第6話 王太子は目を疑う
「人が消えることなどあり得るのだろうか。最近俺は疲れているのか? いや、しかし父上も学校からの報告書を呼んで首をかしげていた。魔法が使われたようだが、五大属性魔法の何が使われたかは特定出来ないと……。一体、何が起きたんだ……」
王太子マルスミアは、自分が命令できる「影」にもあの少女の足取りを探らせてみた。しかし影の報告ではあの木の上からの移動経路は分からないとのことだった。王家の影に探らせて分からないのであればそれ以上探りようがない。
「しかし、あの髪に横顔は……」
マルスミアは木の上にいた少女の横顔が少し見えただけだったが、髪の色が第三王子の婚約者であるリアと同じに見えた。
「木陰であったし正確ではないが、銀髪のように見えた。顔も似ているように感じたが、思い過ごしだろうか? たまたまリア達を見ていたからそう思っただけだろうか。そういえば……」
マルスミアは机の引き出しからとある報告書を取り出すと、何枚かペラペラと捲り始めた。
「リアには……孤児だが双子の妹がいるのか……しかし、妹は魔法の能力に目覚めておらず教会の孤児院にいると……ふぅ……そんな少女が貴族の学校に入れるわけはないし、やはり、何か見間違いだろうか。明日は騎士団の視察があるし、ゆっくり休んだ方がいいな」
珍しく少し興奮していたマルスミアだったが、そんな訳はないと考え直すと眠りについたのだった。
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翌日、アンドールは自分のベッドが揺れて目が覚めた。
「ぅわぁ! お、おい、どうしたんだ?!」
「アンドール兄ちゃん、お早う! 報告があって、お仕事が始まる前に来たんだよ!」
「びっくりさせるなよ、トア~~」
「えへへ、あのね、昨日なんだけどね……」
それから、トアに「貴族をぎゃふんと言わせた話」を聞かされたアンドールは、一気に目が覚めると、「ちょっと待ってろ!」と言い、大急ぎで着替えると部屋をバタバタと出て行った。
戻って来たアンドールは、トアが予想した通りピオットを連れて戻って来た。
「トア、今日は随分早い訪問だね」
「そんな悠長な朝の話はいい! ピオット、トアがやらかした! 貴族をぎゃふん! だ!」
「アンドール、ちょっと待ってくれ! 全然分からないぞ」
「そうだな、端折りすぎたな……」
何度か大きく息を吸い込み自分を落ちつけたアンドールは、事の顛末をピオットに話して聞かせる。
「ト、ト、ト、トア!! 君は貴族どころじゃなく、王子もぎゃふんしたのですか?」
「うん、だってリアを虐めていたから。というか、先生、話し方なんか可笑しいよ」
「それはいいのです! 私は『ダストンぎゃふん!』について聞いているのです!」
「ダストンがあの王子だよね? うん、ぎゃふんしたから動かなくなってた。でも大丈夫だよ、ちょっと飛ばしただけだし、少し木にぶつかっただけだから」
ピオットは天井を向いて、一人でブツブツ「ぎゃふんぎゃふん……」とぶつぶつ言っている。そして、しばらくするとぽつりとつぶやいた。
「なんてことでしょう。よりにもよって今日は王太子殿下の視察だというのに……」
それを聞いたトアは焦る。
「えっ、あのダストンが来るの?!」
「いいえ、今日いらっしゃるのは第一王子のマルスミア・ススリード殿下で、ダストン王子の異母兄だよ」
やっといつもの語調をとりもどしたピオットはそう言うと、アンドールの方を向いた。
「アンドール、もうそろそろトアの存在を隠しておくのは難しいかもしれない」
「そうだな、お前の立場もあるし、まあそうなればなったでそれがトアの運命なのかもしれないしな。遅かれ早かれってやつだろう。どうせ知らせるなら、真っ当な人に知らせたいしな」
「今、お前さらっとぎゃふん王子を侮辱したな」
「お前もな……」
「トア、今日はこれから私の手伝いをしてもらえるかい?」
「えっ、治癒のお手伝い?」
「うん、そうだよ。魔法を使って手伝ってほしいんだ」
「やったぁ!」
トアはこれまでにもピオットの元で手伝いをすることはあったが、主にピオットの処置を見ながら人体の構造や魔法でない治療技術について学ぶことが多かった。ピオットからは、人前で治癒魔法を使わないようにと言われていたのだ。
「ピオット、マルスミア王子の視察日にトアの治癒魔法ってことは……」
「ああ、あの方の治療を行おうと思う」
「そうか……」
「ああ、賭けになるが、多分大丈夫だろう」
「そうだな」
なんだか難しい顔で頷き合っている二人だが、トアは久々に人に対して治癒魔法を使えるのでウキウキしていた。
「獣相手にはしょっちゅう治癒魔法を使っているけれど、やっぱり人間相手にちゃんとできないと、いざっていう時にリアや教会の皆も守れないからね。よ~し、治癒魔法ビシッとガンバルぞー!」
「「お気楽でいいな……」」
思わずジト目になる先行き不安な二人の心情を、知る由もないトアだった。
その日の昼過ぎに、王太子マルスミア・ススリードは騎士団の視察にやって来た。騎士団員が整列し、豪華な馬車から降りた王子は、一同を見回すと出迎えのピオットに対して頷く。
「殿下、こちらへ」
「ピオット、久しぶりだな」
「はい」
「まずは、叔父上の所へ行く」
「分かりました」
とある部屋の前まで来た王子は、護衛を部屋の外で待機させると、ピオットのみを伴いその部屋へ入って行った。




