷なものである。
その後しばらく「側妃様静養のため……」という言葉が王城では頻繁に聞かれ、側妃カーラの姿は一か月ほど見かけることはなかった。取り巻き達は、こんな醜聞が万が一にでも漏れたら自分達が疑われ身が危ないと、固く口を噤み、あの茶会すら無かったものとして振舞ったのだった。
リアは、カーラが草むらに引きずられて行く際に「帰れ!」と怒鳴られ、すぐにその場を去り、何があったのかも知らされてはいなかったが、心の中で「お漏らしかしら?」と思っていた。リアが生粋の貴族であれば、そんな発想は出なかったかもしれないが、孤児院出身のリアとしては、小さい子が草むらに籠ることは珍しくなかった為、なんとなく分かってしまったのだ。
しかし、そんなことはリアにとってどうでもよく、頭の中に残っているのは茶会の帰りにすれ違った第一王子マリスミア・ススリードとの会話だった。
「君は、リアだね? あ、失礼。僕はマリスミア・ススリード。第一王子だ」
「はい、存じております、王太子殿下」
「君が使えるのは風魔法だったよね?」
「はい」
「それだけだよね?」
「? はい」
「ああ、不思議な質問だったね。ちょっと確認したくてね」
その後去って行く時に、マリスミアの口から「やはりトアだけの……なのか……」というような呟きが聞こえた気がして、思わず後ろから引き止めそうになった。
(でも、多分聞き間違いよね。それに、下手に私からトアの名前を出して、トアまでこんな世界に巻き込まれたら大変……)
もうすでに影でトアが巻き込まれている……いや、トアが巻き込んでいるとは、知る由もないリアだった。




