第9話 エイミーの嫉妬
アームベアーは腕力が即死級であり、盾を構えていても腕力で吹き飛ばされるか、その強固で鋭利な爪で盾ごと引き裂かれる。しかも普通のアームベアーではないようで、体からは黒い靄が出ている。
すでに臨戦態勢に入っていた影に合図を送り、トアを守るよう指示を出す。王子が何も言わなければ、影は通常主人しか守らない。
(距離が少し離れている、影でもトアに間に合うか……)
自分も距離を詰めつつ、火魔法の詠唱を始める王子の目線の先で、アームベアーの腕が無常にもトアに振り下ろされようとしていた。
「トア!!」
「えっ?」
マルスミアは叫んだことを後悔した。自分が叫んだことによってトアが後ろを向いてしまった。
(しまった……)
後悔の念が過った王子は、しかし次の瞬間「えっ」と思わず声が出ていた。驚いたことに普段護衛中に一切音を立てない影達からも「「「「「え」」」」」という短い声が聞こえてきた。
——ドゴォン——
トアが振り返り、アームベアーがトアへ腕を振り下ろし、トアが自分の腕を後ろへ軽く振ったのだが——。
「なぜ、そうなるんだ……なぜ熊が飛んだ?」
熊は数十メートル先の大木に当たり、大木とともにドゴォンと倒れていた。
「王子様、呼んだ? 何かあった?」
「ああ……まぁ……あった」
「以前はここら辺はそんなに魔獣いなかったのに、やっぱり図書館の結界の歪みなのかなぁ」
「えっ、結界? トア、君は図書館の結界を知っているの?」
熊について聞きたいことが山ほどあったのに、またしても気になる単語が聞こえてきて、そっちへの質問になってしまう。しかしマルスミアが驚いたのも無理はない。通常、結界については国の防衛にもつながるので、高位貴族しか知らない極秘事項となっている。その結界は昔作られた物とされており、現在の貴族で作れる者はいない。そもそも魔法が使える者でなければ見えもしないものだ。だから通常、町の図書館で万が一平民があの部屋を見ても、何もないように見えるだけだった。
「うん、なんか図書館に行った時に怪しい人がいてね、その人が結界に何かしたんだよ。で、多分悪いことしたんだと思う。その後、その人は森に逃げたんだ。ギンが言うには、その人が森の結界にも何かしたせいで歪んで、あと森の獣に何かして、それで魔獣が大量発生したんだって! ん?? ぁあっ! 王子様あの時図書館にいた? すごくキラキラした人を一瞬見たんだよ!」
嬉しそうに一気にそう言ったトアの情報量が多すぎて、マルスミアは固まる。
「あ、ああ居たと思う…………トア、ギンと話せるのかい?」
そして混乱状態のマルスミアがやっと口に出したのは、そんな平和な質問だった——。
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エイミー・デアーズは平民であったが、リアと同じく魔力があった為、デアーズ子爵家の養女となり王立セントラル学院に通っている。元平民ということで差別されることはあったが、下級貴族家の友達もでき落ち着いた学院生活を送っていた。しかし、魔力量が多いと評判のリアが入学し、そのうえ第三王子の婚約者になったという噂を聞き、嫉妬心が芽生えていた。また、レスト家に対抗してデアーズ家もエイミーに期待しており、上位貴族の知り合いを作れと煩く言われている。
(なぜ、ダストン王子のお相手が私じゃないのかしら。そもそもダストン王子のお気持ちはリアにはないという噂よね。それなら私にも……)
リアとはクラスも違う為、話したことはなかったが、見た感じではとても真面目そうに見える。常に一人でいるし、笑っている所も見たことはない。それなら、もしかしたら自分の方が王子の関心を得られるのではないか——。一度そう思い始めると、エイミーの想像は際限なく広がっていった。
そんなある日、エイミーに好機が訪れる。
「あ、ダストン王子だわ!」
昼休みに食堂へ移動中に、男爵家出身の友達ケイトが中庭を指さして目を輝かせる。すぐに窓から中庭を見るとダストン王子とその取り巻き達が庭におり、これから庭のテーブルで食事をする所のようだった。
「王子とお食事ができるなんて、私もあの取り巻きに混じりたいわ!」
「本当にね。でもケイトはまだしも私は身分が釣り合わないわ」
「何を言っているのよ、エイミー! 貴女、今は子爵家の令嬢でしょう? それに、王子の婚約者は元孤児でしょう? だったら誰でもなれるわよ!」
「そうかしら……じゃあ——」
その日の夜、エイミーはやはり持つべきものは友だと、昼食の時を思い出してはうっとりとしていた。
「エイミー、きみは元平民だけれど、その身分をしっかり弁えていて偉いな」
「そ、そんなダストン王子……いきなり話しかけてしまってごめんなさい。お話できただけで光栄です。お邪魔してもいけないのでこの辺で……」
恥ずかしそうに俯くエイミーの様子を見て、ダストンが満足気に口角をあげる。
「いや、本当に君みたいに奥ゆかしさがあればいいんだが、あいつときたら……いや、こんな時にそんな話は聞きたくないだろう」
「ダストン様のお話は全て興味深いです。私なんかじゃ聞き役には不足と思いますが」
「そんなことはない。それと、知っておいてもらいたいんだが、俺は別に身分で差別しているんじゃないんだ。こうしてエイミーと話しているのはとても楽しいし。でも、あのリアときたら……全然君みたいな可愛らしさがないんだ」
「ダストン様……」
昼食からの帰り道は、ケイトとキャーキャー言っては盛り上がった。
「エイミーすごいわ! ダストン王子のことダストン様と呼ぶことも許していただいて。それになんかお似合いだったわ」
「そんな、ケイトこそミズル様といい雰囲気だったわ」
「とてもお優しくて、財務大臣の御子息なのにとても気さくで話しやすかったわ」
二人して頬を赤くしながら語り合ってところまで回想し終えると、もう寝る時間だというのに色んな妄想が止まらなくなっていた。
「ダストン様はリアのことは嫌いみたいだったわ。それなのに婚約者と言われているなんて本当にお可哀そう! 私だったら、そんな思いはさせないのに……そう、私だったら……」
その日以降、エイミーとケイトは毎日昼食をダストン王子達と一緒に取るようになった。周りには最初陰口を叩く者もいたが、一度ダストン王子がエイミーとケイトを大切な仲間だと公言してからは、そういう声も聞こえなくなっていった。そして、エイミーやケイトが周りの友達に、ダストンがリアとの婚約を嫌がっていることを話すと、ダストンに対する同情の声が大きくなっていったのだった。




