第2話 リアの魔法開花
(嚙まれるっ!!)
と思ったが、何か「ブン」という風切り音が聞こえ、その直後に「ギャイン」という犬の声が聞こえた。恐々目を開けると、犬は胴体から血を流して横たわっており、その後ろにはびっくりした町の人たちの顔が広がっていた。
「えっ、何?」
驚いて隣のリアを見ると、リアはなぜか茫然とした顔で自分の両手を見ている。
また犬が動き出したら……と怖くなったトアは、リアを引っ張って孤児院へ一目散に戻った。
台所にいたシスターマリーは、帰ってきたリアとトアの様子がおかしいことにすぐに気づく。
「お帰りな……さい? 二人ともどうしたの、何かあった?」
珍しくトアは口を開かない。そして無言のまま、リアの方を見る。
「うふふ、どうしたの? ジミーに変なことでも言われたの?」
すると、やっとのことリアが口を開いた。
「ううん、違う。あのねマリー、野犬が襲ってきたんだけど、なんか手を出したら、野犬が倒れたの……血を流して……」
ハッとマリーが息を吸う音がした。
「二人とも怪我は?! 噛まれてない?!!」
大声にびっくりした二人が急いで首を横に振ると、ほっとした顔のマリーが二人を抱き寄せた。
「良かった……犬は誰か町の人が倒してくれたの?」
「ううん、私が倒したみたい」
「えっ、リアが?? どうやって?」
「う~ん、なんか一瞬だったんだけど、何かが掌から出たみたい」
「何かって……?」
「なんか透明で……風みたいだった」
「手から風……もしかして……」
そう言うと、マリーは黙り込んでしまう。今は風は出ないというリアの言葉を聞くと、神父様にお話してくるから、と台所を出て行ってしまった。
いつになく深刻な顔で出て行ったマリーの様子に、リアとトアは顔を見合わせる。
「でも、なんかリアかっこよかったな~、こうブンッて音がしてさ!」
「トアが噛まれるって焦ったの。なんかよく分からないけれど、ほんと良かったぁ」
「うん、ありがとうね! よぉ~し、今度何かあったら、私がリアをかっこよく助けるんだから!」
「うふふ、トアはいつもかっこいいよ」
コンコン
「マリーです」
「どうぞ」
「あの、神父様、ちょっとリアのことでご相談がありまして」
「おや、どうしたのですか? お転婆トアではなくリアのこととは珍しいですね」
「はい。実は……」
シスターマリーから話を聞いたナイル神父は、しばらく考え込んだ後に口を開いた。
「町の人たちを見ていたでしょうから、貴族の耳に入るのも時間の問題かもしれません」
「そんな……」
「そうですね。私達としてはリアにはここでのびのびと暮らしてほしい……。特にあの二人は生まれた時から一緒で唯一の肉親ですから」
「どうにかリアを守ることはできないのでしょうか」
「……難しいでしょうね。一度貴族の耳に入れば、リアを確保しに来るでしょう。私達は、それに抗うことはできません。せめて良い貴族の元に行けることを祈りましょう……」
「シスターマリー!」
いきなり部屋へ飛び込んできたトアにナイル神父とマリーは驚いた。
「どうしたのトア?」
「来て! リアが倒れた!」
それだけ言うと台所の方へ戻っていくトアに続いて、二人も続く。
台所に着くと、床に横たわるリアの姿があった。息はしているが、ナイル神父が額に手を当てるとかなり高熱であることがわかる。
「これは……」
「ねえ、リア大丈夫?」
「とりあえずベッドに運びましょう」
しばらくすると、町医者が到着した。部屋の外に出されたトアは部屋の前をウロウロしながら待っていたが、診察を終えた医者から「寝ていれば治ります」と言われると安心した。
トアが「リアに魔法の能力が開花した」と理解したのは、それから数日して孤児院に貴族がやってきた時だった——。
リアもすっかり元気になって数日が経過したある日、教会の前に立派な馬車がやってきた。孤児院の子供達がはしゃぐ中、来訪者を出迎えるために出てきたナイル神父とシスターマリーの顔は強張っていて、それに気付いたリアはトアの袖をひっぱった。
「なんか神父様達の顔が怖い」
「えっ、そう? なんでだろう? 怖い人が来たのかな?」
「来たのは多分お貴族様よ。あんな立派な馬車だから」
「オキゾクサマかぁ!」
「もう、トアってばよく分かってないでしょう?」
「うん! でも珍しい人が来たんならもっと近くで見ようよ」
「私はなんか怖いから、行きたくない」
「じゃ、リアはそこで待ってて。私見てくるから!」
馬車の近くで見ていると、開かれた扉から、ここら辺では見ないようなフリフリの服を着た男性が降りてきた。その男は降りてくるなり、子供達を見ると顔をしかめた。近くにいたトアはその男が「まったく汚らしい」と呟くのを聞いて、反射的にむかっとする。
「ようこそいらっしゃいました、ダーミー・レスト子爵様」
「ふん、臭いがたまらん。早く帰りたいから、案内しろ」
「承知いたしました。こちらでございます」
男の態度と言葉は子供達を不安にするのには十分だった。大人たちが教会へ入っていくと、途端に子供達は話始める。
「トア、どうだった?」
「なんか、すんごーく嫌な奴だった。私、あいつ大っ嫌い!」
「トア、聞こえるといけないから小さな声でね」
「うん。なんか、ここが臭いから早く帰りたいとか言ってた。でも、なんで来たのかは分からない」
「そう……」
少しするとシスターマリーがリアを呼びにきた。その顔は泣きそうで、リアもトアも一気に不安になる。
「シスターマリー、私も一緒に行く!」
「ダメなのよ。リアしか呼ばれていないから……」
「嫌だ! なんかおかしいもん、私も行く!」
「トア、大丈夫だよ。終わったら何だったかトアに話すから。マリーを困らせちゃうでしょ」
納得はいかないが、どうしようもないことを悟ったトアは唇を引き結んだまま頷いたのだった。




