第1話 双子の赤子
「神の御加護を……」
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……
まだ日も昇らず凍える寒さの中、そのメイドは全速力で走っていた。しかし、追手が迫っている今、もうその走りも長くは保てない。
視線の先に教会を見つけた彼女は心の中で祈りながら、その庭先に走りこむと裏手に回り勝手扉の横に、抱えていた包みをそっと下した。後ろ髪を引かれる思いで、しかし一時の猶予もない彼女は、元来た道に戻るとまた走り始めた。追手に捕まるわけにはいかない。自分で口を割ることはないが、万が一何らかの薬などを使われたら危ない。彼女は取るべき手段を知っていた。
町の郊外の道から森に入りしばらく走り続けたが、そこで一度止まると耳を澄ませる。まだ追手の音は聞こえない。次に水場の方向を探る。道中の地図で見た時には、この近くに川があったはずだった。かすかに水の音が聞こえたと思われる方向へと進んでいく。森の中は静かで、時折上のほうで鳥の羽ばたきが聞こえてくる。吐く息は一段と白くなり、手の感覚もない。
(あの子達を抱きしめていた時はあんなに温かかったのに……)
孤児院に託してからは、周りの気温が一気に低下したように感じた。
その時、かなり遠くの方からだが、人の声が聞こえてはっとする。追手に違いないと考えた彼女はちょうど良い頃合いにふっと微笑む。もう少し声が近づくのを待ってから移動し始めた彼女は、首に巻いていた白いスカーフを取ると、移動しながらその中に木々の枝葉を集めて包み、腕に抱えた。
ちょうど眼下に流れる川を見つけた所で、追手もすぐ近くに来たのが分かる。
「隊長、こっちです!」
「あの女か」
「はい、後ろ姿でよく見えませんが、白い布を抱えています」
「ふふふ、やっと追い詰めたな。よくやった。後は私がやる」
そう言って隊長と呼ばれた男が近づいて行くと、ふいに女が振り返った。
「その抱えているものを寄越せ」
「できません。私の大切なものですから」
「では力づくで奪うとしよう」
「どうせ殺されるのでしたら……」
「なにっ……!」
言うが早いかそのメイド服姿の女は、崖下へ身を翻した———。
すぐに駆け寄ったが、崖下の遥か下方に見える川は流れが速く、女の姿は見えない。
「この急流と水温では助からないだろう。この件は解決した。撤収するぞ」
しばらく急流に目を凝らした後そう言った隊長は、もう興味は失せたとばかりに踵を返した。
そのメイドが命がけで成し得たことを推し量ることもなく、兵士達は引き上げてゆく。そしてそこのことが後に大きなうねりとなることに、この時気付ける者は誰もいなかった。
**
その日、日の出と共に起床し、裏戸を開けたシスターマリーは厳重にしかし柔らかく丁寧に包まれた布の中に、静かに眠る二人の小さな赤ん坊を見つけると「ふぅ」と優しく悲し気な吐息を吐いた。教会併設の孤児院に捨て子が来ることは珍しくなく、その経緯も様々であった。一番の理由は貧困によるものだったが、自ら逃げ出してきたという子供もいた。境遇は様々だが、ススリード王国の貴族達の寄付金によって運営されているこのリニヤ教会孤児院では、決して余裕のある運営状況ではなかったが、子供達は明るくのびのびと過ごしている。
マリーは丁寧に包まれた二人の赤ん坊を抱くと、教会の中に入って行った。
「ナイル神父、今日は二人の新しい命が教会に託されました」
「そうですか……二人を教会で受け入れることを認めます。それで、二人は……」
「女の子で双子のようです。服に名前が刺繍されています……リアとトアで、リアの方に姉と添えられていますね」
「それ以外に身元を表すものは?」
「いいえ、ありません。ただ、この衣はとても上質なものですし、貧困が理由ではないように思います」
「そうですか……。とにかく私達にできることは健やかに二人を育てることです。皆で見守っていきましょう」
「はい」
こうして、教会に預けられたリアとトアは、質素ながらも温かい環境ですくすくと育っていった。
———そして、七年の歳月が流れた———
リアとトアは七歳になっていた。二人の正確な誕生日は分からない。しかし、孤児院にはそうした子供達は大勢おり、そういう子供達は孤児院に来た日を誕生日としていた。
「リア、トア、そこの商店で野菜を買ってきてくれる?」
「「はい、シスターマリー!」」
返事をする声は、妹のトアの方が姉のリアより大きい。双子ではあるが、姉のリアはどちらかというと静かで内向的で、トアは明るく活発だ。
「リア、早く!」
「ちょっと待ってよ、トア。つまずいてこけちゃう」
「大丈夫だって!」
バタバタと出ていく二人を見送ったマリーはくすっと笑う。顔は似ているけれど性格は正反対の二人は、凸凹ながら良いコンビだと思う。商店までは、目で見えるほどの距離で、皆顔見知りのご近所さんばかりなので大丈夫だが、まだそれ以上先へはお遣いには出せない。それは二人の容姿が理由だった。リアもトアも銀髪で、リアの瞳は緑色、トアは緑と青のオッドアイだった。平民は茶系の髪と目の色が多い中で、二人の容姿はとても目立つし、その愛らしさは将来が心配になるほどだ。
(孤児だけれど、将来お婿さん候補は沢山できそうね。ちょっとでも良い所へ嫁がせてあげたいわ。それまでは、変な虫がつかないように、私が守ってあげなくちゃ)
まだ二十代前半のマリーだが、赤ん坊の頃から二人を見ているので、母親のような心境だった。
商店にやってきたリアとトアはニコニコしながら、店番のジミーに話しかける。
「「こんにちは!」」
「おっ、リアトアお遣いかい?」
「うん、野菜ちょうだい!」
「トア、野菜って言っても色々あるでしょ? えーと、ニンジンとタマネギをください」
「ははは、やっぱりリアの方がお姉ちゃんって感じだよな」
「ニシシ」
「なんでお前が嬉しそうなの?」
「だって、トアもそう思うから」
「ははは、本当にいつも仲良しだよな! ほら、今日のおまけはジャガイモな」
「「ありがとう!」」
トアがさっと袋を受け取ると二人は歩き出す。なんとなくいつも、お金はリアが、買った物はトアが持つようにしていた。商店を背に、すぐ先の孤児院まで歩き始めた矢先、背後で「キャーッ」という声が響き、二人はビクッとする。
「えっ、何?」
振り向いたトアは、野犬がいることに気付いた。その野犬の背後では大人たちが棒を振り回している。そのせいで野犬はこちらの方向に走ってきた。
恐ろしさで、たちまち心臓がキュッとなり声も出ない。隣のリアも微動だにできないでいる。そうしている間にも野犬は、その汚れた毛の間から牙をむき出しこちらに迫って来る。そのまま動けないトア達に野犬は更に近づき、自分に向かって飛び掛かるのを見た瞬間、トアは目を瞑った——。
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